「いやぁ。女の子がいると場が華やぐねぇ」「だな。この屋敷は他所と比べてむさ苦しかったもんな」
「それに料理上手ときたもんだ」
「いえいえ。私の様な小娘をそんな風に言って貰えるなんて、こちらこそ嬉しいです」
颯懍の家に来てから3ヶ月。こちらの生活にも徐々になれてきて、朝餉の片付けを使用人の人達と一緒にしている。
使用人と言うのはただの人で、仙人でも無ければ道士ですらない。
俗世でどうしても行き場がなかったり、捨てられた人を、時々桃源郷に連れてきて住まわせるのだと言う。
仕事を与え、住む場所を与え、心安らかに最期を迎えてもらい困った人を救済する。善行の一つ。
仕事は多岐に渡り、農作業や機織り、大工仕事や物作りなど、俗世のそれとほとんど変わらない。ただ少しだけ変わっているのが、ほとんどお金を使わないという事。なんなら無一文でも生きていける。
俗世ではお金でのやり取りが基本的なのに対して、こちらでは物々交換であったり技術を提供する事でお金の代わりとしている事が圧倒的に多いと言うところだ。
お金が絡むと、大体ろくな事ないもんね。
とは言えこれが成り立つのは、桃源郷が常に天候に恵まれているのと、仙人界が『善』を基本とする特殊な場所だからに他ならない。俗世でやろうとしても無理な話しだ。
桃源郷へと連れてこられると子供の出来なくなるので、家族を養うと言う義務がない。だから自分一人の身さえ立てられればそれでいいし、基本的に連れて来てくれた仙が面倒を見てくれる。
桃源郷へ連れて来られた人は二度と俗世へ戻る事は許されないけれど、使用人の皆んなは口を揃えて「絶対に帰りたくない」と言っていた。
「寝台の寝心地はどうだい?」
「すっごく良いです。毎日快眠できるし可愛いしで、言うこと無しです」
「もうすぐ箪笥も出来上がるからね」
「はい、楽しみにしていますね」
颯懍の家に連れてこられた人達は、家具を作る仕事をしている。
私がここへ来ると速攻で、新しい寝台を作ってくれた。村では藁に布切れを敷いて眠っていたし、道士となってからは野宿生活だったので、初めて寝っ転がった時には感動して泣いてしまった。
颯懍はどうやら男しか連れて来ないようで、屋敷には女っ気が一切ない。にも関わらず、女性好みの愛らしい家具を作ってくれるのだから、なかなかセンスのある人達だ。
洗い終わった食器を拭きあげていると、兄弟子で地仙の天宇がやって来た。
颯懍が俗世に逃げていた50年もの間、この屋敷にいる人達の面倒を見て取り仕切ってきたのが天宇兄さん。実質的にこの屋敷の主人と言ってもいいと思う。
「天宇兄さん、近頃はどうです? あちらの具合は」
「いやぁ、なかなか良いよ。妻が悲鳴を上げるくらい」
「そうですか。まだまだ改良していきますので、協力頼みますよ」
天宇は結婚していて、妻の仙女もこの屋敷のすぐ近くに住んで居るそうだ。颯懍があんな感じなので屋敷自体に女を近寄らせないし、天宇も寝盗られないか心配らしく、奥さんを連れてきた所も全く見ない。
「それは良いが、何だってあの仙薬にこだわるんだ? 随分と熱心に研究しているようだが」
「ふっ、兄さん、分かってませんね。いいですか? 俗世の人にとって子孫繁栄は、お金儲けくらい重要な問題なんです。高貴な身分なら跡取り問題、一般家庭だって働き手が必要です。ですから女もそうですが、男にも頑張って貰わないと。そう言う悩みを抱えている男性って、結構いるんですよ」
「可愛い顔して、明明は言ってくれるねぇ」
「嫌じゃないでしょ?」
「そりゃもちろん。次回作も期待してるよ」
イヒヒヒと2人、悪人面をして笑い合う。
「うおぃ、そこの2人。さっきからコソコソと楽しそうにして、随分と仲良くなったようだのぅ」
後ろからぬうぅっと颯懍が現れて、心臓が飛び出そうになった。
「良いじゃないですか。まさか妹弟子が出来るなんて思ってもみなかったから嬉しいんですよ。俺は一生、男くさい屋敷に閉じ込められたまんまかと憂いていたから尚更に」
「帰ったら嫁がいるだろう」
「それとこれとは別物です。な、明明」
「ね、兄さん」
私も姉はいたけど兄はいなかったから、こうやって「お兄さん」なんて呼べる人が出来たのは嬉しい。使用人のみんなも良くしてくれるしで、桃源郷での暮らしは楽しい。
「良いか、天宇。あくまで明明は兄弟弟子だからな」
「? 分かってますよ。可愛い妹です」
「分かっているならよろしい。男衆はとっくに工房へ向かったぞ。お主もさっさと行かぬか」
「はい」
持っていた皿を急いで棚へと仕舞うと、天宇は工房の方へと向かって行った。
「それで、天宇となんの話しをしていたんだ」
「仙薬の効き目はどうか、聞いていただけですよ」
「仙薬?」
「はい。師匠に飲んでもらっているのと同じやつを兄さんにも試して貰っているんです」
颯懍と天宇に飲んでもらっている仙薬。それはもちろん、男のアレを元気にする精力増強剤ってやつ。私なりに配合や術を考えて、目下試行錯誤中である。
「いっっ……!お主まさか、天宇に言ったんじゃ」
「大丈夫ですよ、言う訳ないじゃないですか」
天宇にはまるで、俗世の人に精力を増強する仙薬を振る舞うかのように言ったけど、実際には颯懍の為だ。もちろんこれで上手くいったら、世の悩める男性達に配るのも良いかもしれない。
「師匠の方はどうです? こう、ムラムラっと来たりしますか??」
期待を込めて顔を覗き込んだが、ハズレだったようだ。むっつりとした顔で答えた。
「……いや。何も」
「兄さんには効いているみたいなんだけどなぁ。やっぱり蝮は身の部分じゃなくて、胆嚢を入れた方がいいのかな。スッポンは内蔵よりも血を入れてみるとか? 私がかける術が未熟なのもあるけど……うーん」
新薬の開発は難しい。焦らずじっくりと取り組まないとダメだな。薬の開発と同時並行して、別の方法を試していった方が良さそうだ。
「師匠、金烏って桃源郷から出て俗世へも送って貰えるんですか?」
「ああ、納得の行く報酬さえ与えれば何処へでも連れて行ってくれる」
「それなら今日は私についてきてください! ちょっと遠出します」
「何処へ行くつもりだ?」
「それは着いてからのお楽しみ、ってやつですよ。私は準備がありますので、師匠も飛び切りお洒落して身なりを整えておいてくださいね!!」
颯懍は見てくれが良いからお洒落する必要なんて無いのかもしれないけど、相手に舐められない為にはある程度着飾って貰っておいた方がいい。
さて、私も準備しますか!
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