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【桐山side】
「…あ」
誰の、なんのために声を出したかは、誰も分からない。ただただ口から拍子抜けした声が漏れただけ。
なのにどこか自分の声がしっかり芯を持っていて、まるで何かを見つけたみたいに腹から出ていた。
目の前の視界の状況を、脳が完全に処理できるまで、3秒ほどかかる。
ぼやけていた周りの背景も、ちゃんと脳に届いた時には、先程の声が漏れていたのだ。
当然のように、視界のド真ん前にアップの女性の寝顔がある。
普通なら驚いたりするんだろうが、寝起き第一で“声を出して驚け”は拷問に近いだろう。
「…え、…ぁ…あー……なるほどね」
驚きまではいかなくとも困惑はする。そりゃそうだ。起きてすぐに視界が彼女の寝顔で埋め尽くされていたら。
そういえば、こうして机で寝る前に、ミナミに一緒に寝て欲しいとお願いしたんだっけ。
どうしてそんな思考に至ったかはまだ思い出せない。
ここまでの過程に、お前はまだ半分寝ているんだと言われている気がする。
そもそも、ミナミに起こしてもらう予定だったのに、俺が先に起きてしまったという、なんとも言えない感覚があった。
だけど、その寝顔は綺麗に整っていて、ゆっくり体が上下する。
それを見ていると、安心に包まれたような、それでいてどこか遠い存在のような感覚。
起こしてもらいたかったのも事実だが、こうやって誰かの寝顔を見るのも悪くない。
こうしていつまでも見つめていたかった。
でも、時計があるのに気づくとすかさずそっちの方が気になって、自然と目が追う。
…深夜2時半
随分と微妙な時間帯に起きてしまったなと、少し後悔のようなものがあった。
「…はぁ」
ゆっくり顔だけ起き上がらせると同時に、俺はミナミの肩を揺らした。
さすがにここで寝ていては風邪をひく。
「ミナミー、ごめん起きてー。流石にベッド行こう? 」
「っ、…んー 」
「……うん」
その反応を見てすぐ起こすのを諦めた。
だいぶむにゃむにゃだし、多分起きてない。返事に聞こえたのも返事じゃない。寝言みたいなもんだ。
もう一度起こすのもちょっと…言葉では言い表せないが、とりあえず難しい感じだ。
椅子にかけてあったブランケットを取って、そのままミナミにかけてあげた。
そして、自分はと言うと、また眠りにつこうと、寝ているミナミを先程のように見つめながら机に突っ伏した。
ただ、眠りにつこうとはしたが、目を瞑る気がない。寝る気がないのかと聞かれるとそうじゃない。
ただ、なんとなく。目に入れとかないと、落ち着かないから。
「…はぁ」
自然とため息がこぼれた。
今日で何回目だ。何度目のため息だ。
そんな、ため息と心の隙間が溜まる空気の中、何故か頭の中に、あることを思いつく。
馬鹿みたいに純粋で、なんの汚れも無い。小学生でも思いつくようなこと。
「…デート」
独り言が、ミナミの吐息が混じるこの静かな空気に溶ける。
デート。
そんなもの、今までしてこなかったんじゃないかと、ふと思う。
確かに、お家デート的なことはしたとは思う。でも、デートと言うよりか、そもそもお互いの家をデート意識で行き来していない。
となれば、それはデートと呼べるのだろうか。
何でもない日に、何でもない話しながら、何でもない場所を歩いて買い物でも何でも、ブラブラどこかへ、何も考えずに行きたい。
ミナミの寝顔を見ながら、そんな“日常”の一欠片を思い浮かべていた。
すると、さっきまですやすや眠りに落ちていた彼女の瞼が、ゆっくりと開いていく。
今度こそは、しっかりと目の前の彼氏を捉えている。
「……あ、起きた?」
寝起きだからか、ぼーっとしてそうなその柔らかい表情でこっちを数秒見つめる。
…やっぱり、寝起きの顔は、一番安心する。
それは、彼女だからというのに限らず、人間不信になってここ数年、信頼している人が横で安心しきって寝る姿と、眠気に覆われた無防備な寝起きが、なぜか自分を心地よくさせる。
これは癖なのか、ただの保証なのか。
どちらにせよ、日常であるならそれでいい。
もう、1年前みたいに“日常”を取られたくない。壊したくない。終わりたくない。
クズだって日常を求めてもいいだろ?
だよな?
雛
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コメント
1件
うわー、桐山の視点めっちゃ刺さったわ…。深夜2時に起きて隣で寝てるミナミの寝顔見つめる展開、心臓ぎゅってなった。「目に入れとかないと落ち着かない」っていう感覚、めちゃくちゃ分かる。そして「デート」ってポツリ…日常の小さな幸せを求める桐山の心情がじわじわ沁みる。「クズだって日常を求めてもいいだろ?」ってとこ、グッときた。1年前に何かあったんだろうな…今の穏やかさが愛おしくて切ない回だった🔥