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帰 れ な い 夜 の 、 そ の 先 で
よくわかんない世界線です
共依存的なあれです
頭がおかしいです 僕の
もうなんでもいい人だけ見てください
今度はメリバです
星導side
雨の音がする。
窓の外は、夕方からずっと降り続いていた。細く、途切れず、まるで世界の輪郭を少しずつ溶かしていくみたいな雨だった。
部屋の中央に置かれたテーブルには、冷めたコーヒーが二つある。片方は俺のもの。もう片方は、小柳くんが一口だけ飲んで、そのまま放置したもの。
「小柳くん、もう行こうよ」
返事はなかった。
小柳くんは窓際に立ったまま、外を見ている。街灯に照らされた横顔は、いつもよりずっと大人びて見えた。いや、実際には疲れているだけなのかもしれない。
「聞こえてる?」
「聞こえてる」
短い返事。
でも、こっちを見ない。
俺は立ち上がって、テーブルの上に置かれていた鍵を手に取った。古びた銀色の鍵。もう使われていないはずの、あの場所へ続く鍵。
この鍵を捨てれば、全部終わる。
そう思っていた。
けれど、鍵を捨てるには、俺たちはあまりにも多くのものをそこへ置いてきてしまった。
「本当に、戻るの?」
「戻らないと」
「小柳くんは、あそこに何があるか知ってるでしょ」
「知ってる」
「俺たちが、もう普通には戻れないってことも?」
小柳くんは、ようやく振り返った。
目が合う。
その瞳の奥に、俺と同じものがあった。諦めた人間だけが持つ、妙に静かな光。
「星導」
「なに」
「普通に戻る必要、あるか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひどく冷たくなった。
俺は笑った。笑えているかどうかは、分からなかった。
「ないね。もう、戻れないし」
そう言って、鍵を握りしめる。
掌に食い込む冷たさが、やけに心地よかった。
戻れないなら、せめて最後まで一緒にいればいい。
そんな考えが、いつから俺の中に棲みついたのかは、もう思い出せなかった。
小柳side
星導は、笑うときに少しだけ目を細める。
今もそうだった。
ただ、いつもの笑い方とは違う。口元だけで笑っていて、目の奥は一切笑っていない。
俺にはそれが分かる。
分かってしまう。
星導が隠していることも、諦めたふりをしていることも、本当はずっと怖がっていることも。
全部、分かっている。
なのに、何も言えない。
29
三日月さくら🎼🍵👑🌞
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言えば、星導はきっと俺を置いていく。優しい顔をして、ひとりで全部終わらせようとする。
だから俺は、星導が望む言葉だけを選んだ。
「普通に戻る必要、あるか?」
あれは本心だった。
俺たちはもう、あの夜を知りすぎた。
誰も知らない場所で、誰にも言えない約束をして、誰にも見つからないように嘘を重ねた。その結果、戻る場所だけがなくなった。
それでも星導は、何度も「やり直せる」と言った。
やり直せるわけがない。
俺たちが見てしまったものは、なかったことにはならない。
俺たちが選んでしまったことも、消えない。
「行くぞ」
俺が言うと、星導は鍵をポケットにしまった。
「小柳くんは、怖くないの?」
「怖い」
「そっか」
「でも、星導が行くなら行く」
星導の指が、わずかに動いた。
それだけで、俺の胸は嫌なほど痛んだ。
本当は、行くなと言いたかった。
鍵を捨てろ。ここで全部忘れろ。俺のことも忘れて、誰か別の人間として生きろ。
けれど、それを言えば星導はひとりで行く。
だったら、隣にいるしかない。
俺は玄関の扉を開けた。
冷たい雨が、廊下の奥まで吹き込んでくる。
「星導」
「ん?」
「離れるなよ」
星導は一瞬だけ目を見開いて、それからいつものように笑った。
「小柳くんこそ、離れないでね」
その言葉が、約束なのか呪いなのか。
俺には、もう判断できなかった。
星導side
目的地までは、歩いて二十分ほどだった。
けれど、雨のせいで道はひどく遠く感じられた。
傘は一本しかない。小柳くんが持っていて、俺はその隣を歩く。肩が触れそうな距離を保ちながら、触れないようにしていた。
触れてしまったら、たぶん何かが壊れる。
そんな気がしていた。
「ねえ、小柳くん」
「ん」
「あのとき、どうして俺を助けたの?」
小柳くんの足が、一瞬だけ止まった。
すぐに歩き出したけれど、さっきより歩幅が狭くなっている。
「あのときって、どのときだよ」
「分かってるくせに」
「……星導が危なかったから」
「それだけ?」
「それだけで十分だろ」
「十分じゃないよ」
俺は笑って、雨の向こうを見る。
あの夜、小柳くんは俺を見つけた。
見つけてしまった。
もしあの人が来なければ、俺はあそこで終わっていた。怖くて、寒くて、ひとりで、もう何も考えられなくなっていた。
小柳くんは俺を引き上げて、逃げ道を探して、何度も「大丈夫だ」と言った。
その声を、今でも覚えている。
嘘だったのかもしれない。
大丈夫なんかじゃなかった。助かったわけでもない。俺たちはただ、終わる場所を先延ばしにしただけだった。
それでも、あのとき俺は小柳くんの手を掴んだ。
そして、今も離せずにいる。
「小柳くん」
「なんだよ」
「俺がいなかったら、もっと普通に生きられた?」
雨音の中で、答えはすぐには返ってこなかった。
やがて小柳くんは、俺のほうを見ずに言った。
「知らねえよ」
「そっか」
「でも、星導がいなかったら、俺はあの場所に行ってない」
「じゃあ、俺のせいだね」
「そうは言ってない」
「でも、そういうことでしょ」
俺はまた笑った。
今度は、ちゃんと笑えていたと思う。
だって嬉しかった。
小柳くんの人生に、俺が残っている。
傷でも、後悔でも、罪でもいい。
何でもいいから、俺がいる。
小柳side
星導は、時々ひどく残酷なことを言う。
自分がいなければよかったのか、と聞く。
俺が後悔しているのか、と聞く。
そのたびに、俺は正しい答えを返せない。
後悔していないと言えば嘘になる。
あの場所に行かなければよかった。星導を見つけなければよかった。あの手を掴まなければよかった。
そう思ったことは、何度もある。
けれど同時に、星導を見つけられてよかったとも思っている。
矛盾している。
俺たちは、ずっとその矛盾の中にいた。
「星導がいなかったら、俺はあの場所に行ってない」
言ってから、余計なことを言ったと思った。
星導はすぐに自分を責める。自分がいなければ、俺は無傷でいられたはずだと、本気で思っている。
違う。
俺は星導を助けたかった。
助けたかったから、あの場所へ行った。
そして、星導を助けたことで、俺自身もあの場所から出られなくなった。
どちらが先だったのか、今では分からない。
星導を救いたかったのか。
それとも、星導に必要とされたかったのか。
その違いを考えるたび、胸の奥が腐っていく。
「着いた」
俺が言うと、星導は顔を上げた。
目の前には、廃ビルがある。
何年も使われていない。窓は割れ、壁には雨の跡が黒く伸びている。入口には鎖が巻かれていたが、鍵はもう外れていた。
誰かが、俺たちを待っている。
そう思った。
いや、待っているのは誰かではない。
ここに残してきたものが、俺たちを呼んでいる。
「小柳くん」
「分かってる」
「まだ戻れるよ」
「戻らないだろ」
「うん」
星導は、俺の袖を掴んだ。
細い指だった。
それだけで、引き返す理由がなくなる。
俺はその手を握り返した。
「行くぞ、星導」
「うん」
廃ビルの中へ入る。
背後で、風に煽られた扉が閉じた。
音は、思ったよりも静かだった。
星導side
階段を下りるたび、空気が冷たくなっていく。
地下へ続く階段。
あの夜と同じ道。
壁には、当時のままの傷が残っていた。俺が爪で引っ掻いた跡。小柳くんが壁に手をついた跡。逃げるときに落とした、壊れたライト。
何も変わっていない。
変わったのは、俺たちのほうだけだった。
「ここ、覚えてる?」
俺が聞くと、小柳くんは頷いた。
「覚えてる」
「俺、ここで小柳くんに会ったんだよね」
「ああ」
「最初に見たとき、怖かった」
「俺が?」
「うん。顔が怖かった」
「今もだろ」
「今は慣れたから」
小柳くんが小さく息を吐く。
笑ったのかもしれない。
こういう、くだらない会話が好きだった。
どれだけ酷い場所にいても、どれだけ取り返しがつかなくても、小柳くんとくだらない話をしていれば、まだ人間でいられる気がした。
地下室の扉の前に立つ。
鍵穴は、あのときと同じだった。
俺はポケットから鍵を取り出す。
手が震えている。
怖い。
中に何があるのか、分かっている。分かっているからこそ、怖い。
「俺が開ける」
小柳くんが言った。
「だめ」
「星導」
「俺がやる」
鍵を差し込む。
錆びついた音がして、鍵が回る。
扉の向こうから、風が吹いた。
地下室なのに、風がある。
その風に混じって、誰かの声が聞こえた。
俺の声だった。
『助けて』
俺は息を止めた。
隣で、小柳くんの手が強くなる。
「聞こえた?」
「聞こえた」
「俺の声だった」
「分かってる」
「どうして?」
「知らねえ」
扉を開ける。
中には、何もなかった。
ただ、部屋の中央に椅子が二つ置かれている。
向かい合わせに。
その間には、古い録音機があった。
再生ボタンが、ひとりでに押される。
『どちらか一人が残れば、もう一人は帰れる』
聞き慣れた声が、暗闇の中に響いた。
俺たちは黙った。
きっと、これが最後の選択だった。
小柳side
録音機から流れる声は、俺たちがあの夜に聞いたものと同じだった。
何度も、何度も、俺たちを追い詰めた声。
どちらか一人を選べ。
どちらかを捨てろ。
そうすれば、お前だけは帰れる。
俺はずっと、その言葉を信じていなかった。
でも、星導は違った。
「小柳くん」
「聞くな」
「小柳くんは帰って」
「聞くなって言ってる」
「俺が残るから」
星導は、椅子の片方に近づいた。
その表情は穏やかだった。
穏やかすぎた。
最初から、こうするつもりだったんだ。
「星導」
「小柳くんは、帰るべきだよ」
「俺は帰りたくない」
「嘘」
「嘘じゃねえ」
「嘘だよ。小柳くんは、俺なんかと一緒にここにいるべきじゃない」
星導の声が、少しだけ震える。
「小柳くんには、俺がいなくても生きていける」
「星導」
「俺は無理だけど」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
気づけば、俺は星導の腕を掴んでいた。
「ふざけんな」
「痛いよ、小柳くん」
「ふざけんな、星導」
「俺は本気だよ」
「だから嫌なんだよ」
手を離せない。
離したら、星導は椅子に座る。
座ったら、俺はこいつを失う。
「俺が帰って、何になる」
「普通に生きればいい」
「できるわけねえだろ」
「できるよ」
「できねえ」
声が震えた。
俺は、こんなふうに声を荒げたかったわけじゃない。
ただ、隣にいてほしかった。
それだけだった。
「星導がいないなら、帰る意味がない」
言ってしまった。
星導が目を見開く。
俺の中にある、いちばん醜い部分を見られた気がした。
「それは、俺が必要ってこと?」
「違う」
「じゃあ、なに?」
「……俺が、お前を手放せないだけだ」
星導はしばらく黙っていた。
やがて、困ったように笑う。
「それなら、俺たちはもう終わってるね」
その言葉に、録音機が反応した。
『選択を確認しました』
床が、ゆっくりと揺れ始める。
部屋の壁に亀裂が走る。
星導の腕を掴んでいたはずの手が、突然、空を切った。
「星導!」
星導の身体が、暗闇の向こうへ引かれていく。
俺はその手を掴んだ。
今度こそ、絶対に離さない。
星導side
身体が落ちていく。
どこへ向かっているのか分からない。
ただ、小柳くんの手だけが、俺の手首を掴んでいた。
「小柳くん、離して!」
「嫌だ!」
「このままだと小柳くんまで落ちる!」
「それでいい!」
「よくないよ!」
視界が暗くなる。
下には何もない。
このまま落ちれば、二人とも帰れない。
でも、それでいいと思ってしまった。
小柳くんが一緒なら、俺は怖くない。
いや、違う。
小柳くんが一緒なら、怖くても耐えられる。
それは救いではない。
依存だ。
俺たちは互いを救ったふりをして、互いの傷口に指を差し込んでいる。痛みを分け合っているつもりで、実際には同じ場所から出られなくなっている。
それでも、手を離したくなかった。
「小柳くん」
「なんだ!」
「俺、嬉しいよ」
「こんなときに何言ってんだ!」
「小柳くんが、俺を選んでくれて」
「選んでねえ!」
「選んだよ」
手首が痛い。
小柳くんの指も震えている。
「俺を選んで、帰ることを捨てた」
「星導を捨てることをやめただけだ!」
「同じだよ」
俺は目を閉じる。
落ちていく感覚が、少しずつ遠くなる。
代わりに、小柳くんの声だけが近くなる。
「星導、目を開けろ!」
「小柳くん」
「俺を見ろ!」
「見てるよ」
「嘘つくな!」
「見てる。ずっと」
暗闇の中で、小柳くんの顔が見えた。
泣いているように見えた。
たぶん、俺も泣いている。
なら、最後くらい笑おう。
いつもみたいに。
「小柳くん」
「……なんだよ」
「これからも、俺のこと呼んでくれる?」
「星導」
「もう一回」
「星導」
「もう一回」
「星導!」
その声を聞きながら、俺は笑った。
これでいい。
俺たちは、もうどこにも帰れない。
でも、俺の名前を呼ぶ声がある。
小柳くんの手がある。
それだけで、俺には十分だった。
小柳side
目を開けると、そこは最初の部屋だった。
雨の音がしている。
テーブルの上には、冷めたコーヒーが二つ。
窓際には、星導が立っている。
「小柳くん」
振り返った星導が、笑った。
俺は立ち上がろうとした。
けれど、身体が動かない。
足元を見る。
影がない。
星導にも、影がなかった。
「ここ、戻ってきたの?」
「うん」
「外は?」
「見てない」
「見ろよ」
「嫌だよ」
星導は窓の外を見た。
雨の向こうに、街の灯りがある。
けれど、どの灯りも動いていない。車も、人も、何もかもが止まっている。
世界が、俺たちを置き去りにした。
「帰れないね」
「最初から、帰る場所なんかなかった」
俺が言うと、星導は少しだけ寂しそうに笑った。
「小柳くん、後悔してる?」
「してる」
「そっか」
「でも、星導を置いて帰るよりはマシだ」
「俺も、後悔してるよ」
「何を」
「小柳くんを巻き込んだこと」
「それはもういい」
「よくない」
「いいんだよ」
俺はようやく立ち上がった。
窓際まで歩き、星導の隣に立つ。
外の景色は、いつまでも雨の中で止まっていた。
「なあ、星導」
「ん?」
「ここで、ずっと一緒にいることになるのか」
「たぶん」
「退屈だな」
「小柳くんがいるなら、そうでもないよ」
星導はそう言って、俺の袖を掴んだ。
いつものように。
俺も、その手を握った。
もう、帰れない。
誰かに見つけてもらうこともない。
朝が来ることも、雨が止むこともない。
ここには、俺たち以外のものが何もない。
それなのに、不思議と寂しくはなかった。
星導が隣にいる。
俺が星導の手を握っている。
それだけは、確かなことだった。
「小柳くん」
「なんだ」
「もし、いつかここから出られるなら」
「出られねえよ」
「もしもの話」
「……なんだよ」
「そのときも、俺を連れていってね」
俺は星導を見た。
星導は笑っていた。
俺が断らないと、分かっている顔だった。
「分かった」
「約束?」
「ああ」
「絶対?」
「絶対だ」
その瞬間、窓の外の雨が止まった。
静寂が落ちる。
けれど、朝は来なかった。
代わりに、部屋の扉の向こうから、また声がした。
『どちらか一人が残れば、もう一人は帰れる』
俺は星導の手を握り直す。
星導も、同じように握り返した。
「小柳くん」
「星導」
名前を呼び合う。
それだけで、選択は終わっていた。
俺たちは、どちらも残る。
どちらも帰らない。
この部屋で、止まった世界の中で、永遠に互いを選び続ける。
それが救いではないことくらい、分かっていた。
たぶん、これは罰だ。
俺たちが互いを手放せなかったことへの、終わらない罰。
それでも星導は笑っている。
俺も、たぶん笑っている。
世界のどこにも帰れなくても。
明日が来なくても。
この手を離さない限り、俺たちはひとりじゃない。
――だから、きっと。
これは、俺たちにとってだけは、幸福だった。
コメント
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第8話、読み終わりました。もうずっと胸がぎゅっとなる感じで…鍵を握る手の震えや、二人で「帰れない」と受け入れていく流れが、ひたすら切なかったです。特に小柳くんが「星導を置いて帰るよりはマシだ」って言うところ、あれは本心なんだろうなと。ループ構造の暗示もゾッとしつつ、それでも隣にいることを選び続ける二人の関係性が、この作品の核だなと感じました。また読めるのを楽しみにしています。