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時刻は午後二時。
東京湾に面した都市・築浜の上空を、ヘリが旋回していた。
白い防衛隊のマークが入った機体の中で、フィアは地図を眺めていた。
「築浜第三区の廃ビルで喰魔の目撃情報。複数の市民が負傷。民間異能者も1名行方不明、か」
隣に座る少女エデンが、眠そうに欠伸をしていた。
「喰魔って……あの、人間の異能を喰うっていう魔物?」
「そうだ。今までに何度も被害が出てる。知能もあり、変異体は小型異能兵すら喰って自我を得てる可能性がある」
「そんなのに一人で挑むとか……その子、バカじゃないの?」
「……お前も同じことしてただろうが」
「わたしは何とかなるんだよ〜」
エデンは首をコキコキ鳴らしながら、ヘリの窓から遠くの海を眺めた。
彼女の視線の先には、崩れかけた工業地帯のビル群が並んでいた。
「それにしても、風景が灰色すぎない? 人の街って、こんなに死んでるものだっけ」
「築浜は十年前の異能災害で封鎖された。住民はほとんど避難済み。今は一部の流民が無許可で住み着いている」
「でも、その無許可の人たちを守るために行くんでしょ?」
「ああ。力のある者は、弱者を守らなければならない」
エデンはその言葉に、少しだけ表情を崩した。
「……やっぱり、あんた、正義感あるじゃん」
「勘違いするな。ただの任務だ」
築浜第三区。かつて工場だった建物が連なる灰色の区画。
爆発の跡と、朽ち果てた鉄骨が陽光の中に浮かぶ。
「……ここ、だよね?」
エデンは瓦礫を飛び越え、鋭くなった鉄の柱を避けながら進む。
「気配がする。魔物?、何と戦ってる?」
フィアが右手を炎で包むと、空気に焼けた金属の匂いが漂った。
そのとき――地下への階段から轟音が響いた。
「うがああああああ!!!」
現れたのは、全身を黒く膨れさせた異形の魔物。
喰魔…人の形を模倣しながら異能を喰らい進化する、知性ある化け物。
「来るよ!」
エデンが風を巻き起こし、フィアが前に出ようとしたその瞬間――
空中から、黒い影が落下した。
ドゴォン!!
鈍い音とともに、喰魔の顔が地面にめり込む。
着地した少女の足が、まるで大地を割るように地面を砕いていた。
黒いセーラー服。くしゃくしゃの髪。
その少女は、魔物を踏みつけたまま、無表情に言い放った。
「……さすがにちょっと硬かったな…」
エデンは目を見開いた。
「あれ、異能じゃない……力だけで……?」
喰魔が咆哮し、振り払おうとするが、遅い。
少女の手が振るわれた瞬間、喰魔の顎が砕け、巨体が数メートル吹き飛んだ。
「硬い肉体と爆発的な火力……か。これくらいじゃ足りないよ」
「……誰、あの子……?」
エデンがぽつりと呟いた。
答えは、彼女自身の口から語られた。
「桜ゆゆこ。十九歳。異能なし。でも、戦うことは好きかも?」
フィアが一歩前に出る。
「非異能者か? それで、どうやって喰魔に……」
「殴って、潰すだけだよ。簡単でしょ?」
返答と同時に、再び喰魔が突進してくる。
「うがあああああ!!」
ゆゆこは、ただ一歩、踏み出した。
地面が崩れ、風が割れる。
喰魔の身体が宙に浮き、彼女の右手が顎を突き上げる。
「喰魔って、こんなに柔らかかったっけ?」
そのまま、腕を振り抜くと、喰魔の首が、爆裂するように弾けた。
静寂
エデンもフィアも、ただ見つめていた。
「……あれ、本当に異能じゃないの?」
「身体が……限界突破してる。常識じゃ考えられない」
そんな彼らをよそに、ゆゆこは手を拭いながら振り返った。
「おーい、君たち、防衛隊? それとも……旅の人?」
エデンが一歩前に出て、笑った。
「うん、まぁ……半分旅人ってことで! でも、すごいね、あんた! 異能なしで、あれを倒すなんて!」
「うん。でも、これが普通だから。あたしは、昔から強かっただけ」
ゆゆこの瞳は、何も背負っていないようで、どこか寂しさを湛えていた。
「戦う理由って、ないの? それだけ強いのに」
「あるよ。自分で決めたことは、最後までやりきるってだけ」
その言葉に、エデンの心が微かに震えた。
「……ねぇ、ゆゆこ」
「ん?」
「わたしと一緒に来ない? 仲間が、必要なんだ。止めてくれる人が。もし私がやらかしたときに」
ゆゆこは、じっとエデンを見つめた。
「……ふふ。面白い子だね。やらかしたときに泊めてくれる仲間を集めるって」
「うん。でも、それしか思いつかなくて」
沈黙のあと、ゆゆこは少し笑った。
「いいよ。あたしでよければ、ついていく」
その瞬間、灰色だった築浜の風景が、わずかに色づいた気がした。
エデンの旅に、新たな力が加わった。
異能なき最強の少女、桜ゆゆこ。
風と炎と拳が揃い始め、物語は次なる戦場へ向かう。