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(どうすればいい)
オークの一団が去った森に佇みながら、アリアスは自問自答していた。しかし、返ってくる答えは必ず一つ。早く王都に連絡を取り、救援部隊を送ってもらうと言う事だった。
これが人為的なことか、それとも単なる偶然か、この際それはどうでも良い。ルージュとシシリィがオークに連れ去られ、生命の危機であることには変わりないのだ。試験の合否をとやかく言う時では無いだろう。
ポケットからロケットを取り出したアリアスは、ヨハンを見る。何故、試験に二つの魔晶石を持って来ているのか、それを聞かれたら素直に答えるしかないだろう。どのみち、試験は失格に終わり、ヨハンとは金輪際顔を合わせることが無くなるのだ。
「ヨハン」
力なく、地面に両膝を付くヨハンの背中に呼びかける。しかし、ヨハンは先ほどからあの姿勢のまま、ピクリとも動こうとしない。それどころか、一人でぶつぶつと何かを話している。ショックの連続で、頭のネジが一つ二つ飛んでしまったのかも知れない。
「おい、ヨハン!」
怒鳴りつけ、やっとヨハンはアリアスを振り返った。彼の目には、いつになく強い光が輝いている。先ほどまで、ショックに打ち拉がれていたはずだったが。
「アリアス! すぐに出発するよ!」
ヨハンは立ち上がると、すぐに荷造りを始めた。
「出発って、何処に?」
怪訝な表情浮かべるアリアスに、ヨハンはムッとしたように眉をへの字に曲げた。
「何処にって! 二人を助けに行くに決まってるじゃないか! オークは此処から北に逃げていった。あれだけの大群だ、通った軌跡はすぐに分かるはずだよ」
自分の荷物を纏めたヨハンは、すぐにルージュの荷物を纏め始める。
「待てヨハン。お前は見なかったのか? あれだけの大群だ、どうやって俺達に勝ち目がある? それに、俺は王都にいる父に助けを請おうと思っている」
「助けだって?」
ヨハンは手を止め、アリアスを見上げてくる。大きく見開かれたその目には、驚きと怒りが入り交じっていた。
「何を言ってるんだ、アリアス! 二人は僕達が助けなきゃ! それほど遠くない場所に、二人はいるんだよ?」
「だからなんだ?」
声を荒げるヨハンとは対照的に、アリアスは冷静な声で反論する。
「俺達が出て行って、どうなる問題でもないだろう。もう試験は終わりだ。ここは、プロに任せて、俺達は王都に引き返そう」
「駄目だ! 君は何を考えているんだ!」
怒りにまかせ叫ぶヨハンを、アリアスは憎々しく見つめた。握り締めたロケットがミシミシと鈍い音を上げる。
「何を考えているかだって? 俺は、冷静に状況を分析して言ってるんだ。父に任せれば、すぐに大群を率いて来てくれる」
話をしても埒があかない。ロケットを明け、魔晶石を取り出そうとした手を、ヨハンが掴んだ。サファイヤのように青い瞳が、光の届かないこの場所でも美しい輝きを放っていた。
「こう言う時だけ父親頼みなの? あれだけ嫌っていた家に、結局は頼ろうって言うの? アリアスは狡い! やっぱり、自分では何もしないじゃないか!」
「狡い? 俺が、家に頼ってるって言うのか?」
「そうだよ! 何だかんだ言っても、結局は、アリアスは今の状況に満足しているんじゃないか! 自分では何もしないで、数ある可能性を否定して!」
ヨハンの言葉に、カッとアリアスの頭に血が上った。右手を握る手を振り払い、すかさず同じ手でヨハンの頬を殴る。骨と骨がぶつかり合う鈍い音がして、ヨハンの体が後方へ弾き飛ばされた。
「巫山戯るな! 俺が何もしていないだって? 冗談じゃない! 俺は、俺はな……!」
高ぶる感情。頭は混乱し、上手く自分を制御できない。様々な感情とヨハンの言葉が、嵐となってアリアスの中で渦巻いている。
「俺は、何さ?」
唇から流れる血を手の甲で拭ったヨハンは、怒りに顔を真っ赤にしながら立ち上がった。その瞳には、明らかな反抗の意志が感じられた。隠す事なく自分の感情を全てぶつける、真っ直ぐな眼差し。いくら望んでも手に入らなかった屈強な意志が、そこにはあった。
「俺は試験の結果なんてどうでも良い。ルージュを助けられればそれで良いんだ! お前のように、命を賭けてまで試験に合格しようなんて、思わないんだよ!」
「いい加減にしろ!」
ツカツカと歩み寄ってきたヨハンが、アリアスの胸ぐらを掴み上げた。アリアスの右手が剣の柄に添えられる。もし、次に何か癪に障ることを言ったら、この剣が抜かれヨハンの胸に突き刺さるだろう。
「馬鹿にするな! 試験の結果なんてどうでもいい! 父親に連絡したければすればいい! だけど、僕は一人でも助けに行く! 王都から兵士がここに来るのは、一体いつの話? 五分後? 十分後、それとも一時間後? この瞬間だって、二人は助けを求めているんだ! 次の瞬間には、二人が殺されているかも知れない! アリアスはチームメイトの二人を見捨てるって言うのか? この試験のために編成されただけかも知れないけど、僕達はチームだろう? ルージュとシシリィを助けるのは、仲間である僕達の役目だろう!」
ヨハンの強い眼差しが、アリアスを射すくめた。父が放つ物とは、全く質の違う強い眼差し。父の眼差しが人を呪縛し、屈服させる物だとしたら、ヨハンの眼差しはその反対。人の心が持つ闇を照らし、導く光。そう、それはまるで太陽の放つ光だった。
突然、ヨハンの瞳から光が消えた。服を掴んでいた手が離れ、力なく握りしめられる。
「アリアスは狡いよ。なんで自分を否定しようとするんだ。あれだけのセンスがあれば、なんだって出来るじゃないか。僕もアリアスみたいなセンスが欲しいよ。そうすれば、今すぐにでも二人を助けにいけるのに」
ヨハンの目から、銀色の雫が一筋流れ落ちた。涙が出るほど、彼は自身の力のなさを恥じ、悔いているのだろう。それに対して、自分はどうだ。最高レベルのセンスを持ちながら、結局は何もしないでいる。あれだけ家を嫌い、人生を否定しながらも、親に、家の名前に頼っている。
気が付くと、右手は剣の柄から離れていた。ロケットを胸ポケットに戻し、自分の荷物を纏め始めた。
「行くぞ、ヨハン」
「え?」
荷物を纏めているアリアスを見て、ヨハンが目を丸くしている。
「助けに行くんだろう?……チームメイトをさ」
「アリアス! やっぱり、君ってサイコーだよ!」
パアッと顔を輝かせたヨハンは、足下にあるルージュの荷物を纏め始めた。
(そうさ。俺はこうやって自分で選択することを、何よりも望んでいたんじゃないか。ルージュを守ることは命令かも知れないけど、俺は、今、自分の意志でチームメイトを助けるんだ)
手早くシシリィの荷物を片付けている時、シシリィの荷物からピンク色の小瓶が転がり落ちてきた。蓋が取れた小瓶からは、甘い香りがする液体が滴り落ちていた。
「シシリィ……」
数秒間、その小瓶を見つめていたアリアスは、ふと思い至った考えを打ち消すと、シシリィの荷物を纏めた。