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すぐ近くにある白刃に、カタカタと体が震える。頭が真っ白になり、胸が痛いくらいに鼓動が早くなった。


すると大きくため息をついた澪様の声がした。


「大人しく聞いてたら……やっぱり人質は僕の方か。犬にまんまと誘き寄せられた。やられたわ」


「黙れ。無駄口を叩くな。背に穴を開けたいのか」


剣呑とした二人のやり取りに口を挟む隙もない。


「そんな趣味あるか。もういい。この場は僕の負けやな。どう足掻いても銃と刀に勝てる気はせぇへんわ。それに他にもお前達の仲間が居るんやろ?」


「……」


「その顔。図星やな。この状況は詰んでるのは分かったから……千里を連れていけ。その子、足に怪我をしているから治療して貰えると助かる」


──澪様何を言っているの?


「随分と聞き分けがいいな。いや、命が惜しくて当たり前か」


「あぁ、その通り。僕は命が惜しい。金で命は買われへんからな。生きていたら──なんでも出来る。それこそ奪われたものを奪い返すことも出来る」


「生意気な。足の腱でも切っておくか?」


澪様に向けられた鋭い言葉は刀身にも宿ったように、ぎらりと輝きを増す。


──凶刃を前にして本能よりも体が勝手に、刀の切先の前へと踊り出て大きく腕を広げた。


「やめて下さい。お願いします。どこでも着いて行きます。言うことを何でも聞きますから! お願い、もうやめてください……っ」


あぁ、言ってしまった。


はぁはぁと大きく呼吸する。

息を吸っているのに空気が足りない。頭も胸がチリチリして痛い。涙が出る。


けれども後悔はなく。私がこの人に着いて行って、澪様が無事ならそれでいいと思った。

別れはいつか来ると思っていたが、まさか今日だとは思わなかった。


後ろで「千里っ」と澪様が焦る気配がしたすぐに「動くなっ!」と銃を持った男性の声がして、場は静まった。


風がざわりと不気味に木々を揺らす。


その光景を見届けた桐生は抜き身の刀をゆっくりと降ろして、流麗な動作で鞘に刀身を納めた。


「着いて来て下さることに感謝致します」


人に刀を向けてその態度。慇懃無礼である。

それでも私には着いていくと言う選択肢しかない。

自分で言ってしまった。だから瞳に溜まったを素早く拭った。


桐生は私の顔を見たのち、私の足元も見た。


「確かに怪我をしていますね。下に車を用意しておりますので、そちらまでお身体を運びましょう」


すっと、しなやかな手を伸ばされて私はパシンッと振り払った。



「結構です。自分の意思で着いていくと言いました。車まで自分の足で歩きます。どうかお気になさらずに」


そこまで言ってくるりと、澪様へと振り返り。

その場に私も膝を着いて、土下座のように頭を下げた。


「藤井澪様に申し上げます。このようなことになってしまい、お詫びのしようもありません。今日までの出来事。全てが宝ものような日々でした。ですが、それも今日まで。今までのこと感謝しても感謝しきれません。お別れのときです。どうか、私のことは忘れて下さい……ありがとうござい、ました……」


本当はこんなこと言いたくなかった。

瞳に涙がまた溢れてしまいそうだったが、ぶつりと自分の唇を犬歯で刺して、痛みでなんとか堪えた。


そしてゆっくりと顔を上げると、澪様が私の顔を見て首を横に振り。

何か喋ろうとしたとき私が遮った。


「お願いです。何も言わないでくださいっ」


口の中に血の味が広がり、不味いと感じた。

笑顔も作れず。

気の利いた言葉も言えず。ごめんなさい。


立ち上がり。

ずっと手にしていた帽子と靴をその場に落とした。そのまま、前だけを見て歩く。


一瞬。澪様の横を通り過ぎたときに、美しい金髪にもう一度だけ触れておけば良かったと思った。


後ろ髪引かれるとはこのことだと思いながら、素足のまま。坂道を自分の意思で下るのだった。


※※※


少女が去り。その場に残されたのは三人。

金髪碧眼の藤井澪とその後ろに張り付いていた男。それらを鋭い眼差しで見ている漆黒の男、桐生黎夜。


桐生黎夜がパチンと指を鳴らせばその周りに潜んでいた者達が一斉にざざざと、雑木林を抜け出した。

銃を持ったあの男も桐生黎夜を見て頭を下げると

、他の者達同様に白いワンピースの少女を追いかけ。この場には藤井澪と桐生黎夜の二人になった。


それでも二人は動かなかったが、遠ざかる足音を聞き届けてから藤井澪がゆっくりと手を下ろして、漆黒の男に声を掛けた。


「もうええやろ……お前も早く行け。この場に留まられても不愉快極まりない。それとも刀で本当に僕を殺すつもりか」


「いや。すぐに千里様の後を追うさ。ここに居るのはお前への忠告の為だ。千里様は尊き血を引かれてる唯一無二の存在。本来お前達がおいそれと、声を掛けるのも憚れるような雲の上の人だ。商人風情が二度と近づくな」


鋭い視線と物言いに藤井澪は不敵に笑うだけ。


「この二ヶ月間。宗南寺の一件で千里様を見つけ。それからお前達の行動はずっと見張っていた。いつでもお前達、兄弟を襲撃する機会はあった」


「──で?」


「今日が絶好の機会。人気が少ない場所。千里様と人質の貴様。千里様を奪回するのには好気だった。しかし、今回の奪回は千里様に配慮した上での行動。次に何かあれば桐生家は容赦しない。商人の命、一人や二人、散らしたところで大したことはない」


「配慮か。笑わせる。二ヶ月も僕や千里を追いかけ回していたとか、気持ちの悪いヤツらやな。千里が嫌がるのもわかるわ」


その言葉に桐生黎夜は不快感を露わにすると、麗俐な容貌に凄みが増すが、藤井澪は動じない。ただ、翠緑の瞳で桐生黎夜を睨む。


「言いたいことはそれだけか。負け犬の遠吠えも飽きた。そろそろ俺は行く。そうそう、これは返しておく」


藤井澪が怪訝そうに顔を上げれば、桐生黎夜がばさりと懐から紙幣をばら撒いた。


「!」


それは雑木林に舞う木の葉のように、跪く藤井澪へと振りそそぐ。


「《《金は返した》》。商人らしくこれで引け」


桐生黎夜は地面に落ちていた刀袋を拾いあげて、素早くその場から立ち去った。


残るのは藤井澪と大量の紙幣、片方の靴、白い帽子。


風が吹き、地面に落ちている紙幣がはらりと藤井澪の前に止まった刹那。


「──!」


藤井澪は声にならない声を上げて、拳を勢いよく地面に落ちている紙幣に叩き込んだ。


ミシリと拳がきしむ音がしても、藤井澪はしばらくそのまま微動だにしなかったのだった。

男装大正浪漫〜堺の街に香る恋と茶香譚〜

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