異星人来訪の熱気が覚めぬ三日目。この日ティナ達は人前に姿を現すこと無くホテルでゆっくりと過ごしていた。ホテル内にある売店を覗いたり、ブリテン政府が用意した様々なブリテン産のお土産を吟味したりと外出しなくても楽しく過ごせたのは幸いである。
一方ブリテン政府は諜報機関の掴んだ情報を重視して、国内の警戒を強めていた。特に異星人が滞在している間にネガティブキャンペーンや破壊工作を起こされては、国家として致命的なダメージとなる。
ただでさえ合衆国で起きた爆破テロは全世界に衝撃を与えた事件であり、ブリテンとしても二の舞を演じる訳にはいかなかった。
ティナ達が宿泊しているホテル周辺は厳重に警備がなされ、ロンドンでも厳戒態勢が敷かれていた。
夜になると特例としてロンドン市内では外出禁止令が発令され、一部の例外を除いて市民の外出を制限。市内各所に検問を設置し、更に軍まで出動する騒ぎとなった。
ブリテン政府は、悪意から来訪者と市民を守るために必要な処置として理解を求めた。
もちろんこの外出禁止令に反発する市民も少数だが存在したが、公的権力を行使して速やかに帰宅を促し、抵抗する場合は拘束その他の対応を断行する。
これほどの厳戒態勢を敷いていたが、それでも事件が発生した。先ず突如として現れたトラックが全速力で検問のひとつを薙ぎ倒しながら突破、市内を暴走する。
直ぐ様ロンドン警察が対応しタイヤを狙撃してパンクさせて強制的に停止させる。しかしトラックは無人であり、何らかの遠隔操作を受けていた痕跡が見付かる。
それと同時にある警察署付近に停車していた乗用車が突如として爆発。深夜であり誰も居なかったので死傷者こそ出ていないが、大騒ぎとなる。ブリテン政府はこの二つが偶然ではないと断定、更に警戒を強めた。
そしてティナ達が宿泊しているホテルにバンが急接近。警戒線の直前で曲がり、その際に警備車両に銃撃を加えた。この攻撃で警備者数名が軽傷を負い、バンはそのまま全速力で逃走。
一連のテロリストであると判断した当局は大規模な追跡を行い、深夜のロンドン市内に銃声と暴走する車の爆音が響き渡ることになる。
もちろん陽動である可能性を考慮してホテル周辺の警備は残されたままであるが、ロンドン橋周辺に複数の不審車両が発見されたとの報を受けてそちらに戦力を回す必要が出てきた。
同時に市内からも不審車両や不審者出没の報が相次ぎ、警備力は飽和状態となりつつあった。もちろんこれら一連のテロリズムは全て工作によるものである。
連邦はこの日のために、長い年月を掛けて潜入させていたエージェントの大半を動員。厳戒態勢のため失敗も相次いだが、それでもロンドン市内に大混乱を引き起こすだけの破壊工作を実施。これら全てを陽動として警備戦力を飽和させ、本国から送り込まれた十人前後の実行部隊が行動を開始した。
最初は警察官の装いをした彼らは混乱に紛れてホテルの警備隊の中に紛れ込む。もちろん身元の確認を徹底しているが、そもそも警備隊の中にもエージェントが紛れており彼らを受け入れたのである。
「問題はないか」
「ない、ゲストは最上階だ。各階には警備が居るが、数は少ない」
「確かなんだな?」
「護衛としてメリル=ケラーが今朝赴任してきた。それに、同行している日本の外交官も一階のロビーで待機している」
「よし、経路は?」
「ここから地下にある機械室に入れる。機械室を通り非常階段を使うのが確実だ。警備員も居るが、数は全部で十人に満たない。武器も拳銃だ」
「ならば問題はないな」
「君達が機械室へ突入したら私も騒ぎを起こす。成功を祈る」
「手引きに感謝する。必ずや成し遂げよう」
実行部隊が潜入したのを見届けたエージェントは突如として拳銃を発砲。警備車両数台のタイヤを撃ち抜き、自らもパトカーの一台に飛び乗ってその場から逃走を図るが周囲に居た警官等によって射殺された。
一方地下の機械室へ降りた実行部隊は、直ぐに警備員に見付かった。
「ん?誰だ!」
「ロンドン市警からの応援だ。街中大騒ぎでな、大切なゲストを守るためにって派遣されたんだ」
「そんな話聞いてないぞ?それに、俺は市警の所属だ。お前らなんて見たことも……ーっ!」
隊長は躊躇無くサプレッサー付きの拳銃で警備の眉間を撃ち抜いた。
「急げ、時間がない」
隊長の指示に従い隊員たちは素早く警察官の制服を脱ぎ、持ち込んでいた合衆国特殊部隊の装備を身に付けた。
「奴らもバカじゃない、直ぐに露見する。時間が勝負だ。一班は私と一緒に最上階へ。二班は退路の確保だ。繰り返すが、ゲストの確保が最優先。
ただし、ゲストが抵抗した場合は射殺しろ。見た目が少女だからと躊躇するな、奴らはエイリアンだ」
そこからの行動は非常に速かった。選抜されるだけあって彼らの練度は非常に高く、機械室内に居た警備四人を瞬く間に排除。更に螺旋状の非常階段も足音を立てずに登り、途中で警備五人を射殺。
更に最上階の廊下を警備していた者達は、フラッシュバンを使い行動不能にした上で射殺。激しい音と閃光が生じてしまうが、仕方がないと割りきった。
「部屋は?」
「奥です、彼処に」
「よし、急ぐぞ。今ので他の連中が気付いた筈だ。ジョンブルが間抜けじゃなければな」
彼らはそのまま駆け足で部屋に迫り、乱暴に扉を蹴破った。
だが。
「誰も居ない!?」
「まさか逃げたか!?」
「奴らは空を飛べる。あり得るが……監視班からそんな情報は無いぞ」
「探せ!何らかの痕跡、あるいは遺物がある筈だ!」
隊長が指示を飛ばした瞬間、最後尾に居た隊員の隣に何者かが降り立った。彼が反応するより先に、その無防備な脇腹に拳が突き刺さる。
何かが粉砕される致命的な音が鳴り響き、身体がくの字に折れ曲がった隊員が吹き飛ばされて壁に激突する。
直ぐ様反応した二番目の隊員が振り向くが、それより先にその胴体に強烈な右ストレートがめり込み致命的な音と共に膝を突き吐血する。その様子を見下ろしながら、迷彩服を纏ったメリル=ケラーは息を吐いた。
「この力を得て本気で人を殴ったのは初めてよ。まあ、予想通り大変なことになったけど」
あまりに現実離れした光景に隊員たちは固まり、そしてそれが彼らの運命を決めた。
メリルは躊躇無く蹲っていた隊員の背を掴んで投げ飛ばす。二人が巻き込まれて一緒に壁に叩きつけられ、背骨を粉砕される。
同時に飛び上がったメリルはそのまま踵落としを敢行。一人のヘルメット諸とも頭を陥没させて。
「ばっ、化け物……!」
「子供を拉致、出来なければ殺そうと考えている貴方と私、どっちが化け物よ!」
最後に隊長へ飛びかかり、頭を掴んで思いっきり身体を畳む。隊長は後頭部と踵がくっつくように折れ曲がり絶命。ここに実行部隊の半数がメリルによって仕留められた。
彼女は息を吐き、インカムを弄る。
「終わったわ。そちらは?」
『地下に潜んでいた者達を捕まえました』
「流石ね、ミスター朝霧」
『ティナさんから貰った力のお陰ですよ。荒事は苦手なのですが』
「仕方ないわよ。ブリテンの失態の尻拭いが出来るのは私達だけだったし」
『私は外交官なのですが』
「諦めなさい。じゃあ、後で」
通信を切り、自身が産み出した惨劇を見てメリルは溜め息を漏らすのだった。
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