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砂と雨が混じり合い、路地全体が一つの生き物のように蠢いていた。流砂のチーターは両手を広げ、足元の砂を踏み鳴らす。
「いやあ最高だなこの天気!水も砂も使い放題ってわけだ!」
声は妙に明るく、戦闘前の緊張感をあざ笑うようだった。屋根の上では水弾のチーターが濡れた縁に腰を下ろし、指先から水を滴らせながら笑う。
「ほんとほんと。こんな日に外歩いてるなんて、あんたら相当だよ?」
次の瞬間、その指が弾かれる。水が一直線に撃ち出され、空気を裂く音が遅れて響く。アマリリスは反射的に銃を構え、発砲。弾丸が水弾と交錯し、互いに軌道を僅かに逸らす。水は壁を穿ち、速度を失って崩れ落ちる。
「へえ、当ててくるじゃん!」
水弾のチーターは楽しそうに声を上げる。スロスは地面を蹴り、流砂の中心から外へ跳ぶ。しかし着地した瞬間、足元が沈む。砂が絡みつき、足首を掴むように動く。
「ストップ!そこ動くと沈むぞ!」
流砂のチーターが笑いながら指を鳴らす。その内に水弾のチーターは水をスロスに向けて発射する。スロスの肉体を水が貫くが、スロスはすぐさま再生。その動きに、二人のチーターは目を輝かせた。
「今の見たか?」
水弾のチーターが声を弾ませる。
「再生系か!そりゃ面白い!」
流砂のチーターも肩を揺らして笑う。
「そりゃあ簡単には終わらせられないなあ!」
砂が一斉に波打ち、路地の地面が斜めに傾く。アマリリスはバランスを崩しかけるが、即座に踏みとどまり、別方向へ跳ぶ。水たまりが流れを変え、彼の足元を追うように動く。
「狙いは雑だ!」
彼が叫び、連続して発砲。銃声が雷に紛れ、視界を切り裂く。水弾のチーターは身を捻り、弾をかわしながら指を連打する。水が連射され、雨と区別がつかないほどの密度で降り注ぐ。
「弾切れ?まだまだだよ!」
スロスはアマリリスの前に立ち、迫る水弾を身体で受ける。貫通の衝撃が走るが、次の瞬間には再生が追いつき、致命には至らない。
「うわ、タフだなあ!」
流砂のチーターが感嘆の声を上げる。
「じゃあ足からいこっか!」
砂が螺旋を描き、スロスの周囲を囲む。地面が裂けるように沈み込み、逃げ場を削る。スロスは視線を走らせ、神秘を集中させる。足場を完全に固定するのではなく、砂の動きに逆らわず、流れを読むように踏み替える。
「……厄介な連携だ。」
低く呟くと同時に、アマリリスが横から滑り込む。
「しゃべりすぎだ。」
彼の銃口が流砂のチーターを捉え、発砲。弾は直撃を避けられるが、砂の制御が一瞬乱れる。その隙を逃さず、スロスが前へ出る。水弾が飛ぶ。砂が動く。雨が叩く。四つの存在が狭い路地で交錯し、戦いはさらに激しさを増していく。しかし誰も決定打を打てないまま、ただ互いの力と性質を確かめ合うように、陽気な声と鋭い攻防が続いていた。
雨粒が空間を満たし、視界を塞ぐ。
音は無数に存在するはずなのに、耳に届くものは限られている。砂が擦れる微かな音、水が弾ける瞬間の鋭い破裂音、そして自分の呼吸。それ以外は、すべて背景に溶けていた。
スロスは一歩踏み出す。踏み出した瞬間、足元の感触が変わる。硬さが消え、わずかに沈む。流砂が反応したのだ。だが沈み切る前に、神秘が脚部を包み込み、強制的に地面を掴ませる。抵抗と引力が拮抗し、足首に嫌な圧がかかる。
「……っ」
短く息を吐く。
その一瞬を狙って、水弾が放たれる。音より先に圧が来る。空気が潰れ、雨粒が弾かれ、一直線の軌跡がスロスの脇を掠める。皮膚を撫でるような衝撃。掠っただけでも、服が裂け、肌が切れる。水は武器だ。速度を与えられた瞬間、刃と変わらない。
スロスは身体を捻り、流砂の引力を逆手に取って横へ跳ぶ。沈み込む地面を蹴り、わずかな反発を利用する。完全な足場ではないが、十分だ。跳躍の直後、元いた位置が崩れ落ちる。砂と水が渦を巻き、中心へ引きずり込もうとする。
「動きが早すぎるんだよ…!」
流砂のチーターが舌打ち混じりに吐き捨てる。
彼の腕が動くと同時に、砂が水流に乗り、スロスの進路を塞ぐように盛り上がる。見えない壁。踏み込めば沈み、避ければ射線に入る。意図がはっきりしすぎている。
アマリリスはその動きを横目で捉え、即座に位置をずらす。銃口を上げるが、撃たない。撃てない。雨、砂、水。すべてが視界と弾道を歪めている。下手に撃てば、無駄弾になるだけだ。
「……水弾、射線が一定だ。」
呟きはほとんど独り言だった。
だがスロスは聞き逃さない。水弾は直線的。跳弾を狙っていない。環境を使っているが、射撃そのものは単純だ。つまり、撃つ位置は限られる。
屋根の上。
排水が集中し、水量が確保できる場所。そこからでなければ、あの速度は出ない。
次の瞬間、アマリリスの予想を裏付けるように、水弾が再び放たれる。今度は二発同時。わずかに角度を変え、逃げ道を潰す軌道。スロスは身を低くし、地面を滑るように前進する。水弾が頭上を掠め、背後で壁を穿つ。破片が雨と混じって飛び散る。
「……っ……!」
アマリリスは歯を噛みしめ、前に出る。
銃口を流砂のチーターへ向けるが、引き金は引かない。狙いは別だ。流砂が動いた瞬間、砂の動きがわずかに乱れる。集中が分散している。その隙を逃さない。
一発。
低い音。サプレッサー越しの鈍い衝撃。弾丸は砂の渦を貫き、流砂のチーターの肩を掠める。直撃ではない。だが、確実に当てた。砂の制御が一瞬乱れ、引力が弱まる。
「チッ……!」
流砂のチーターが後退し、砂を再構築する。
その瞬間、スロスが動く。地面を蹴り、距離を詰める。狙いは流砂ではない。連携を崩す。水弾の射線に割り込む位置。危険だが、迷いはない。
屋根の上で、水弾のチーターが舌打ちする。
「近いな……!」
水を集め直す動作が遅れる。雨量は多いが、圧縮には一瞬の集中が必要だ。その隙に、スロスは建物の壁を蹴り、斜めに跳ぶ。視線が交錯する。初めて、はっきりと目が合った。
水弾のチーターは若い。
焦りが、わずかに滲んでいる。
「……やっぱり狩人はうぜぇ……!」
呟きと同時に、無理やり水弾を放つ。圧縮が甘い。速度はあるが、軌道が僅かに乱れる。スロスは身体を捻り、肩で受け流す。衝撃が走るが、致命傷にはならない。皮膚が裂け、血が混じる。雨に紛れて、すぐに流される。地面に着地した瞬間、流砂が再び動く。足首を掴むように、砂が絡みつく。今度は深い。意図的にスロスを狙った拘束。連携が噛み合った証拠だ。
「捕まえた……!」
流砂のチーターが低く笑う。
だが、その声には確信が足りない。スロスは表情を変えず、視線を上げる。水弾のチーターが次弾を準備しているのが見える。距離、角度、雨量。すべて計算済み。次は致命打になる。
スロスはゆっくりと息を吸う。
神秘が体内を巡り、再生力が傷を塞ぎ始める。足首を覆う砂が、わずかに震える。抑え込もうとする力と、押し返す力がぶつかり合う。
「……甘いぞ…。」
低く、冷たい声。
その瞬間、スロスは足を引くのではなく、踏み込んだ。沈み込む砂を逆に利用し、身体を前へ投げ出す。拘束は一瞬遅れ、完全には捕まえきれない。水弾が放たれるが、射線は僅かにずれる。スロスの横を掠め、背後で爆ぜる。アマリリスはその隙を見逃さない。位置を変え、屋根の縁を狙う。
流砂のチーターが状況を理解し、砂を引き戻そうとするが、もう遅い。連携は崩れ始めている。だが、まだ終わらない。二体とも、まだ動ける。殺意は消えていない。
雨は止まない。
水弾のチーターは屋根の縁で膝を折り、息を荒くしながら両手を前に突き出す。周囲の雨粒が不自然な動きを見せ、一瞬だけ空中で止まり、引き寄せられ、圧縮される。しかし形にならない。水が弾丸になる直前で崩れ、霧散する。
「くそ……っ!」
声が震える。自分でも分かっている。集中が切れている。恐怖が能力の精度を奪っている。一方、流砂のチーターは地面に片膝をつき、必死に砂の流れを保とうとするが、アマリリスの射撃で削られた地形が制御を狂わせている。水を含んだ砂は重く、思ったように動かない。アマリリスはその様子を一瞬で見抜き、銃を構え直す。雨に濡れた金属の冷たさが掌に伝わる。照準はぶれない。
「スロス。」
それだけを告げる。合図は不要だった。スロスは既に重心を落とし、足首に絡みつく砂の抵抗を神秘の反発で弾き返す。鈍い衝撃が足に返るが無視する。次の瞬間、踏み込む。距離が一気に潰れる。流砂のチーターの瞳が見開かれ、呼吸が詰まる。
「……待っ…!」
言葉になる前に、腹部に衝撃。骨ではなく、内側に響く蹴り。肺から空気が強制的に吐き出され、身体が宙を舞う。雨粒が逆流する感覚。背中からアスファルトに叩きつけられ、鈍い音が響く。喉から空気が漏れ、咳とも悲鳴ともつかない音が出る。能力が暴発する。砂が意思を失い、無秩序に盛り上がり、崩れ、周囲の地面を引き裂くが、それはもはや攻撃ではなく痙攣だ。その光景を見て、水弾のチーターの顔から血の気が引く。撤退。それしかない。生き延びるための判断。しかし遅い。屋根から飛び降りる瞬間、アマリリスの引き金が引かれる。銃声は雨に飲まれながらも確かに響く。
弾丸は殺しにいかない。膝を掠め、関節を狂わせる。着地の瞬間、脚が耐えきれず、男はバランスを失って落下する。水たまりが爆ぜ、濁水が跳ね上がる。転がる身体。起き上がろうとするが、視界の先に影が落ちる。スロスが立っている。逆光で表情は見えない。ただ、逃げ道が完全に塞がれていることだけが分かる。
「待て……!俺たちは……違う……!」
必死に水を集めようとするが、何も起こらない。スロスの手が首元を掴む。力は強くない。それでも離れない。神秘が内側から染み込み、能力の回路を塞ぐ。呼吸が浅くなる。
「……強ければ……」
水弾のチーターの声は掠れ、雨音に混じる。
「強ければ……あの方に……認められるって……あいつが……!」
スロスは低く息を吐く。
「……認められて……どうなる……?」
とだけ告げる。次の瞬間、指に力が入る。抵抗。短い痙攣。首の内部で嫌な感触が伝わり、力が抜ける。身体が崩れ落ち、雨に打たれながら動かなくなる。遅れて、流砂のチーターが咳き込みながら顔を上げる。視線の先で、仲間が倒れているのを見て、理解する。終わりだと。
「……なあ……。」
声は弱く、雨に掻き消されそうだ。
「俺たちは……選ばれなかった……だけ、だよな……。」
アマリリスは答えない。銃口を向け、引き金を引く。短い反動。身体が跳ね、力なく倒れる。砂は完全に沈黙し、ただの泥水として流れていく。残るのは雨音だけ。スロスは二体の死体を見下ろし、胸の奥に残る違和感を噛み締める。これは黒幕の手駒ではない。それでも思想は確かに繋がっている。
銃声も、能力の軋みも消え、残るのは水が流れる音と、二つの死体が雨に打たれる鈍い音だけだ。アマリリスは銃口を下げないまま、数秒だけ動かずに立つ。反射的に、だが確実に。敵が完全に沈黙したことを、目と耳と皮膚で確認するための時間。スロスも同じだった。視線は死体から外さず、気配の残滓が完全に消えるまで神秘の流れを緩めない。砂はただの泥に戻り、水は排水溝へと流れ込み、異常だった流れは街の一部として溶けていく。ようやく、スロスが小さく息を吐いた。
「……終わりだな。」
その声は低く、雨に溶ける。アマリリスはそれに短く頷き、銃の安全を外し、ホルスターに収める。指先が微かに震えているのを、彼女自身が一番よく分かっていた。恐怖ではない。集中が切れた反動だ。「後処理は?」問いは淡々としている。スロスは首を振る。
「この天気だ。すぐ流れる。回収も追跡も無理だろう。」
事実だけを並べる。その視線はすでに路地の外、帰路を計算している。アマリリスは最後に一度だけ、倒れたチーターたちを見る。顔も、名前も、知らない。知る必要もない。それでも、最後の言葉が耳に残る。
「強ければ認められる」
その歪んだ理屈が、胸の奥に小さな棘として引っかかる。
「……帰ろう。」
そう言って、踵を返す。二人は再び雨の中を歩き出す。行きとは違い、足取りは静かで、警戒は緩めないが、戦闘前の張り詰めた空気はない。水の流れを読み、崩れた路面を避け、影を踏まないように進む。街灯の光が背後に流れ、倉庫街の輪郭が徐々に浮かび上がる。巨大なシャッター。錆びた外壁。外界から切り離された、狩人たちの巣。スロスが先に扉を開け、アマリリスが中に滑り込む。シャッターが閉まった瞬間、外の雨音が一段階低くなり、空気が変わる。湿った冷気と、金属とインクの匂い。
アマリリスはフードを外し、髪から水を払う。床に落ちる雫が、点々と広がる。スロスは装備を外しながら、思考を整理していた。あの言葉。あの方。強さを条件に与えられる承認。それは過去に、確かに自分が見た価値観だ。クロウ。断定はできない。だが、無関係だと言い切るには、符合が多すぎる。アマリリスが振り返り、スロスを見る。
「……何か、掴んだ?」
問いは軽いが、視線は鋭い。スロスは一瞬だけ間を置き、首を振る。
「後で話そう…。」
アマリリスはそれ以上聞かない。倉庫の奥へ歩きながら、低く呟く。
「分かった。」
影はすぐ近くにある。雨は止まず、街は何事もなかったかのように回り続ける。だが、確実に歯車は動き始めていた。