結局あれから新しい情報は出てこなかったけど、犯人はこの学校の生徒や関係者なんじゃないかとボクは思う。宮瓦に好意を持っている人間が、自分の恋敵になりそうな人間を排除している……と考えられるけど、校外に犯人がいるという可能性も捨てられるわけじゃない。宮瓦のあのイケメンぶりなら、校外にファンがいたっておかしくないし、濱野浜さんに訊いてみたところ、親衛隊の中に野々乃木高校の生徒ではない人間も何人かいるようだった。ああやって揉めたわりに、ちゃんと質問には答えてくれる辺り、あんまり悪い人ではないんだと思う。
まだ初日だから何とも言えないけど、親衛隊と仙道さん達の軋轢の中に、何かヒントがあるような気がする。
と、言うような話を放課後ロザリーにして見たところ、ロザリーは小首を傾げてみせる。
「そうかしら?」
「もし学校内で、それも生徒が関わってるなら、少なからず関係はあるんじゃないかなって思ったんだけど」
「……少なくとも仙道さんには、何か行動を起こすような度胸があるようには感じませんでしたわ」
ロザリーはバッサリとそう言い切る。確かにその印象にはボクも頷けるんだけど、だからと言って関係ないと決めつけるにはまだ早い。
「どちらにしても、まだまだ調査しないとね。動き回ることで向こうが尻尾を出してくれれば良いんだけど」
地道に証拠集めをするよりも、向こうがさっさと尻尾を出してくれた方が話は早い。その時ボクが無事かどうかは保証されてないけど、いざという時は家綱が助けに来てくれることは信じられる。家綱任せっていうのもちょっとかっこ悪い気はするけど。
「とりあえず、ボクとロザリーがえ……ええ感じに宮瓦に近づいて、犯人をおびき出す感じで良いかな? そうしながら仙道や濱野浜に警戒しよう」
「そうね。そうしましょうか」
餌って言い方をするとロザリーが怒りそうだったので途中で軌道修正したけど、強引過ぎて変な感じになってしまった。
***
野々乃木高校に通うようになってから一週間、女子生徒の失踪事件は起こらなかった。仙道さんも、濱野浜さんも特に何もしないし、これまでに失踪した女子生徒達も一向に戻ってこない。調査の方もほとんど進展がなく、宮瓦と協力して調べても事件に関する有力な情報は得られなかった。忌野さんも色々と調べているみたいだけど、やっぱり進展はないようだった。
とりあえずボクは、犯人に狙われるための条件をそろえるために宮瓦に近づいている。そろそろ「転校生の和登は宮瓦のことが好きだ」なんて噂が流れ始めていてもおかしくはないくらいには、積極的に宮瓦と接触するようにしている。最近濱野浜さんがボクに冷たいのが何よりの証拠だ。というか最近親衛隊関係者には無視され始めててちょっと寂しかったりする。
宮瓦は話せば話す程、色んな人に好かれているのが納得出来てしまうような奴で、恋愛感情はないものの、宮瓦のことは自然とボクも好きになれた。何度か校外でも見かけたけど、これといっておかしな部分は見当たらなかった。イケメンで、性格が良いこと以外は至って普通の少年……それが宮瓦。非の打ちどころがなさ過ぎて、逆に違和感さえ感じる程だった。
そしてロザリーの方は……特に何もしていない。いやホントに。していると言えば、濱野浜さんとの関係をドンドン悪化させていることくらいだろう。あの二人、驚く程に馬が合わない。
放課後、もうほとんどの生徒が帰ってしまって教室にいるのはボクとロザリーだけである。何でこんな時間に、部活もないのに残っているのかと言うと……
「こんっなもの! 生きていく上で何の役にも立ちませんわーー!」
放り投げられる数学のノート。そう、ロザリーは数学がマジでちんぷんかんぷんだったのだ。おかげで今日提出の課題が全く終わっておらず、こうして居残りしてボクが手伝うはめになったんだけど、ロザリーに物を教えるのは猿に芸を教えるより大変な話だ。
「ほら、投げないでもうちょっと頑張ってよ、後二問なんだから」
面倒だからボクが代わりにやってしまったり、ボクの解答を見せてしまおうかとも思ったけど、それはそれで嫌だと言うんだから厄介だ。自分で解こうという気概があるわりに、すぐこうして投げてしまうのであんまり先に進まない。というか、解答だけなら全問正解なのだ。何故か答えに辿り着くまでの式が全くかけておらず、「途中式をきちんと記述すること」と指示されているせいで課題が完成しない。それでもロザリーが計算過程を理解しているのなら良いんだけど、何故かちんぷんかんぷんで、わけのわからない計算式を書き散らしているのだった。
「由乃! さっさと濱野浜を捕まえてくださいまし! いつまでわたくしがこのような数字遊びに付き合わなければなりませんの!?」
「そんな理由で調査急かさないでよ! ていうかまた勝手に犯人扱いしてるし……」
あれ以来、結局ロザリーは濱野浜を犯人扱いしたままだ。家綱は家綱で、帰宅後の報告会でも宮瓦だろって何度も言うし、こいつら本当に探偵か? と疑いたくなるレベルだ。いやまあ厳密に言うとロザリーは違うと思うけど。
「勘ですわ勘! わたくしの勘は外れませんの! 濱野浜が犯人なんですのー!」
机をバンバン叩きながら愚図り始めたロザリーを見て、もう限界だな、とため息を吐く。残りの二問はなんとか説得してボクが答えを書いてしまおう……。むしろ残り二問になるまで頑張ったことを褒めてあげた方が良いのかも知れない。
そうして再び課題と格闘すること数十分。どうにかロザリーが最後の一問を解き始めようとしたところで、教室のドアが開き、宮瓦が顔を出す。
「和登、ちょっと良いかな?」
宮瓦に手招きされ、ボクはロザリーに一言告げてから宮瓦の元へ向かう。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと話したいことがあってね。今良いかな?」
「課題に付き合ってただけだし、大丈夫だよ」
ボクがそう答えると、宮瓦は爽やかにお礼を言うと、ボクを教室の外へ連れ出した。
廊下には誰もいない。窓からさす夕日が少しだけ床を赤らめており、ちょっとだけ不気味な景観を作り出している。
「それで話って? ロザリーには聞かせたくない話?」
「ああいや、そういうわけじゃないんだ。課題の邪魔になるかなと思って」
どうやらボクだけ連れ出したのはロザリーへの気遣いだったらしい。確かにロザリーには最後の一問に集中して欲しかったし、事件に関わる話なら後でボクが家綱に話せば良いだけだ。
「大したことじゃないんだ。妹に送る誕生日プレゼントについて考えてたんだけど、良い案が浮かばなくって……」
ちょっと照れくさそうにそう言って、宮瓦ははにかんで見せる。てっきり事件について何かわかったんじゃないかと期待していたせいで肩透かしだ。
「……何でボクに?」
純粋に疑問に思ってそう問うと、宮瓦はまた気恥ずかしそうにはにかむ。
「いや、それがね……俺、和登が一番話しやすいなって思ってて」
「ボクが?」
問い返すと、宮瓦はコクリと頷く。
「この学校の女子って、何か俺と距離があると思うんだよね。その点和登はなんか、丁度良い距離感で話してくれる気がするっていうか……」
それはまあ、ほぼ親衛隊のせいな気がするけど……。
「あー……それは、そうだね……。なんでだろ……?」
「なんでだろうなぁ。もっと普通にしてくれれば良いんだけど、俺ってとっつきにくかったりする?」
「うーん、そうかな? ボクはそう思ったことないんだけどなぁ」
色んな意味でとっつきにくいにはとっつきにくいんだけど、適当にぼかしておく。
「でもボク、特に貰いたいものとか思いつかないし、プレゼントの参考にはならない気がするよ」
「プレゼント選ぶ時に相談に乗ってくれるだけでも良いんだよ、次の休み、空いてないかな?」
少しだけ申し訳そうに、宮瓦はそう言って首をすくめる。
……それってちょっとしたデートのお誘いなんじゃ……。
予定的には問題ないんだけど、こんなことが親衛隊にでも知られればどんな扱いを受けるかわかったものじゃない。宮瓦と買い物に行くこと自体は何の抵抗もないし楽しそうだけど、後でどんな目に遭うかを考えると気が乗らない。
でもこれはチャンスだと思う。既にボクと宮瓦の距離は縮まっているし、このまま急接近すれば、犯人を誘き寄せることが出来るかも知れない。学校外なら家綱に周囲を張ってもらえるし、好都合だ。
「いや、ボクで良ければ全然構わないよ」
「ほんとに!? 助かるよ!」
ボクの返答に、宮瓦は屈託のない笑顔を見せる。普段は優しくて頼りになる宮瓦だけど、こういう普通の高校生みたいな笑い方もするんだな、と思うと何だかいつもと違う宮瓦をボクだけが知ってしまったような錯覚に陥って心地が良い。宮瓦に恋愛感情はないけど、やっぱりこうして少しだけでも心を開いてくれるのは嬉しかった。
「あ、そういえば」
ふと思い出して、ボクは話を切り出す。そういえば宮瓦にはまだ、仙道については質問していなかった。
「ちょっと言いにくいことかも知れないんだけど、濱野浜さんと仙道さんって、前に何かあったの?」
その瞬間、宮瓦の肩が少しだけ跳ねる。そして数瞬気まずそうな表情を見せた後、観念したように口を開く。
「…………まあ、結構みんな知ってる話な気はするけど、なるべく人に言わないって約束してくれるか?」
「うん、言わないよ。もしかしたら事件と関係あるかなって思っただけだし、言いふらしたりはしないよ」
「和登は口が硬そうだし、大丈夫かな……」
そう言って、宮瓦は仙道と濱野浜について話し始める。
どうも、仙道は数ヶ月前に宮瓦に告白したらしいのだ。しかもその時、現場に濱野浜が居合わせた(人気のない場所で告白したらしいし監視してたっぽい)らしく、親衛隊の規約違反だなんだと仙道に文句を言い始め、宮瓦が仙道に返事をする暇もないまま濱野浜と仙道の喧嘩が始まったというのだ。
「で、それ以来仙道とその擁護派と、親衛隊の間でしばらく揉めてね……。一応あの時は俺が仲裁に入って、最終的に先生まで巻き込んで何とか表面上は解決したんだけど……」
「今も深い溝が残ってるってわけだね」
確かにこれは宮瓦の口からはあんまり言いたくないだろうし、言いふらされるのも良い気分ではないだろう。事件と関係あるかどうかはまだ判断出来ないけど、無理に聞き出す形になってしまったことを少し申し訳なく思う。
「なんか、ごめんね。あんまり言いたくなかったでしょ?」
「うん、まあ……。でも、和登は中立で聞いてくれるから話しやすかったよ」
「そう? 気持ち的には宮瓦くんに同情してたから、中立って気はしなかったけど」
宮瓦は、夕日の陰で顔を隠すようにしてはにかんで見せる。その口元が、普段より歪に釣り上げられていることに気づいた時には、ボクの腹部に衝撃が走っていた。
「うっ……!?」
突然のことに対処出来ず、ボクはそのまま膝から崩れ落ちる。霞む視界の向こうで、宮瓦が不気味な笑みを浮かべていた。
***
課題の最後の一問をどうにか自力でやり遂げ、ロザリーはふと違和感に気づく。先程まで聞こえていた由乃と宮瓦の会話が、廊下から一切聞こえてこなくなっているのだ。由乃がロザリーを置いてそのままどこかへ行ってしまうようなことは絶対にあり得ない(少なくともロザリーはそう考えている)し、宮瓦とどこかへ行くにしても黙って行くとは思えない。
不審に思ったロザリーが席を立つと、不意にぞろぞろと教室の中に六人の女子生徒が入って来る。異様なことに、彼女達は全員が白い仮面をつけており、顔で個人が特定出来ない。
ロザリーはしばらく仮面の女子生徒達を見つめた後、やがて不敵に笑みをこぼした。
「あらまあ、これはこれは……ごきげんよう、宮瓦親衛隊の皆様。今日は夕日が綺麗ですわね」
特に焦る様子もなく、スカートの裾を軽くつまみあげて優雅に一礼するロザリーに、女子生徒達は各々戸惑いの仕草を見せる。
「わたくしに何か用事があるのでしたら、先に由乃を通してくださいな」
言いつつ、ロザリーはその場の全員がロザリーに敵意を向けているのを何となく察する。ロザリーの“宮瓦親衛隊の皆様”という言葉に対して向こうは何の返答もしていないが、その沈黙をロザリーは肯定ととらえた。
「……さて、どいていただけないかしら? わたくし、終わった課題を提出しに行かなければなりませんの」
そう言ってロザリーが一歩踏み出した瞬間、女子生徒達の内二人が隠し持っていたらしいスタンガンを取り出す。二人はスタンガンのスイッチを入れ、目に見える形で電流を迸らせるとロザリーを威嚇する。彼女達からすれば、それで十分ロザリーが怯えると思ったのだろう。しかしロザリーは、悠然とした態度を一切崩さなかった。
「……おどきなさい。わたくしの言葉が聞こえませんでしたの?」
ロザリーの言葉に、少しだけ怒気が込められる。二人はそのわけのわからない余裕に困惑しながらも、ついにスタンガンを構えてロザリーの方へ駆け出した。
入り口からロザリーまで、机や椅子のせいで一直線というわけにはいかない。二人が手間取っている内に逃げ出すことも出来たハズだったが、ロザリーはその場から動かない。
そして接近した二人がスタンガンを突き出し、ロザリーの鼻先までスタンガンが到達したところで――――
「――――っ!?」
ロザリーは二つのスタンガンをこともなげにかわして見せる。
そのまま二回、三回、二人の繰り出すスタンガンを全てすんでのところで回避し、スタンガンを当てることに夢中になっている二人へ順番に足払いをかける。
「ごめんあそばせ」
順番に転倒する二人を見下ろして、ロザリーは澄ました表情で笑って見せた。
「何で……っ!?」
「あら、簡単なことですわ」
ふふん、と鼻を鳴らしてロザリーはロールした金髪をかきあげて見せる。
「勘、ですわ。わたくしの勘は――外れませんの」
家綱、葛葉、アントン、三人に個々の能力があるように、ロザリーにも固有の能力が存在する。彼女の場合はその“直感”だ。道理や道筋を無視して、彼女は勘だけで正解を叩き出す。だからこそ、解を出すまでの途中式を要求される“課題の数学”を彼女は攻略出来ないのだ。
「……もう一度だけ言いますわ。おどきなさい」
女子生徒達を鋭く睨みつけつつ、ロザリーはポケットから携帯型の端末――クロスチェンジャーを取り出して見せた。
***
目を覚ますと、最初に視界に入ったのは見知らぬ天井だった。
「ここは……っ!?」
どうやら両手両足をきつく縛られているようで、自由に動かすことが出来ない。妙に固く縛られており、ロープらしきものが手首足首に食い込んで痛む。
手足以外は縛られていないようなので、何とか首を動かして辺りを見回す。どうやらベッドの上に寝かされているようだ。
部屋の内装は簡素なもので、ベッドとデスク、他にはあまり本の入っていない本棚があるばかりだ。棚の上にある重そうな置き時計の針は、もう午後六時をさしている。
ボクが目を覚ましてから程なくして、部屋のドアが開き、中へ一人の男――というよりは少年が入ってくる。彼は目を覚ましたボクを見て、“いつもの爽やかな笑み”を見せた。
「お、目が覚めたんだな」
「お前……っ」
「おはよう、和登。とは言っても、もう夕方過ぎだけどね」
異常なのは状況だけで、彼は……宮瓦幸助の様子は普段と何も変わらなかった。
「どういうつもりだよ! もしかしてこれ、宮瓦君がやったの!?」
問いながらも、ボク自身段々思い出し始める。放課後、ロザリーの課題に付き合って学校に残っていて、宮瓦に呼び出されて話をして……そうだ、その時ボクは宮瓦に殴られて……
あまり考えたくはなかったけど、もしこれが事件の真相だとしたら……!
「うん、そろそろボーイッシュな子が欲しかったんだよね」
そう言いながら、宮瓦は部屋の押入れを開く。その中を見た瞬間、ボクは思わず息を呑んだ。
押し入れの中にいたのは、三人の女の子だった。下の段に一人、上の段に二人。三人共眠っているのか、目を閉じたままピクリとも動かない。そして下の段にいる女の子は、よく見ると百瀬さん――忌野さんが捜していた、行方不明になった友人だった。
何故か三人共着飾られており、上の段の二人は和服とチャイナドレス、下の百瀬さんはメイド服を着せられている。よく見るとうっすらと化粧までされており、髪もきちんと整えられていた。
「そろそろディスプレイも考えないといけないな。いつまでも押入れってわけにもいかないし……どうだろう、和登はどう飾られたい?」
宮瓦に近づいた結果、見事に犯人は釣れた……いや、釣られたのは――ボクだ。
「……お前が犯人だったのか……!」
「まあね」
宮瓦はまるで何でもないことかのようにそう答え、ボクの方へ歩み寄って来る。
「ボクが事件について調べてるってわかった上で、わざわざ近づいたのか!」
「うん、まあ。どうせ気づかないだろうなって」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、宮瓦は煽るようにしてボクの顔を覗き込む。
「そうやってずっと、ボクや周りの人達を馬鹿にしてたのか……!」
「そういうつもりではなかったんだけどね。馬鹿だなぁとは思ってたけど」
正直ボクは、宮瓦のことを本気で信じていた。犯人は大方親衛隊やその関係者だと思い込んでいて、宮瓦本人が犯人である可能性をすっかり見落としてしまっていた。そのことも悔しかったし、何より宮瓦に裏切られたことが悲しい。
「どうしてこんなことを……! こんなことしなくたって、宮瓦君なら好きな人と好きなように付き合えるだろ!」
ボクがそう言った瞬間、今まで悠然としていた宮瓦がピクリと表情を変える。
「お前、本気でそう思ってる?」
「え……?」
「そもそも論点が違うんだよな。俺は別に誰かと付き合いたいとか、そういうのは全然ないよ」
「じゃあ何で……!」
「『何で』って言葉が出る時点でもう認識が違うんだよ、俺達。俺は本当、生身の人間を人形みたいに扱いたかっただけなんだ。お前だって綺麗な人形が欲しいと思う時、あったんじゃないのか? なかったらごめんな」
サイコパス。そんな言葉が真っ先にボクの頭の中に浮かび上がる。宮瓦幸助に明確な目的や動機はなく、ただそうしたいからそうしていただけ。悪びれた様子を一切見せないことにも説明がつく。
「なあ、それより和登はどんな衣装が着てみたい? リクエストしてくれよ、なければ俺が勝手に選ぶけど」
元々ボクのリクエストなんてそこまで求めていなかったのか、宮瓦はボクの返答を待たずに考え込み始める。そしてデスクの方へ向かい、本棚から一冊の本を取り出してパラパラとめくり始めた。表紙を見た感じ、コスプレ衣装のカタログか何かのようだ。
宮瓦を横目に警戒しながら、ボクは押入れで眠っている女の子達に目を向ける。最初はただ眠っているだけかと思ったけど、よく見てみると寝息すら立てていない。死んでいるようにも見えないけど、これでは本当にただの人形だ。
もしこれが超能力によるものだとしたら、宮瓦は超能力者ということになる。ただでさえ縛られているのに、相手が超能力者となるといよいよ手の打ちようがない。もうボクには、家綱が気づいて助けに来てくれるのを待つしかなかった。
いや、ダメだ、考えろ。打開する方法はなくても、時間を稼ぐことくらいは出来るハズだ。せめて家綱がボクを見つけ出すまでの時間稼ぎくらいはしなければならない。宮瓦の能力で人形にされた後、元に戻れる保証だってないんだ。
そう考えるとゾッと怖気がする。もう二度と動けない、喋れない、宮瓦の着せ替え人形にされることを考えると恐ろしくて仕方がない。
「……宮瓦は、超能力者なの?」
恐る恐るボクがそう問うと、宮瓦は本を閉じて首を左右に振った。
「違うよ、俺じゃない」
「えっ……?」
戸惑うボクを見てクスリと笑った後、宮瓦は入り口のドアへ顔を向ける。
「入っていいよ」
宮瓦がドアの向こうへそう声をかけると、すぐにドアが開いて中に一人の少女が入ってきた。
中に入ってきたのは、濱野浜瑞希だった。何故かいつもの制服姿ではなく、メイド服を身につけている。いつもの勝気な態度からは想像も出来ない程、彼女の態度はしおらしく、そのせいか普段の姿よりもこちらの方が自然にさえ見えるくらいだった。
「濱野浜さん……っ!」
「生憎俺に人形作りの才能はないからね。全部瑞希に任せてる。なぁ?」
宮瓦の言葉に、濱野浜はコクリと頷く。
「じゃあ、超能力で女の子を人形にしていたのは……!」
濱野浜に視線を向けても、彼女は何も答えない。宮瓦の指示を待っているかのように、ただ黙ったままその場で待機している。
「そゆこと。本当、助かってるよ」
濱野浜は共犯者で、宮瓦がさらってきた女子生徒を超能力で人形にしていたのだ。このことがわかっていたとは思えないけど、家綱もロザリーも、偶然最初から犯人を言い当てていたということになる。
「何でそんなことに協力を……っ!」
「聞くまでもないだろそんなこと。瑞希、お前俺のこと好きだもんなぁ?」
宮瓦がそう問うと、濱野浜さんははい、とだけ答えて頷く。
「好きだからって……でも、こんなの……!」
宮瓦が人形にして愛でているのは、あくまで「別の女」だ。どれだけ協力したって、濱野浜さんに好意が向けられているわけじゃない。そういう関係じゃないことくらい、今のやり取りを見ただけでもわかる。濱野浜が一体どんな心境で宮瓦に協力しているのか……ボクには想像も出来ない。きっとボクなら、同じことは出来ない。
「宮瓦君の傍には……私しか、いないから」
「そうだね、人間はお前だけだ」
人間は。その部分を強調して、宮瓦はそう言う。その言葉に、濱野浜さんはボクの予想とは裏腹に、嬉しそうに頬を赤らめて微笑んでいる。
そんなやり取りに、ボクはゾクリとした。形容し難い歪みが、この二人の関係の中にある。
「よし、真相がわかって満足しただろ? そろそろ良いよね」
「クソっ……!」
時間切れだ。もうこれ以上時間は稼げない。
濱野浜は小さく頷き、ボクの方へと歩み寄って来る。でも彼女の様子は、宮瓦とは少し違う。何だか寂しそうな、申し訳なさそうな、色んな感情がないまぜになった表情でボクを見ている。
「……それで、良いの……?」
「え……?」
「濱野浜さんは、それで良いの?」
多分濱野浜さんは、こんなことを望んでいない。あくまで宮瓦の傍にいるためにやっているだけで、超能力を使ってこんなことがしたいだなんて、きっと思っていない。
「私は……傍にいられれば、それで良いから……」
「……ボクだったら、嫌だよ」
傍にいられればそれで良いなんて、そんなのは諦めているだけだ。目的のために使われるだけの、そんな道具みたいな扱われ方なんて絶対に嫌だ。傍にいるなら見て欲しい、触れて欲しい、人として。
「そんな道具みたいに使われるなんて、ボクだったら嫌だ! そんなの、人形以下だよ……!」
「人形以下でも良いの。こうして道具になっていれば、宮瓦君は使ってくれるから」
「ほんとにそれで満足してるなら、もっと楽しそうにやれよ! 何でそんな寂しそうな顔するんだよ!」
濱野浜の表情が、ピクリと動く。
「納得出来ないんでしょ!? そんなことしたくないんでしょ!? ちゃんと宮瓦と話しなよ! おかしいって思うなら、ちゃんと言わないと伝わんないよ!」
「……うるさいな、だから嫌なんだよ喋る奴。ほら瑞希、はやくやってよ」
心底鬱陶しそうに宮瓦が言うと、濱野浜は一瞬だけ逡巡するような表情を見せる。だけど、すぐにどこか躊躇ったような顔のまま、ボクの方へ手を伸ばす。
「濱野浜さん!」
ボクの声に、濱野浜が一瞬だけ手を止めた――その時だった。
「そこまでですわ」
静かに、部屋のドアが開け放たれる。現れたのはなんと、あのロザリーだった。
「う、嘘……! ロザリー……?」
「……どうしてここが?」
やや苛立った様子で宮瓦が問うと、ロザリーは得意げに自身の金髪縦ロールをかき上げる。
「それは勿論――――勘、ですわ。わたくしの勘は外れませんの……絶対に」
よく見ると、ロザリーは少しだけ息が荒い。学校からここまでどのくらいの距離があったのかわからないけど、かなり必死でここまで来てくれたのだろう。
そんなロザリーを見て、思わず涙腺が緩みそうになる。助けが来たことへの安心感もあったし、何よりあのロザリーがここまでしてくれたことが純粋に嬉しかった。
「さて、ここから先はわたくしの仕事ではありませんわね。あとはお願いしますわよ。探偵さん」
そう言ってロザリーが取り出したクロスチェンジャーを操作すると、どろりと彼女の身体が溶けて変化を始める。
「――――!?」
流石にこれには宮瓦も濱野浜も驚いたらしく、目を丸くしてその変化を見つめてしまっている。
そして数秒後、そこにいたのは、家綱――ロザリーではなく、七重探偵事務所の探偵、七重家綱だった。
「悪いがそいつはうちの助手でね。返してもらうぜ、宮瓦幸助」
一気に、身体から力が抜けた。思わずまた泣きそうになったのを何とかこらえ、ボクは家綱に顔を向けた。
「家綱……!」
「もうちょい辛抱してろ。すぐ助けてやる」
ボクをチラリと見てそう言ってから、家綱は驚愕している宮瓦を強く睨みつける。
「さて……最初に写真見た時から殴りてェと思ってたんだ、殴らせろ、宮瓦!」
メチャクチャなことを言っているけど、アレはただの挑発だ。家綱は宮瓦の出方を待っているのか、自分から殴るつもりはまだないらしい。そんな家綱の傍に、そっと濱野浜が忍び寄る。
「殴られるのはお前だよ、やれ瑞希」
家綱を鼻で笑い、宮瓦は濱野浜に顎で指示を出す。既にすぐ傍まで接近していた濱野浜が、家綱の身体に触れた。
しかし次の瞬間、濱野浜は自分の両手を見つめて困惑する。ボクにはわからなかったけど、恐らくもう家綱に能力を使おうとしたのだろう。
宮瓦の方も不可解そうに眉を歪めている。
「おい、何かしたのか? わりーな……効かなくってよ」
そう、家綱には超能力が効かない。自分に直接作用する超能力は、一切家綱には通用しないのだ。
「観念しろ、このサイコ野郎」
武器を持っているわけでもないし、超能力は効かない。これ以上様子を見る必要はないと判断したのか、家綱は宮瓦をとらえようと身を乗り出す。しかしそんな家綱に、濱野浜がしがみついた。
「おい、放せ! あんま邪魔すっと流石にお前も宮瓦もマジで殴ンなきゃいけなくなるだろーが!」
殴りたいとは言ったものの、最初から家綱には二人に乱暴をするつもりはなかったのだろう。なるべく突き飛ばさないように濱野浜を押しのけようとする家綱だったけど、必死にすがりついてくるせい中々引き剥がせない。
「ああクソ! ガキを突き飛ばすなんざ胸糞悪い! どけって!」
苦虫を噛み潰したような顔で、家綱は強引に濱野浜を突き飛ばす。背中から壁に激突し、濱野浜は苦悶の表情を浮かべたが、それでも呻き声一つ上げず、立ち上がって家綱へしがみつこうとする。
家綱と濱野浜がそんな攻防を繰り返す中、宮瓦は何とか逃げ出そうと様子を伺っていた。それに気づいた瞬間、ボクの頭へ一気に血が上る。
「……お前! 濱野浜さんを置いて逃げるつもりか!」
「いや、普通そうだろ。瑞希はそのためにああやってしがみついてくれてるんじゃないか」
あっけらかんとした様子で言い放つ宮瓦の目に、濱野浜の姿なんて映っていない。何度も引き剥がそうとする家綱に、死に物狂いでしがみつく濱野浜さんがあまりにも痛ましい。
「いい加減やめろ! あんな奴のために、アンタがそこまでするこたねえだろうが! ただでさえ前科持ちになっちまってるんだぞ!」
「関係ない! 私だけだから! 宮瓦君には私だけで、私がいないといけないから!」
「何言ってンだよ……クソ!」
濱野浜さんはあまりにも頑なで、多分どれだけ説得しようとしたって無駄なのかも知れない。だけど、今のやり取りに一番反応を示したのはどういうわけか宮瓦だった。
ギロリと、宮瓦は突然濱野浜を睨みつけ始める。それに気づいても、濱野浜は家綱にしがみつくのをやめなかった。
「何だよそれ……! お前、俺のことそんな風に思ってたのかよ!」
宮瓦の言葉に、濱野浜は答えない。そのまま宮瓦は、彼女の返答を待たずにまくし立てる。
「俺にはお前だけ? いないといけない? 何調子に乗ってンだよ!」
「だって……私がっ……いないと……! 宮瓦君……一人になっちゃうから……!」
「何……?」
「私、一緒にいるわ……! 私が……私が宮瓦君のこと……一人にしないから!」
まるで後ろから冷水でもかけられたみたいに、宮瓦は目を見開いてその場で硬直する。自分がそんな風に思われているだなんて、考えたこともなかったのだろう。いや、そもそも、宮瓦は濱野浜がどんな気持ちでいるかなんて、一度も考えたことがないのかも知れない。
「……あれ?」
そんな中ふと、ボクは異変に気がつく。押入れの下の段にいたハズの百瀬さんが、いつの間にか姿を消しているのだ。慌ててその姿を探すと彼女は……
「宮瓦ぁぁぁぁぁ!」
宮瓦の背後で、置き時計を振り上げていた。
「なッ……!?」
突然のことに、その場にいた全員が驚愕に表情を歪める。
「宮瓦君っ!」
濱野浜さんが叫んだ時にはもう遅い。家綱も、濱野浜さんがしがみついているせいで間に合わない。
百瀬さんの振り下ろした置き時計が、宮瓦の後頭部で鈍い音を響かせる。
縛られているボクは、ただ見ていることしか出来なかった。
***
結局事件は、首謀者である宮瓦が昏睡状態に陥るという形で幕を下ろした。
あの時百瀬さんの振り下ろした置き時計は当たりどころが悪かったのか、あれから一週間以上経つ今でも、宮瓦が回復したという話は聞けない。
百瀬さんのあの行動は、情状酌量の余地がなくはないものの、正当防衛というよりは激情に任せた暴行だ。濱野浜や宮瓦程重くはないものの、百瀬さんも罪に問われることになった。
濱野浜さんは、今も取り調べを受けている。彼女の能力は危険だと判断されており、近々特別な措置が取られるのではないかと噂されている。
「結局ボクは、何も出来なかったな……」
いつもの事務所でそう呟き、ボクは深くため息を吐く。囮としての仕事は果たしたと思うけど、目の前で起こる悲劇を、ただ見ていることしか出来なかったのが悔しい。なんとも言えないやるせなさを残したまま、事件だけが終わってしまった。
「……お前が気に病むことじゃねーよ。むしろ頑張り過ぎたくらいだろうが」
そう言った家綱も、どこか釈然としない表情を浮かべている。
「ロザリーが気づいたから良かったものの……悪かったな、危ねえ目に遭わせて」
「……それこそ家綱が気に病むことじゃないよ。ボクが迂闊だった」
何も出来なかった気がするのが、何だか無性に悔しい。もっとうまくやれていれば、少なくともあんなことにはならずにすんだのかも知れない。
ボクには最後まで、二人の気持ちは理解出来なかった。道具でも良いから傍にいたい濱野浜さんも、宮瓦の狂気も。
人と人との関わりから生まれた歪みが、大きな悲劇を生んでしまった。もしかすると最初から、ボクには何も出来なかったのかも知れない。
歪んだ愛が生んだ悲しい事件。この事件の結末は、あまりにもやるせなかった。
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