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 十数年のあいだ、二人きりだった。 母はいない。親戚もいない。戸籍の上で「家族」と言えるのは、オールとモストだけ。


 オールは三十四歳、背は高く、黒のスラックスと白いシャツばかりを着る。

 その無骨な背中を幼い頃から見てきたモストにとって、父は「揺るがないもの」の象徴だった。嵐のような夜でも、凍えるような冬でも、帰れば必ずそこにいて、低く落ち着いた声で「ただいま」と言う。その声がある限り、世界は崩れないと信じていた。


 だが──十四歳になったモストの胸の奥では、何かが形を変え始めていた。


 ウシャンカ帽と黒いマフラーは、彼の鎧だ。外の世界に対して「自分は揺るがない」と示すための仮面。だが父の前では、時折それを外すことがある。素顔を見せるのは父だけ。そこに安らぎを覚えながらも、同時に胸を締めつける感情が芽生えていく。


 その夜もそうだった。

 深夜の時計の針が、日付を越えていた。オールが仕事を終えて帰宅すると、リビングにはまだ灯りが点っていた。机に突っ伏し、眠り込んでいるモストの姿。


 マフラーは椅子の背にかけられ、顔にはかすかな幼さを残しながらも、どこか大人びた線が浮かんでいた。

 その姿に、オールはふと足を止める。


 ──こんなに大きくなったんだな。


 十年前、小さな手を握って歩いていた記憶が胸をよぎる。だが、目の前にいるのはもう子供ではなかった。背丈はまだ低い。だが、筋肉質な肩と腕は、日々の鍛錬を物語っている。

 「息子」と呼ぶには、どこか違う。

 その事実を認めた瞬間、心の奥に隠してきたものが、静かに疼き始める。


 オールは頭を振るようにして、その感情を押し戻した。

 そっと近づき、眠るモストの肩に毛布をかける。

 低い声でつぶやいた。


「……風邪ひくぞ」


 その声に、モストのまぶたがわずかに震える。

 半分夢の中で、彼は小さく笑った。


「……おかえり、父さん」


 オールの胸に、鋭く甘い痛みが走る。

 父としての呼びかけに、心が揺れるのはおかしいはずだった。だが、抗えなかった。


 灯りを消し、静まり返った部屋で、オールはしばらく息子の寝顔を見つめ続けた。

 その横顔は確かにまだ幼さを残している。だが、もう遠くない未来──「息子」としてではなく「男」として向き合う時が来る。


 その予感は、恐ろしくもあり、同時に甘美でもあった。


俺たちは、家族じゃない

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