テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
人気のない路地裏。夕暮れの影が濃く落ちる中、望月愛梨は足を止めた。 胸の奥でざわめく不安を押し殺すように、小さくつぶやく。
「……パララ。ここで変身するよ」
「わかったパラー!」
肩にしがみついていた小さなマスコットが元気よく返す。
次の瞬間、光がはじけ、愛梨の身体は魔力に包まれた。ピンク色の髪がふわりと舞い、手にはマイクのようなステッキ。 鏡に映す余裕もないまま、アイリーンとしての姿でKandi Miraの自動ドアをくぐった。
店内はざわついていた。スタッフやモデルが慌ただしく動き回り、ライトの下ではカメラマンが角度を調整している。
「マジカル・アイリーンさん! 本当にありがとうございます!」
駆け寄ってきた店長・瀬名が、深々と頭を下げた。
だが、撮影はすぐに難航した。 カチンコの音とともにスタートするたび、愛梨の口からはぎこちないセリフがこぼれる。 緊張で声が裏返り、歩けばドレスの裾を踏んで転び、リップははみ出してしまう。
「す、すみません……!」
顔を真っ赤にしながら謝る愛梨に、瀬名は優しく首を振った。
「いえ、大丈夫です。一旦、休憩にしましょう」
控室。ペットボトルの水を飲みながら、愛梨は自分の手を見つめる。 小さな震えが止まらない。そんな彼女に、パララが小声で励ます。
「大丈夫パラ。アイリーンなら絶対できるパラ」
その言葉に、ほんの少しだけ呼吸が落ち着いた――その時。
外では瀬名が電話をしていた。開店直前の緊張で眉を寄せ、言葉を選んでいた彼の前に、不意に影が差す。
「おっ、キラキラ輝いてますねー!」
軽やかな声が響いた。振り返ると、そこに立っていたのは金髪の女、ミミカ。
次の瞬間、彼女がひらりと手をかざすと、黒い霧が渦を巻き、そこから不気味な怪物が姿を現した。
「ウツウゥゥ!!!」
怪物の絶叫と同時に、周囲は重苦しい靄に覆われる。瀬名の目が虚ろに揺れ、力なくその場に崩れ落ちた。
「瀬名さんが……!」
異変に気づいた愛梨は飛び出し、パララを抱きかかえながら叫んだ。
「パララ、行こう!」
逃げ惑う人々。混乱の只中に立ち塞がる鬱モングーは、赤黒い光をためこみ、目をぎらつかせる。
「キラキラ……ジャマァァ!」
放たれたビームが通りを焼き裂く。
「マジカル・ルビー・バリア!」
咄嗟にバリアを張るも、光は容赦なく砕き、アイリーンは地面に叩きつけられた。
息が詰まる。手足は震え、視界が霞む。
それでも、胸に浮かんだのは瀬名の笑顔だった。
「瀬名さんの夢は、壊させない!」
ボロボロの体で立ち上がり、胸元のブローチを叩く。 カラン――。タンバリンのような軽やかな音色が夜気に響いた。
ステッキを構え、震える声で歌い出す。最初はかすれていた歌声が、やがて街を包むほどの力を帯びていく。
「マジカル・ドリームミラクル!」
光が迸り、怪物を包み込む。さらに続け、ステージを開く
――空を引き裂く
—fit it’s like a shining thunder
激しく鋭く全身を迸る
you’ll give me you’ll give me more
never stop
FEEK SHOCK
感情と森羅万象の共鳴
君が解き放つ your love
全てを侵す偉大なワード
♪
「――マジカル・アイリーン・ミラージュ!」
ステッキのキーが怪物を貫いた。黒い靄ははじけ飛び、絶望ごと浄化されていく。
残されたのは、きらめく青いサファイアのキー。愛梨が拾い上げたその瞬間、ミミカが顔を歪めた。
「えっ、新曲!? 聞いてないんですけどぉ!!」
駄々をこねるように足を踏み鳴らし、悔しげに叫ぶ。
「つ、次こそは勝ちますからねぇ~! 覚悟しててください!」
そのまま闇に消えていった。
静けさが戻る中、気を失っていた瀬名が目を覚ました。 差し出された手を取ると、そこにはまだ震えながらも微笑むアイリーンの姿があった。
「……大丈夫ですか?」
「はい……!」
声はまだかすれていたが、瀬名の瞳には強い安堵が宿っていた。
二日後。
街の大型ビジョンに、Kandi MiraのオープンCMが映し出された。 映るのはぎこちなくも一生懸命に笑おうとする少女――マジカル・アイリーン。
『*唇から、自分のマジカルが始まる。 キラキラな自分へ、好きな自分へ――Kandi Mira、オープン*』
パララを抱きしめるアイリーンの姿は、何よりも眩しかった。
「みんな見てるパラ~!」
「す、少し恥ずかしいな……」
それでも、街を歩く人々の笑顔を目にしたとき。 愛梨の胸の奥に、小さな自信の芽が確かに息づいていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!