「こほんっ。えーと、その事を大師匠はまだ知らないって事ですね?」
「言える訳なかろう。まだ5つの時、口減らしに山へと捨てられた俺を拾ってくれた時から、ずっと老君様には大事に育てて貰ったんだ。まあ大事に育てられ過ぎたせいでこうなったとも言えるが」
「と言いますと?」
「老君様にココへ連れてこられて修行し始めると、何故だか女仙達が、俺にやたらと構ってくるんだ。最初はまだ俺が幼い子供だから、母性本能ってやつをくすぐられるんだと思っていた」
この後の展開、何となく分かるぞ。
「もしかして、師匠の体……じゃなくて陽の気目当てだったとかですか?」
ゲンナリとした顔で、返事代わりのため息をついた。
ですよねぇ。子供の頃から整ったお顔立ちだったんでしょうよ。成長して更に修行を積んで仙人になったら、是非とも嫁に迎えてもらいたいって思うよ、それは。仙人に歳の差とか関係ないんだろうし。
「蛇に睨まれる蛙とでも言えばいいのか……。取って食われないかと心配した老君様は、俺を仙籍に入れるまでの間、女仙達から完全隔離したんだ。桃源郷では暮らせないから、道士時代は殆どを老君様と2人、俗世の中で過ごした。そういう訳で俺は、女と言うのがものっ凄い苦手になった」
だから颯懍はちょいちょい、ジジくさい喋り方をするのか。幼い頃からずっと老君様と2人きりで過ごして来たなら無理もない。
「それは納得ですね」
「俺が成長して力をつけたのを見計らって、老君様が桃源郷へ戻ろうと言ってきた。その頃ちょうど、俺が弟子入りした位の時期に西王母様の弟子になった道士の女がいてな。俗世だと同期と言う感覚に近いかもしれん。そやつに引き合わされて仲良くなった。何せ隔離されてきたせいで女と喋る機会なんて無かったから、それはもう楽しくてな」
西王母様は神人の一人で、老君様と同じく崑崙山に住んでいる。何でも女仙達を束ねる御方なのだとか。
「その女仙とある日、まぁ、そう言う雰囲気になって、そう言う事になった訳だ」
うんうん、分かる。女なら一度は夢見る展開だ。初めて心を許した女性と……いいっ!いいそのシチュエーションっ!!
「俺も初めての事で、何をどうしていいのかわからなくてな。それで言われたのが『痛いじゃないっ!この下手くそ!!』。しかも血が出てるだとか最低だとかとコテンパンに言われて……」
「うわぁ……」
「自分で言うのも何だが、俺はそれまでずっと周りから天才だ何だのと褒め称えられて、実際何をするにも困った事がなかった。特に仙術や精気の操り方については、あっけない程簡単に習得して、他の者が出来ない事を不思議に思うくらいだった」
颯懍は仙籍に入れられる時、いきなり僊人の位だったらしい。普通は地仙から地道にコツコツと積み上げて行くものを、神僊からスタートしたと言うのだから、道士時代から只者ではなかったのだろう。
「初めての挫折、ですか」
「さよう。何でも出来てしまって天狗になっていた俺の鼻は、あの時見事にへし折られた。以来、俺のアソコはウンともスンとも言わなくなったんだが、老君様には早く房中術をする様にと会う度にせっつかれて、仕舞いには寝所に女仙まで送り込まれてな。俗世へ下りてずっと逃げていた」
ただでさえ、そう言う類の話しはデリケートな物なのに……。初恋相手には罵られて不能になるわ、師匠には追い詰められるわで、精神的ダメージは計り知れない。
「もしかして桃源郷へ帰ってきたのって、私の為、ですか?」
「まあなぁ。お主もそろそろ、仙になれるようになる頃だろう。紹介するのなら、大師匠にあたる老君様を選ぶのが道理だ」
仙籍に入れるか否かを決めるのが三清ならば、まずその三清の内の誰かに、自分の存在を知ってもらわなければ話しにならない。
私の強さと善行の具合いを見計らって、桃源郷に帰ってくる決心をしてくれたんだと思うとなんだか申し訳ない。
「案ずるな。お主が仙籍に入る時には、適当な理由を付けて回避するから」
「それって俗世で言う、『婚約破棄』って事では無いですか」
「はは。仙人の世界では俗世のように、そう大事でも無い。女の経歴に傷が付くなんて思わなくても大丈夫だ」
「うーん。でも、それだと師匠は、ずっとこのままですよ。それでも良いんですか?」
「そんな事言ってもだなぁ」
私の経歴に傷が付くとかはどうでも言いにしても、それでは根本的な解決にはならない。
やがて時が来て私が仙籍に入る事になったら、婚約破棄。そして颯懔はまた逃げ回る生活。
ただの人なら『死』と言う終わりが来るけれど、颯懔は仙だ。終わりがない。それって結構つらくないだろか。
それに颯懔が房中術をするとパワーアップするって事だよね?となると颯懔に助けて貰える人が増えるという訳で。困っている人が減って幸せな人が増える……
颯懔のアソコが復活する=人類の幸福
という事なのでは?!
ちょっと極論すぎるかもしれないけど、間違ってもいないはず。
そう考えるといてもたってもいられない。俄然、メラメラとしたやる気が沸き立ってきた。
「わかりました師匠。私がどうにかして師匠のアソコを勃たせてみせます!」
「はあ? お主、何を言って……」
「人類の幸福がかかってるんです!これをやらずして何と言うのですか」
「人類の幸福……? 言っている意味がさっぱり分からん 」
「それに師匠への善行も、善行としてカウントされますよね? 師匠は大舟に乗ったつもりで気楽に構えて下さい!」
「いや、俺は了承してな……」
「了承も何も、『嫁候補』なんて嘘を言い出したのは師匠じゃないですか。拒否権なんてありません。責任とってもらいます」
ビシッと颯懔に向かって指差すと、怯むように後ずさった。
「う゛っ……それを言われると何も言い返せぬ」
「よーし! 忙しくなるぞーー! エイエイオー!」
「不安だ……ものすごく」
ガックリと肩を落とした颯懔の背を押して、スキップ混じりに家路へと急いだ。
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