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ソーレンの腕の中で
レイチェルはまだ泣き続けていた。
アリアの過去
時也との別れ
その後の孤独な日々。
擬態によって
覗き見てしまったアリアの記憶が
あまりにも哀しく
胸を締め付けて離さない。
ソーレンはただ黙って
震えるレイチェルの背を
優しく撫でながら
その言葉を受け止めていた。
「⋯⋯その時のアリアさん
まさか桜の木に
時也さんの遺体が吸収されたから
無くなったんだって事を
気付かなかったんだろうね」
泣き腫らした瞳を拭いながら
レイチェルがぽつりと呟く。
ソーレンは短く息を吐き
静かに頷いた。
「だろうな。
だから
時也を奪われたって思い込んで
丘の立ち入りを禁じて⋯⋯
絶望の果てに自分で自分を封印したのか」
ソーレンの声には
微かな苦味が滲んでいた。
その声音に
レイチェルはそっと顔を上げる。
「アリアの過去を聞いてて
いろいろ合点がいったよ」
ソーレンは続けて
少しだけ視線を宙に泳がせた。
その眼差しには
かつて
〝呪いの丘〟と呼ばれていたこの地を
訪れた少年時代の記憶が
過ぎっているようだった。
「ソーレンは
この街の出身だったよね?」
レイチェルの問いかけに
ソーレンはふっと笑った。
「俺が野良犬って言われてたガキの頃
ここらは呪いの丘って呼ばれて
誰も近寄りもしなかった。
桜がある事も知らなかったしな⋯⋯
今なら解るが
あの寝物語のきっかけは
アリアが時也の桜を守る為⋯⋯
だったんだな」
「⋯⋯前、話してくれたもんね。
この街の子供達は
皆この丘に入るなって
寝物語に語られてたって」
レイチェルの言葉に
ソーレンは少しだけ眉を顰めた。
「ま、俺には
そんな話をしてくれる奴が
居なかったから
登っちまったけどな。
そのおかげで
青龍に拾われたって訳だ」
「呪いの丘だなんて呼ばれてたの
今住んでて思えないよね。
凄く素敵な丘だもの」
レイチェルの感慨に満ちた声が
少しだけ部屋の空気を和らげた。
「時也が生き返って
アリアの封印を解いて
その時に割った
アリアの涙の結晶を金に換えて
この丘に喫茶桜を建てた。
それがきっかけで
この数年で呪いの丘の話は
ただの御伽噺になって
賑わってきたってこった」
ソーレンは
やや不満げに鼻を鳴らしながらも
その口元には
少しだけ笑みが浮かんでいる。
レイチェルはそれを見て
小さく笑い返した。
「って言うか
街にあるあの湖って⋯⋯
アリアが墓荒らしを
殺した時にできた
クレーターだったのかよ。
絶対に怒らせたくねぇな」
ソーレンのぼやきに
レイチェルは小さく肩を竦める。
「あの大きな湖がそうだったなんて
記憶を見なきゃ、知らなかったよ⋯⋯」
レイチェルは
思い出すだけで
震えそうになる過去の一幕に
唇を引き結んだ。
ソーレンは
少しだけその顔を覗き込んでから
ぐっとレイチェルを抱き寄せた。
「ま、これで一つ謎が解けたって訳だ。
アリアがあんなに冷徹に見えるのに
時也には甘い理由もな」
「うん⋯⋯
時也さんの事、本当に愛してるのね⋯⋯」
喫茶桜が立つ今の丘は
かつての〝呪いの丘〟ではなく
見る者全てを癒す
〝桜の丘〟になっている。
それもまた
時也とアリアが紡いだ
物語の続きなのだろう。
二人が守りたかったものが
確かにそこに根付いている――
そう感じると
ソーレンは少しだけ安堵の息を吐いた。
そして
レイチェルを再び抱きしめ
これ以上泣かせないようにと
静かにその背を撫で続けながら
ぼんやりと天井を見上げて呟いた。
「時也の野郎
アリアの風呂の世話までするだろ?
どんだけ甘やかすんだよ
って思ってたが⋯⋯」
ふと、ソーレンの口元に苦笑が浮かぶ。
「あいつ
自分が死んでた間のアリアの孤独を
埋めてんだろうなって思えてきたよ」
その言葉に
レイチェルはハッとしたように
ソーレンの顔を見上げた。
「⋯⋯そうか、そうだよね。
時也さん
アリアさんがどれだけ
一人で耐えてきたか
全部知ってるもんね⋯⋯」
「まぁ、そうだろうな。
読心術で
きっとアリアの心の奥底まで知ってる。
普通の人間なら
耐えられねぇほどの孤独を
何百年も過ごしてきたんだからよ」
ソーレンの声は少しだけ低く
普段のぶっきらぼうな調子が
和らいでいる。
その横顔を見つめながら
レイチェルはそっと息を吐いた。
「ねぇ、ソーレン。
アリアさんが
どれだけ時也さんを愛してたか
すごく分かった。
だけど⋯⋯
その孤独を知った時也さんも
きっとすごく
苦しかったんじゃないかな⋯⋯」
「そりゃそうだろうよ。
自分のせいで
あのアリアが自分を封印したんだ。
あのバカ真面目な野郎が
気にしないわけがねぇ」
ソーレンの口調は少し乱暴だけれど
その言葉には深い共感が含まれていた。
「だから
時也はアリアを
甘やかすだけ甘やかしてんだ。
アリアの孤独を
全部取り戻すつもりでな」
「ふふ。
なんだか時也さんらしいな⋯⋯」
レイチェルはようやく
少し笑顔を取り戻した。
「おう。
アリアが拒んだとしても
あいつは無理やりでも
甘やかすだろうよ。
あの二人は⋯⋯それでいいんだ」
ソーレンは
しみじみとそう呟きながら
レイチェルの肩を抱き寄せた。
「だが⋯⋯
俺は甘やかされるより
甘やかしてぇんだけどな」
そう言って耳元で囁くソーレンに
レイチェルの頬が赤く染まった。
「⋯⋯ソーレンって
そういう事言うとき
ちょっとズルいよね」
「なんでだよ?ただの本音だろ」
「ふふ、分かってる。
私もね、ソーレンには甘えたいの」
そう言ってレイチェルが
照れながら微笑むと
ソーレンも少しだけ
赤くなりながら鼻を鳴らした。
「⋯⋯まぁ、なんだ。
時也とアリアを見てると
愛ってのは
互いに支え合って
傷を埋め合うもんなんだなって
ちょっとだけ理解できた気がする」
「うん⋯⋯私もそう思う。
お互いに
心を寄り添わせていけたらいいね」
ソーレンとレイチェルは
少しだけ温もりを確かめ合うように
手を繋いだ。
そして
二人はしばらく無言で寄り添いながら
これからも共に在り続けるために
少しずつ心を
重ね合わせていこうと決めた。
外からは
夜風が静かに吹き込み
桜の花弁がちらほらと舞い込んでいた。
その光景に
二人は静かに微笑み合い
優しい夜の時間を共有するのだった。