第14話:地下の図書室
学校の地下階――
その存在を知る生徒は、もうほとんどいない。
「記録保管室」と呼ばれていたその場所は、
AI導入以降、“非効率な学習資源”として封鎖された。
ミナトがその扉を見つけたのは、偶然だった。
校舎の裏手、旧備品倉庫の奥。錆びついたフェンスの向こうに、
誰にも使われなくなった古い鉄扉があった。
扉の上には色褪せたプレートが残っていた。
「図書保管区域:旧教育指導書専用」
鍵はなかった。ドアはすでに破損し、手で押せば軋んで開いた。
中は暗く、空気は重く乾いている。
電気は通っておらず、ミナトはポケットライトを点けた。
棚には埃をかぶったファイル、紙の教科書、
そして――ひとつだけ、黒い布に包まれた本があった。
ミナトはゆっくりとそれを開く。
中には、祖父の名前――フジモト・カイの署名。
ページには万年筆で書かれた文字が残されていた。
その筆跡は、彼の記憶にある“あの手”そのままだった。
> 「言葉は、ただの記号ではない。
> 誰かの痛みを、形にする灯火だ。
> 言葉が生きる時、沈黙の中に声が残る。」
ミナトの指先が震える。
この詩は、祖父が「誰にも読ませずに封印した」と言っていた作品だった。
AI導入が始まり、“詩を書くこと”が制度的に禁止されかけていたあの頃――
最後まで“生きた言葉”を書こうとしていた痕跡。
その瞬間、彼の端末が振動した。
【非認可通信エリアに侵入/記録開始】
警告は出たが、停止命令はない。
“まだ見逃されている”範囲。
ナナからメッセージが届いた。
「今どこ? さっき、君の詩がまた削除されたって通達が出てた」
ミナトは迷わず写真を撮って返信する。
祖父の詩集のページ――灯火のように滲んだインクの一節を。
その夜、彼は久しぶりに震えながら書いた。
> 「消されたはずの言葉が、
> 静かな場所で、まだ呼吸をしていた。
> それを見つけた僕は、
> この社会の“記憶”と繋がった気がした。」
誰かが消そうとした言葉。
誰にも届かないようにされた詩。
けれど、生き残っていた。
そして、それを今、ミナトが読む。
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