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それから数日後。
阿部は朝からリビングで花の手入れをしていた。
「めめ、そっちの花瓶の水替えて。」
「これ?」
「それ昨日やった。隣。」
「こっち?」
「そう。」
「……あべちゃん。」
「何?」
目黒は部屋を見回した。
「花って大変だね。」
「だから言ったじゃん。」
花屋一軒分。
当然、数日でなくなるわけがない。
家中に花瓶を置いても足りず、バケツまで総動員していた。
「でも綺麗。」
「それはそう。」
阿部は慣れた手つきで傷んだ葉を取り除く。
その横顔を。
目黒がじっと見ていた。
「……何?」
「いや。」
「見すぎ。」
「一年分見てる。」
「何それ。」
「一年間見られなかったから。」
阿部の手が止まる。
「……そういうこと急に言わないで。」
「照れた?」
「照れてない。」
「顔赤いよ。」
「花の世話して。」
「はい。」
恋人になっても。
思っていたほど何かが変わったわけではなかった。
一緒にご飯を食べて。
くだらないことで笑って。
目黒が仕事から帰れば。
阿部が「おかえり」と言う。
ただ。
以前と違うこともある。
___________
ある日の夜。
目黒が帰宅すると。
「おかえり、めめ。」
「ただいま、あべちゃん。」
目黒は靴を脱ぐと、そのまま阿部を抱き締めた。
「……何?」
「ただいまのハグ。」
「そんな習慣なかったよ。」
「今日から。」
「勝手に増やさないで。」
そう言いながら。
阿部も目黒の背中へ腕を回す。
目黒が嬉しそうに笑った。
「やっぱり帰ってきてよかった。」
「……うん。」
「もう家政婦辞めていいからね。」
「それなんだけど。」
阿部が離れる。
「俺、花屋続けるよ。」
「え?」
「週何日かだけ。」
目黒は少し驚いた。
「おじいちゃんたちも孫たちもいるから毎日は必要ないけど。」
「うん。」
「俺もあのお店好きだから。」
目黒はすぐに頷いた。
「いいじゃん。」
「それと。」
阿部が少し気まずそうな顔になる。
「貯金してたお金。」
「貯金?」
「めめに返すための。」
「……。」
目黒の表情が変わった。
「一年間?」
「うん。」
「俺に返すために貯めてたの?」
「病院代とか服とかスマホとか。家賃と食費も――」
「いらない。」
「でも。」
「絶対いらない。」
「めめ。」
「それならあべちゃんが使って。」
「そんなの――」
「じゃあ。」
目黒が少し考える。
「あべちゃんが嫌なら、二人のお金にしよ。」
「二人の?」
「旅行とか。」
「……。」
「これから一緒にやりたいことに使おうよ。」
阿部はしばらく黙っていた。
一年間。
目黒への恩を返すために貯めたお金。
でも。
もう。
関係を清算する必要はない。
「……分かった。」
阿部が笑う。
「じゃあ、二人で使お。」
「うん。」
「でも無駄遣いは禁止ね。」
「分かった。」
「花屋一軒分の花買うとか。」
「……。」
「返事は?」
「善処します。」
「禁止。」
___________
さらに数週間後。
花屋。
「こんにちはー。」
聞き慣れた声に。
阿部が顔を上げる。
「めめ。」
目黒だった。
「今日早いね。」
「仕事終わったから迎えに来た。」
「あと三十分くらいかかるよ。」
「待ってる。」
すっかり。
目黒も店の常連になっていた。
老夫婦にも。
孫たちにも。
顔を覚えられている。
目黒が店内を見る。
「今日も綺麗だね。」
「買わなくていいからね。」
「まだ何も言ってない。」
「念のため。」
老夫婦が笑っていた。
すると目黒が。
一本の花を手に取る。
「これだけ。」
「一本?」
「うん。」
会計を済ませると。
その場で阿部へ差し出した。
「はい。」
「俺に?」
「うん。」
阿部は受け取る。
「……ありがとう。」
嬉しくて。
自然に笑った。
「でも。」
「ん?」
「家にまだ花あるよ。」
「いいじゃん、一本くらい。」
「まあね。」
あの日。
目黒の家へ帰った日。
リビングを埋め尽くしていた大量の花。
あの時は。
一年分の離れていた時間を。
全部埋めるみたいだった。
でも。
今は。
一本で十分だった。
明日も。
明後日も。
その次の日も。
一緒にいられるから。
___________
閉店後。
二人で家へ帰る。
玄関を開けると。
阿部が先に中へ入った。
そして。
振り返る。
「めめ。」
「ん?」
「おかえり。」
「……。」
目黒が笑った。
「あべちゃんもおかえり。」
「ただいま。」
二人で笑う。
阿部は今日もらった花を。
小さな花瓶へ飾った。
たった一輪。
それでも。
十分綺麗だった。
目黒が後ろから阿部を抱き締める。
「あべちゃん。」
「何?」
「明日休みだから、ずっと一緒にいられるよ。」
「うん。」
「何する?」
「花屋一軒分買った人のせいで、まだ残ってる花の手入れ。」
「……。」
「朝からね。」
「デートは?」
「終わってから。」
「何時に終わる?」
「頑張り次第。」
目黒はしばらく黙って。
腕まくりをした。
「今から水替える。」
「ふふっ。」
「早くデートしたいから。」
阿部は笑いながら。
目黒の頬へそっとキスをした。
「じゃあ、頑張って。」
目黒が固まる。
「……今のもう一回。」
「水替えたらね。」
「全部?」
「全部。」
「やります。」
即答だった。
一年離れて。
ようやく恋人になった二人。
目黒が買い占めた花は。
結果的に。
阿部を連れて帰るより、その後の世話の方がずっと大変だった。
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kaede🍁
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コメント
1件
いやあ、もう尊すぎて胸がぎゅーってなったわ……! 花を一軒分買い占めたあの大げさなプロポーズ?から、今では「一本で十分」って言い合える関係になったのが、一年分の距離を埋めた証みたいで沁みた。しかもあべちゃんが返済用に貯めたお金を「二人で使おう」って切り替えるところ、めめの愛情が伝わってきて泣ける。最後の「全部やります」の即答、めめの本気が可愛すぎる。おかえりハグの習慣も、これから増えていくんだろうな〜。この二人の穏やかな幸せ、ずっと見ていたいです🔥