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「どうした?呆れたか?」
「ううん、子供の頃のリアムに会ってみたかったな。仲良くなれたかな」
「もちろん。子供の頃に会ったとしても、俺はおまえに惚れる自信がある」
「僕も」
二人で顔を見合せて笑う。そしてリアムが僕の肩を抱いて窓の側に行く。
「わあ…すごい。ここからは王都が見渡せるね」
「すごいだろ。俺はここからの景色が大好きなんだ」
「うん…なんかわかる。でも…」
「なんだ?」
「これからは見れなくなるけど…いいの?」
「いいさ。ここから眺めた景色は俺の中にちゃんとある。それにこれからは、フィーと見る全てのものを好きになるから」
「リアム…うん…僕も」
僕はリアムの顔を見上げ、もう一度窓からの景色を見た。沈みかけた太陽に照らされて、王都の建物がとても美しかった。
即位式の朝は慌ただしく始まった。
僕とリアムは夜遅くまで語り合っていたせいで、ゼノに叩き起こされるまで深く眠っていた。
怖い顔のゼノに急かされて、顔を洗い朝餉を食べて着替える。
リアムは王都の騎士が着る青色ではなく、黒い軍服を着て、王族の証である金色で縁取られた青いマントを羽織った。
僕はラズールが用意した服を着た。上着は濃紺の生地に衿や袖口に銀糸の刺繍がある。ズボンも同じく濃紺で裾に銀糸の同じ刺繍だ。中に着る白いシャツは、衿や袖にレースがついている。全体的に派手じゃないかと恥ずかしく思ったけど、リアムがよく似合うと褒めてくれたから、当日の朝は喜んで着た。リアムと暮らすようになって気づいたのだけど、僕は単純なんだ。
ラズールから送られてきたこの服を初めて見た時に、まるで僕の身体に現れた蔦のような刺繍にドキリとした。
後日、ラズールに聞いたところ、僕の身体の痣は僕を守ってくれたありがたいものだから、僕の幸福を願ってこの刺繍を縫いつけたのだと話していた。それにイヴァル帝国の王城の中に、天井に蔦の模様が描かれた部屋がある。よく注意をして探すと城のあちらこちらにもある。もしかすると、この蔦の模様は、イヴァル帝国にとっては守護的な意味合いがあるのかもしれないとも話していた。
もしそうならば、イヴァル帝国の旗にも入れた方がいい。僕がそう進言すると、そうしますとラズールは即答したのだけど…。せめて現王のネロやトラビス達にも相談してから決めてほしい。僕はグランドデュークだけど今は他国にいるのだから、僕よりもイヴァルにいる人達の意見を第一に優先してほしい。でも僕がそう言ったところで、俺の主はフィル様ですと澄ました顔で言うのだろうな。僕が最も信頼する僕の騎士は。
「フィル様これを」
「なに?」
部屋を出る直前に、ゼノから折りたたまれた布を渡された。ずしりと重い布は、リアムのマントと同じ色だ。
僕はこれが何かを察してリアムを見た。
リアムが笑って頷き、僕の手から布を取って広げる。
「わあ…いいの?僕がこれを身につけても」
「いい。これは兄上が…王が準備してくれたものだ」
「え…クルト王子…王が?」
「俺は城を出たが、まだ王族に籍があるらしい。だから伴侶であるフィーも、これを身につけるべきだと」
「ほんとに?嬉しい」
「ただ…」とリアムがマントの刺繍の箇所を僕に見せる。
「フィーのこれは、俺のと比べて刺繍部分が少ない。ほら…こんなふうに裾に少し縫われているだけで質素なんだ。すまない…」
「どうして謝るの?すごく素敵だよ!リアムとお揃いで嬉しいよっ」
「だがこれをまとうと、おまえのキレイな服が隠れてしまうな」
「いいよ、目立ちたくないもの。これだと皆リアムの方を見るでしょ」
「それはどうかな。濃い色の服を着てる時ほど、おまえの銀髪が美しく映えるからな。おまえが注目されるかと思うと面白くない」
「えー、リアムは心配性だねぇ。そんなこと思うのリアムだけだよ。ゼノもそう思うでしょ?」
僕は後ろに控えるゼノに聞く。
ゼノは頷きながらリアムの手からマントを取って、僕の肩にかけてくれた。
「そうですね、リアム様は過保護が過ぎますからね。でも確かに…こうして見ると、後ろに流した銀髪が絹の糸のようにサラサラとして輝いて…とても美しいですよ」
「ゼノまでそんなことを言う。でも、褒めてくれてありがとう」
「真実を述べたままです。あ、リアム様、そんな怖い目で俺を見ないでください。リアム様もとても美しいですよ。お似合いのお二人です。さ、早く参りましょう。クルト様よりも遅れて入ったら、あなた達が主役になってしまいます」
「口の達者なヤツめ」
「お褒めいただきありがとうございます」
「褒めてはいない」
「素直じゃありませんねぇ」
「おいっ」
リアムとゼノの軽快なやり取りに、僕は声を出して笑う。
「ふふっ、二人は本当に仲がいいね。続きは帰ってからにしてね。今は早く王の間へ行こう」
歩き出そうとした僕を、リアムがいきなり抱きしめた。でもすぐにゼノに引き剥がされる。
「ちょっと!何してるんですか!マントと服がシワになってしまいます!それにキレイに整えた髪も乱れてしまうっ」
「うっ…悪い。フィーはいつもかわいいが、今日はより一層かわいくて触れたくなった」
「即位式が終わった後で、いくらでも触れてください。それまでは理性を保ってください!」
「…できるかな」
「リアム様!」
「わかったよ」
兄弟のような二人を見ていると楽しい。
即位式に出席するにあたって、粗相をしないかとか好奇の目で見られるかなとか不安だったけど、一気に気持ちが晴れた。僕はリアムのマントを掴んで引き寄せ、軽くキスをする。
「フィー?」
「今はこれで我慢してね」
「善処する…」
真面目な顔で頷くリアムに僕はまた笑うと、リアムの手をしっかりと握りしめて足を前に出した。
大きくて温かいリアムの手。出会った時から、僕を守り続けてくれている。そしてこれからも、僕を幸せな未来へと導いてくれる手だ。
この手を僕は決して離さない。もし僕が離そうとしても、この手が離してくれないとわかっている。
リアム、僕を見つけてくれて、僕の手を掴んでくれてありがとう。僕はあなたの隣で、こんなにも輝けるんだ。僕を光のもとに連れ出してくれてありがとう。リアムと出会って、僕は生まれてきてよかったと心から思えるようになったんだ。リアムが僕を幸せにしてくれたように、これからは僕もリアムを幸せにしたい。とりあえずは式が終わったら、たくさん甘やかせてあげるから。
ふと視線を感じて横を向く。
ゼノが僕を見て微笑んでいる。
「なあに?」
「いえ…フィル様は、リアム様の隣にいる時、とても笑顔が眩しいと思いまして。今も、とても輝いていらっしゃいますよ」
「そ、そう…?恥ずかしいな…」
僕は両手を頬に当てて下を向く。
「なにも恥ずかしくなどありません。あなたの眩しい笑顔は、周りの者を幸せな気持ちにさせます。それにリアム様も同じです。お二人ともが、輝いて見えますよ」
「ゼノ、おまえはいいこと言うな。よくわかっている」
「どれだけリアム様と一緒にいると思ってるのですか。さ、お話はまた後で。急ぎましょう」
「ああ。フィー」
「うん」
リアムが僕の手を握り直すと「走るぞ」と駆け出した。僕とリアムの後ろから、ゼノが「走ってはダメです!」と怒りながら追いかけてくる。
それを見たリアムが笑い、僕も笑う。僕とリアムは笑いながら、廊下の先の、窓から降り注ぐ光の中に向かって走り続けた。
(終)