彼の名前は「ぼんじゅうる」という。
「俺の名前はなぁ。愛を込めてつけてくれたんだよ。」
真っ暗で、はっきりとは見えない顔だけれど……悲しそうな声だった。
「俺の母親がさ、外国人なんだ。母親の国の挨拶が「ボンジュール」だから、俺には挨拶ができる人になってほしいって願いがあったんだってさ。」
ぼんじゅうるさんはフーっと煙草の煙をはいて「もう叶えられなくなっちゃったけどね。」と呟いた。
「ぼんじゅうるさんは……なんで、こんな呑気でいられるんですか…?」
俺は、それが不思議でならなかった。
俺は不安や罪悪感しかない。なのに、彼はどうして……。
「俺は間違ったことは何一つしてないからね。」
その意味深な言葉に違和感を抱いた。
「あと、俺にその名前は相応しくない。ぼんでいいよ、ぼんで。」
その名前というのは「ぼんじゅうる」のことだろうか。
「そういえば、名前聞いてなかったね。」
俺は、影で黒く見える髪の隙間からぼんさんを覗き見る。
「おらふ……おらふ、です。」
なぜか分からない。安心なのか、不安なのか。声が震えた。
「そっか。おらふ……か。」
確かめるように呟くぼんさん。そして「おらふくん」と声にした。
「いいよね。おらふくん、でも。」
コクリと頷く俺に、煙草を手渡してくる。だが、俺は横に首を振った。
ははっ、と笑って煙草をしまう。
「煙草、吸わないんだ。何歳なの?」
「27です。」
「あら、お若いことで。」
なぜかおばさん口調なぼんさんに、思わずクスッとしてしまう。
「27、かぁ〜。俺が初めて罪を犯したときだ。」
“罪を犯した”という言葉に、ビクッと肩を揺らす。
「なんで、殺したの?」
さも同然かのように聞き出そうとする、ぼんさん。だが、俺の答えは…
「覚えて、なくて……。」
家からここにくるまで、ずっと考えていた。ずっと、分からなかった。
「………そっか。」
それ以上、ぼんさんは何も聞いてこなかった。
「………そっか。」
覚えてない、か。そっか。俺だったら、それが一番幸せだっただろうな。
初めて人を殺したのは、紛れもなく27のときだ。誕生日のとき。最悪な誕生日になった日だった。
たまに「この人は殺さなきゃいけない。」という衝動がある。
それは”あの人”に関係しているからだろうか。
今は、何をしてるのかな。会いたいなぁ。
コメント
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あの人...?誰の事言ってるんだ...?