テラーノベル
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rtttのつもりですが恋愛はないです
捏造、妄想
ご本人様とは関係ありません
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宇佐美リト、と聞けばこの東で知らない者はいないだろう。雷光を操り、力強く拳で戦うヒーロー。彼の纏う光を見ればどんなピンチだって劇的に逆転する。まさに、この国の希望の光。敵が現れれば的確な指示を出し、翌日にはテレビや新聞、ラジオ、あらゆる媒体で彼の活躍を輝かしく告げる。ファンも多く、握手を求められれば友好的に、サインを求められれば名前を聞いて、写真を求められれば気の済むまでモデルになる。そんな、完璧なヒーロー。
「きみは、そんなんじゃないのに」
佐伯イッテツはニュースを見ながら静かにため息をついた。視線の先にはヒーロー姿の宇佐美がインタビューに応じていた。硬いマスクで口元が隠れていても甘い顔立ちの垂れ目が彼の雰囲気を一段と優しくする。佐伯と宇佐美はかつて友人だった。同じ学校、同じクラスで、始まりはただ、ほんの挨拶の延長で同じ趣味があるとわかっただけの、些細な接点にすぎない。
けれど、クラスの中心に立つ宇佐美と、教室の隅でひっそり過ごす佐伯は、不思議とうまく噛み合った。お互いにとって、息のしやすい場所だった。
卒業して数年。
連絡は自然と途絶えた。スマホの連絡先に宇佐美の名前は残っているのに、大学生活が忙しくなるにつれ、画面を開く機会もなくなった。今更かけても迷惑だろうというのも尾を引いた。
そんな生活の中で最近活躍するようになったヒーローが彼というわけだった。
佐伯はまさか彼が自分の知る宇佐美だとは露とも思わなかった。だって佐伯の知る彼はオレンジ髪でもましてやミントグリーンなどでもない。柔らかい茶髪は見る影もなくて、瞳の色も全く変わっていた。それでも、変わらず垂れ下がった優しい目元だけが、記憶の中の彼と重なっていた。
佐伯はリモコンを置き、黒い画面にぼんやりと自分の顔が映るのを見た。映り込んだ自分の輪郭がやけに薄く見えて、胸の奥に小さな疼きが走る。―淋しい。
「きみに、あいたいなあ…」
ヒーローじゃない、友人の君。佐伯と馬鹿みたいにはしゃいで、ガキみたいな下ネタで笑って、声が大きくて先生に怒られた、そんな君。手元のスマホで君を調べれば、確かに顔も名前も経歴だって出てくるけど、そうではない。佐伯と共にいた宇佐美に会いたいのだ。
「…でも、今更会っても」
彼が自分を覚えているだろうか。たった1年間の関わりであった。彼の大勢いた友人の中のひとり。自分とは違い、人に囲まれていた彼がちっぽけな自分を?それに、成功した宇佐美を見てすり寄ってきたなんて思われでもしたらたまらない。
恋にも似たこの感情は、佐伯の中で咀嚼するには大きすぎた。
そうして数ヶ月が経ち、宇佐美は新たにヒーローチームを組むというニュースが出た。メンバーは決まっていないようで募集している最中らしい。俺には関係ないと思いながらも情報を集めてしまうのは癖づいたものだろうか。新チームの募集要項は、どれも眩しかった。実績、戦闘経験、協調性、適応力。並ぶ条件はどれも正しくて、同時に、俺を遠ざけるために用意された言葉のようにも見えた。
「……やっぱ、世界が違うよな」
小さく呟いて、スマホを伏せる。
あの頃と同じように、俺は教室の隅に戻った気分だった。
メビウスパープルを慣れた手つきで取り出そうとして切らしていたことを思い出した。「くそっ」と悪態をついてしまうのは許してほしい。喫煙者は煙草がないと分かっただけで不安と苛立ちが募る生き物なのだ。コンビニに行く気も起きず、ソファに深く身を沈め、天井を仰ぐ。白い蛍光灯の光がやけに冷たくて、胸の奥に溜まったものを照らし出すみたいだった。
――応募条件、か。
脳裏に、さっき見た文字列が蘇る。実績、戦闘経験、協調性、適応力。どれも持っていない。少なくとも、胸を張って差し出せるほどのものは。
「……ばっかみたいだな」
誰に聞かせるでもない独り言が、空気に溶けた。それでも、スマホを伏せたままにしていたはずの指が、無意識にその縁をなぞっていることに気づく。触れれば、また見てしまう。見れば、余計に苦しくなる。それなのに。
佐伯は一度、ぎゅっと目を閉じたあと、観念したようにスマホを手に取った。
思考する間もなく指先が手慣れたように宇佐美の名前を打ち込む。もう諳んじてしまうほど読み込んだニュースばかりで特に目新しい情報はない。ニュース記事を一つ閉じて、また一つ開く。その繰り返しに意味がないことは分かっているのに、指は止まらない。画面の中の宇佐美は、いつだって完璧だ。言葉選びも、笑い方も、間の取り方も。知らない誰かの期待に応えるための顔。
「――煙草、買いに行くか」
色々考えたって状況が変わるわけでもないし、煙草がなければ佐伯の日々は動かない。シャツに短パン、玄関に脱ぎ捨てられたサンダルを履いて財布のみを持ってコンビニに向かう。来月また値上がりするらしいし、買いだめようかとも思うがカートンで買った暁には俺は駄目になってしまうという自制心が働いて未だに買ったことはない。たばこ税の上に消費税かけられるってなんだよ、と思いながらもワンコインで買えなくなった嗜好品を毎日消費している自分は既に毒されている。
「せめて電子にすっかなあ〜」
そんな事をぼやいていると丸っこいフォルムをした一見可愛らしい白黒の生き物が目の前に現れた。
「は!?KOZAKA-C!?」
KOZAKA-Cと呼ばれる秘密結社のヴィランだ。がっかりポイントとやらを集めて人々をがっかりさせることを目的とした集団らしい。例えば自販機をすべてぬるくしたり、最後の1個の商品が目の前で終わるように仕向けたりするという。そう聞くと可愛らしいと思うかもしれないがれっきとした悪なのでヒーローでないと対処できない。
「……いや、無理無理無理」
佐伯は半歩、後ずさる。
逃げろ、という理性と、足がすくむ現実が噛み合わない。少なくとも、テレビでしか見たことがない存在に恐怖した。
「俺が外に出たからっ?なんで??引きこもりはおとなしく部屋から出るなってか!?いや引きこもりじゃねーし!立派な大学生だわ!」
頭は回ってないのに無駄に回る口が勝手に動く。その間にも敵は近づいてきて、どうにでもなれ!と思いぎゅっと目を瞑った。途端、肌がピリピリと焼け付く感覚がした。擽ったくて優しいそれに目を見開くと1つの閃光が煌めく。
金色に輝く髪に、勇ましいツノを額に生やし、雷を纏った英雄。彼の逞しい筋肉は俺の知っていた頃より鍛え上げられている。優しいタレ目と目が合った。
「大丈夫ですか?」
「…ぇ、うぁ、…はい」
「貴方に怪我がなくてよかったです」
知らない喋り方だった。出会った頃でさえそんな丁寧に喋られたことなんか一度もなかった。優しい笑みを浮かべて、いたわる声も只管に優しいのにまるで俺にとっては事務的なやり取りに思えて仕方がなかった。
「…っり、…」
リトくん。そう呼ぼうとしてのどに突っかかった。もし、忘れられてたら?名前を呼んで、「すみません、誰ですか?」と困った笑みで言われたら俺はもう立ち直れない。そもそも今だって顔を合わせてるのに、何も言われないってことはそういうことだろう。
佐伯は言葉を飲み込んだまま、ぎこちなく視線を逸らした。
雷の残滓が空気に微かに残り、KOZAKA-Cはいつの間にか拘束具に絡め取られて転がっている。
「……あの、念のため、救急を——」
「だ、大丈夫です。本当に」
被せるように答えてしまった。
これ以上、声を聞いていたら駄目になる気がしたからだ。宇佐美は一瞬だけ目を瞬かせ、それから「そうですか」と頷いた。その仕草ひとつひとつが洗練されていて、昔の、雑で距離の近い宇佐美とは別人に見える。
――やっぱり、違う世界の人だ。
「では、俺はこれで」
任務は終わった、という区切りの声。
そのまま踵を返されれば、きっと佐伯は何も言えずに終わる。今日という偶然を、ただの事故として片付けて、またニュースの中の人に戻っていく。
「ま、…待って」
宇佐美は踵を返そうとした足を止めて、俺の瞳を見つめ返す。夏空と向日葵を詰め込んだそれはやっぱり俺の知らない色で言葉に詰まる。宇佐美は急かすこともせず静かに俺の口が開くのを待った。
「……俺のこと、お、覚えてない……ですよね」
自信の無さが言葉に表れ、まるで囁くように言った。だが宇佐美の耳には届いたようで静かに目を見開く。
「………テツ」
「…え」
「ちゃんと、覚えてるよ」
その言葉にきゅうっと甘く心臓を掴まれた気がした。
宇佐美は拘束したKOZAKA-Cをヒーロー協会に引き取らせると変身を解いて俺の隣を歩く。
「どこ行こうとしてたんだ?」
「コンビニ。煙草買いに」
「へぇ、…吸うんだ?知らなかった」
宇佐美は胸元に居る相棒をそっと撫でながら、意外そうに目を細める。宇佐美と最後に話したのは大学に入った頃だったから知らなくて当たり前だ。佐伯は、空になったメビウスの箱をポケットの上からぎゅっと握りしめた。
カサリ、と乾いた音がして、自分の指先が微かに震えていることに気づく。再会の衝撃か、それともニコチン切れのせいか。
宇佐美の隣は居心地が良くて、まるでかつての放課後に戻った気分だった。あの頃より彼は随分と明るい髪色になってしまったけど。
「きみ、ほんとに俺のこと覚えてたの?…俺が話しかけるまで業務みたいに、他人行儀なやりとりしてたのにさぁ。」
「…お前だってそうだろ。ヒーローになったとき、よく知りもしないやつらから連絡は来るのに、お前からは何もなかった」
その言葉が、佐伯の胸に鋭く突き刺さる。「あっ」と、喉の奥で短い吐息が漏れた。
自分にとっては、彼を想うがゆえの「遠慮」だった。有名になり、世界の希望となった彼に、過去の些細な縁を振りかざして縋り付くような真似はしたくなかった。それが彼にとっての平穏を守ることだと、勝手に信じ込んでいた。
けれど、それは傲慢な思い込みに過ぎなかったのだ。
互いに相手を想い、相手を尊重しようとした結果、皮肉にも二人の距離は絶望的なほどに遠ざかった。なんて馬鹿みたいで、滑稽な遠回りをしてしまったんだろう。佐伯の視界が、一瞬だけ熱いもので滲んだ。
「な、テツ…ヒーローやらね?」
「はぁ!?!?!?」
諳んじるほど読んだ新チームの募集要項。実績、戦闘経験、協調性、適応力。ちゃんと覚えているし、そのどれもを自分が持っているとはやはり思えない。こんな擦り切れたサンダルを履いたヒーローが居るだろうか?
「ただの一般大学生よ、俺」
「俺がいいって言ってんだからいいだろ」
「そんなわがまま通るの?ヒーロー協会だって黙ってないだろ」
「知らね。でも通すよ、無理矢理でもさ」
宇佐美は笑って言った。昔からそうだ。無鉄砲で、周りを巻き込んで、我を通してしまう。それだけの実力も魅力も持っているのだから世話がない。それに嫌だと微塵も思わない自分にも笑ってしまう。
「変わらないなあ君は」
「だろ?だから今度は離さねーぞテツ」
自分より幾分か大きい手が差し出される。
その温もりを、佐伯はもう「今更」だなんて言葉で拒むことはできなかった。
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