晩飯を食い終え、部屋に戻った僕はいつも通りベッドの上に座り込み、渡された紙を眺めながらあの炎の女帝なる女の子のことを調べていた。
「へぇ……なるほどね」
全知全能が言うには、敵に追われていたところに丁度僕の落とした雷炎の鞭があり、それのお陰で助かったらしい。
「そんなことある……?」
僕は思わず呟いたが、答える者は居ない。しかし、やっぱり彼女は……茜は魔術士だったらしい。そんなのに目を付けられるとは僕も不運だが、その不運こそが彼女を救った幸運であると考えると溜息を吐くことも出来なかった。
でも、魔術士と会ったせいか興味が出てきた。この世界を生きる魔術士はどう生きているのか、会うことは無いが、ここから覗き見るくらいはしてみようかな。
ていうか、そうだ。その前に、何で僕だって気付かれたのか調べないといけない。場合によっては、他の魔術士にも僕が魔術士だってバレる可能性がある。
――――エーテル体を活性化する呼吸の際に整った魔力の流れに注目され、そこから魔力が|炎雷鞭《プラズマウィップ》と同一のものであると気付かれました。
そ、そのパターンか……! ていうか、今更だけどあの鞭消えて無かったんかよ! 改良したとはいえただの魔術の癖に生意気な……!
「……まぁ、良いや」
過ぎたことはしょうがない。それよりも、僕が魔術士だって気付かれる要素はあるかな?
――――呼吸による魔力の流れの変化を見て気付かれる可能性はあります。また、人前での魔力操作も危険です。
マジか。魔術使ってなきゃセーフかと思ってたけど、そんなんでバレるんだ。これは気を付けないとダメだね。今回は友好的な感じだったから良かったけど、そうじゃない相手に見つかってた可能性もあった。
「んじゃ、外で魔力弄るのは止めた方が良いかな?」
一応僕が尋ねてみると、全知全能は答えた。
――――呼吸に関してはそれ自体で気付かれる危険性がありますが、魔力操作に関しては隠蔽するやり方があります。そのやり方で魔力量そのものを偽装することも可能です。
へぇ、良いね。魔力量に関しては関係無いけど。いや、使ってたら増えるみたいな話らしいからいずれは関係あるのかな?
ていうか、皆いっつも魔力とか見てるものなの? 僕は見ようと思わないと見えないんだけど。
――――所謂魔術士であれば、魔力が動けば自然とそれに気付く者も多いです。また、大きな魔力にも、つまり魔力量の多い人間を見れば気付く者も多いです。
普段は見えてないらしいけど、なんかいきなり魔力が動いてる大きな魔力があったりすると気付くらしい。そもそも、エネルギー体の解放を済ませた人なら常に見えては居なくても、感覚的には魔力を認識してるんだって。自覚は無くとも。
さて、疑問は解決したしどっかの魔術士でも覗き見してみようかな……と、そこで僕の部屋の扉が叩かれる音がした。
「ん、なに?」
僕がベッドに座ったまま大声で尋ねると、返ってきたのは妹の声だった。
「ちょっと、話聞かせて」
僕は手に持っていた紙を置き、ベッドから降りて扉を開いた。
「話って?」
「決まってるじゃん。炎の女帝……っていうか、茜さんのことだよ」
「えぇ、別に殆ど話したよ?」
「それでも、全部話してる訳じゃないでしょ?」
勿論、全部話せる訳なんて無い。
「まぁ、そうだけどさ」
「じゃ、聞かせてよ」
僕は溜息を吐き、扉の前から退いた。すると、妹がベッドの上にどんと座り込んだので、僕は仕方なく椅子に座った。そこ、さっきまで僕の席だったんだけど。
「聞かせてって言われても、何を話したら良いか分かんないけど」
「最初から! じっくり最初から最後まで聞かせてくれたら良いから!」
面倒臭いなぁ、また溜息を吐きそうになった僕だったが、ここで断って帰らせるのも可哀想だったので話してあげることにした。
「……友達とカラオケに行ったんだけど、途中で不良に絡まれてる女の子を見つけたんだよ。で、僕の友達は正義感も勇気も強いもんで、不良と女の子の間に入って止めたんだよ。友達は目つきが鋭いからその場はビビって退いてくれたんだけど、カラオケから出て来たとこの道を待ち伏せされてて、しかも今度は仲間も呼んでたみたいで結構な人数が居たんだよね。十数人は居たかな?」
「え、大丈夫だったの?」
僕は見ての通りね、と両手を広げて見せて話を続けた。
「それで、慌てて逃げ出した僕らだったんだけど、僕の体力が限界を迎えて追いつかれそうになっちゃったんだよね。それで、もうやるしかない! ってなったところに赤髪の女の子……茜さんが塀を飛び越えて助けに来てくれたんだよ」
「かっこいい……!」
「茜さんが不良達に一喝して、そしたら不良達もビビってた。そのまま茜さんは不良達のところに向かって行こうとしてたんだけど、友達がそれを止めて、色々話してる間に不良達は尻尾を巻いて逃げ出してて、次は気を付けろよって感じで別れて終わり」
「凄い……! 私も会いたかったな~!」
ヒーローショーでも見ているような妹の反応に僕は苦笑し、椅子から立ち上がった。
「ほら、話は終わりだよ」
「えぇ、早いよぉ……あれ、これって何?」
妹はベッドの上から小さな紙を……茜から貰った事務所の場所を示す紙を拾い上げた。
「ん……何でも無いよ。何か、登校する時に変な人から貰った紙」
「御岳相談事務所……?」
僕は飽くまでも動揺した様子を見せずに、扉を開けて退出を促した。
「ほら、そんなの捨てて早く行きなよ」
「はいはい、じゃあね」
妹は紙をしげしげと見つめた後、興味を失ったように手放してベッドから降りた。それから軽く手を上げて、部屋の外へと歩いて行く。
「お休み。ありがと」
捨て台詞の如く短く告げると、妹は扉を閉めて去って行った。素直に感謝の言葉が出るなんて珍しい。そう思いつつ、僕はギリギリ閉まり切っていなかった扉を閉めた。
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