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二日後、俺は新幹線の長野駅のホームに立っていた。
「あたしに暫く会えないからって泣くなよ」
瑞奈がそっと俺の手を握る。柔らかく温かい感触が心地良く、ずっと握り締めていたくなる。
「本当にいいのか、チームメイトには黙ったままで」
瑞奈の顔色を窺うと、「ん」と視線を逸らした瑞奈が片足を浮かせ足をぶらぶらさせ始めた。
「いいの。みんなには黙ってて」
声がホームに落ち、霧消していく。瑞奈のこの決断にも、きっと色々な葛藤があったはずだ。
「分かった」
瑞奈が俺の腕に手を回し、ぎゅっと締め付けるように掴まった。ぶらつかせていた足をぴたりと止めた。
「ん」
乗車予定の新幹線が入線してきた。ホームドアの上方から風がぴゅうっと吹き、瑞奈の顔が髪で隠れた。今から、俺だけがこの新幹線に乗る。瑞奈は実家にとどまり検査を受け続ける予定だった。
瑞奈からは離れたくなかったが、瑞奈が「帰って」と譲らなかった。
「だって、このまま晴翔くんが帰らなかったら、あたしが病気になったことがバレちゃうし」
そう言われるとつらかった。
正鵠を得た言で、俺は従わざるを得ない。既に何人かのチームメイトがLINEで瑞奈のことを問い合わせてきている。その度にはぐらかしてきたが、いつまでそれを続けることができるか。瑞奈は『里心がついちゃって』と返答しているようだ。
新幹線のドアが開く。何人かの乗客が降り、また乗車していく。慌ただしい雑踏音が、寂しさを薄めようとしていく。発車ベルが鳴りだす。
「ほら、乗った。乗った」
「またすぐに戻ってくるからな。つうか、絶対におまえが東京に戻って来いよ。ご両親が許してくれるのなら、一緒に暮らしてもいい。俺が支える。準決勝もある。勝っておまえを決勝に連れていく。川南澪もおまえを待ってるし」
乗車口で振り返りながら瑞奈の手をもう一度握る。瑞奈が俺以上に力を込めて握り返した。
「川南ちゃんかあ」
瑞奈が遠い目をした。
「約束したんだ。決勝で会おうって。ああ、あたしって約束が多い女だな。一緒に生きるとかさぁ」
微笑んだ瑞奈が、すぐに俺の方へと視線を戻した。駅員のアナウンスが遠くで聞こえている。
「瑞奈」
「晴翔くん」
近くで、いや俺たちのすぐ前で、警告するように笛がピッピッピと吹かれた。続けて「お見送りの人は、下がってください」とも。駅員のマイクアナウンスが忙しない口調で同じ言葉を繰り返していた。
「笛吹かれた。イエローカード一枚」
す、と瑞奈の手が離れる。
「あ」
俺と瑞奈とを断絶するように、ガタガタと音を立てながら新幹線のドアが閉まっていく。窓枠の外で瑞奈がゆっくりと手を振った。
がくん、と大きな揺れが一度あった後、すぐに新幹線が走り出す。
窓枠からあっという間に瑞奈の顔が消えた。駅の風景がとろけるように眼前を流れていき、寸刻も間を置かずに駅外の風景が窓枠を埋め尽くした時、俺は初めて自分が泣いていることに気付いた。