やがて夜の帳が降り始め、森は冷え込みを増していった。
傷だらけの体で町に戻るのは無謀だと判断し、三人は森の奥の小さな開けた場所に身を寄せ、そこで夜を越すことにした。
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若井が火打ち石を鳴らし、木の枝や枯れ草に何度も火花を落とす。
やがて赤い火がぱちぱちと音を立て、焚き火となって三人を照らした。
「……やっと温まるな」
若井が吐き出す息は白く、剣を磨く手もどこか緩やかだ。
大森は鍋代わりの鉄器に、刻んだ薬草と持参したスープを入れ、温め始める。
「……少しでも口に入れなきゃ、また倒れるよ」
その言葉に、藤澤は小さく頷いた。
彼の顔色はどこか悪く、焚き火の赤に照らされてなお蒼白さが浮かんでいた。
「涼ちゃん……大丈夫?」
大森が鍋をかき混ぜながら声をかけると、藤澤は小さな笑みを浮かべた。
「うん……平気。ちょっと……疲れてるだけ」
そう言いつつも、彼の指先はわずかに震えていた。
温かなスープをすすりながら、三人は戦いを振り返る。
「まさか……あんなに強いなんて」
大森がぽつりと呟けば、若井は火を見つめたまま口角を上げた。
「でも、倒した。三人だからこそな」
「そうだね……」
藤澤は視線を落とし、小さく頷いた。
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夜が更けるにつれて、森は冷気に包まれた。
若井はマントを肩から外し、焚き火の傍に横たわる藤澤の体にかけてやる。
「風邪ひくなよ」
「ありがとう……」
藤澤は小さな声で返す。
若井は背もたれ代わりに切り株に腰掛け、剣を膝に置いたまま目を閉じる。
彼の意識は眠りと覚醒の狭間を漂っていた。
「こうしてぼんやり火を囲んでるとさ……ほんとに、もう大丈夫なんだって思える」
大森の言葉に、若井は目を開け、静かに頷いた。
「……そうだな。明日、村に帰って涼ちゃんに一日でも早く元気になってもらわないとな」
その言葉に、藤澤は胸を押さえて目を伏せた。
「……」
わずかに肩が震えている。
⸻
しばしの沈黙の後、藤澤が急に大きく息を吸い込み、胸を上下させた。
「はぁ……っ……はぁ、はぁっ……!」
呼吸が荒く、過呼吸のように短く浅くなっていく。
「涼ちゃん!?」
大森が慌てて駆け寄り、背中に手を回す。
若井もすぐに反対側に回り込み、肩を支えた。
「落ち着け! 大丈夫だ、俺らがいる!」
だが藤澤の顔は赤く火照り、涙が滲み、体が小刻みに震えていた。
「……違う……これ……薬の……せいで……! 身体が……疼いて……っ」
その声に、大森と若井は目を見合わせた。
魔物との戦いは終わったはずなのに――まだ「禁忌の薬」の副作用が彼を蝕んでいる。
「はぁっ……はぁ、はぁっ……!」
彼は胸を押さえ、目を潤ませながら身体を折り曲げる。
肩が小刻みに震え、吐息は途切れ途切れに夜気を切り裂いていた。
「涼ちゃん、落ち着け! 俺たちがいる、大丈夫だから!」
けれど藤澤の瞳は涙で滲み、焦点が合っていなかった。
「……お願い……っ、キス……して、息を……」
震える声で吐き出された言葉に、二人は息を呑む。
大森が目を見開き、若井に視線を投げた。
若井は逡巡したが、次の瞬間には迷わず藤澤の頬を両手で支え、唇を重ねていた。
「ん……っ」
若井は呼吸を分け与えるように、何度も唇を重ねた。
藤澤の震えた呼吸が少しずつ整っていく。
大森はその横で藤澤の背を支えながら、彼の指先の震えが弱まっていくのを感じ取った。
やがて、藤澤は肩で大きく息をし、瞳に涙を浮かべたまま呟いた。
「……ありがとう……少し、楽になった……でも……」
彼は唇を噛み、うつむきながら続ける。
「……でも、まだ……身体が……疼いて……止まらないんだ……」
その告白に、大森と若井は言葉を失った。
藤澤は震える声で、恥ずかしさに顔を覆いながらも吐き出す。
「この副作用のせいで……あの時、魔物に……乞うしかなかったんだ……っ」
焚き火がはぜる音が、異様なほど大きく響いた。
涙を堪えながら藤澤は続ける。
「嫌だった……でも、苦しくて……どうしようもなくて………俺……っ」
嗚咽が声を塞ぎ、言葉が途切れる。
大森は思わず藤澤の手を握りしめた。
「……涼ちゃんのせいじゃないよ」
若井も眉を寄せ、強く首を振る。
「そうだ。お前が悪いんじゃない。あんな薬を造らせた魔物が……許せねぇ」
藤澤は涙を溢れさせながら、なおも震えた声で懇願する。
「……お願い……俺に、触れて……して欲しい……。じゃないと……もう、壊れそうで……」
その声は夜気に滲み、焚き火の赤に照らされてなお揺らいでいた。
大森と若井は互いに目を合わせ、強く頷く。
「わかった。任せろ」
「大丈夫だ、涼ちゃん。俺らがここにいる」
その言葉と共に、二人は藤澤を焚き火の傍の毛布へと優しく横たえた。
これまでの何年もの苦しみを和らげるために ――愛と絆を込めて。
コメント
9件
これは次回は期待していいやつですね!?
あばばばばばばばばばばばば!?(語彙力消失) これ…次、どうなるんだろ…。やばい…想像するだけでニヤけが止まらない…
次回はエッ〇ですか?やばい...楽しみすぎる!!