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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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    蝉の音がひどく耳障りだ。 感覚が人より鋭い分、その音量は幾重にもなって届いてくるから辛抱ならなかった。

 吹き出す汗があごの先から、ポタリと落ちた。ぬぐった手には二本の清涼飲料水があった。


(俺がこれだけ暑いのだから、炭治郎はもっとしんどいに違いないよな)


    もう下校だから構わないだろうと、制服のネクタイを緩めて、風の通りが良くなるようにした。毎朝立っている校門の前で、待ち合わせている恋人を待つ。

 身なりを整えようと髪に手を伸ばした。想像以上に額から汗が出ていたようで、人より毛量の多い金色は、しとどに濡れていた。


(げっ、炭治郎が来る前に整えないと!)


   善逸は、急いで持っていたポカリはカバンにしまい込んだ。ポケットからスマホを取り出し、カメラアングルを内側に切り替える。

 前髪を指でいじって、整ったところで後ろ髪を確認しようとスマホを顔から遠ざける。

 ふと、カメラの端に見慣れた赤い髪が見えた。好きでたまらない人物の、愛おしい後ろ姿だった。


(わっ! もう来ちゃったの⁉︎)


   善逸がスマホをしまって、体裁を整えようと振り返る。彼の名を呼ぼうとして、息を呑んだ。


「あの! 炭治郎先輩……暑いのが苦手と言っていたので……その、これ!」


   炭治郎と話していたのは、一つ下の学年のカラーリボンを身に纏った、髪の長い女子生徒だった。彼女は、炭治郎に善逸が買っておいたものと同じものを、炭治郎に差し出した。


「ん? 差し入れかな? どうもありがとう!」


   ペットボトルを受け取った炭治郎は、彼女に屈託のない笑顔を見せてから頭をかいた。

 その様子が、善逸にはとても卑しい光景としか思えなかった。



   炭治郎は話しかけてきた女子生徒に別れを告げた。どこであったのかもわからない人だったけれど、優しくしてくれる人を無下にするようなことはしなかった。


「飲み物どうもありがとう!」

「いえ、炭治郎先輩も熱中症には気をつけて下さい!」


   手を振って彼女たちに背を向けた。善逸が待っているであろう校門の脇を見るが、目立つ金髪はどこにもなかった。


(先に待ってるからって、言われたんだけどな)


   カバンの中からスマホの通知音が聞こえた。背後から嬉しそうにはしゃぐ女子の声が聞こえたが、炭治郎はスマホの画面に意識が逸れてしまっていた。


“家で待ってるから”


   ラインのメッセージには、これだけ。端的でぶっきらぼうな口調が画面越しに伝わってくる。

 確かにこの後、善逸の家で勉強をする予定だったが、彼が待ち合わせ場所にいないなんてことは今までにはなかった。炭治郎は要領を得ないで首を傾げた。


(何か怒らせたのか?)


   善逸の家に向かう足が重い。十分もかからないような道が、はるか遠い道のりのように感じる。炎天下の中、炭治郎は肌に張り付く布の気持ち悪さと、感情の見えないメッセージ画面の不気味さに、頭がクラクラしていた。

   善逸の家の玄関に着いた。チャイムを鳴らすが、返事はない。無礼だとは思ったが、玄関の扉を開いてみる。

   音を立てて扉が開いた。中は真っ暗で、明かりのひとつもない。


「善逸? いるか?」


   返事はなく、家の中はひっそりと静まり返っていた。

 仕方なく、炭治郎は靴を脱いで家に上がり込んだ。


「おじゃまします」


   暗い廊下を歩く。軋む木板の音が響いて、唾を飲んだ。善逸の部屋は一番奥の扉だ。冷たいドアノブに手をかけた。


「入るぞ……」


   部屋にも照明が付いていなかった。エアコンと扇風機の首を回すモーター音が響くほか、何の音もしなかった。もちろん善逸の姿も見えなかった。


「善逸?」


   炭治郎は、鼻に嗅いだことのない匂いを感じた。暗くよどんで、むせ返りそうになるようなただれた匂いだった。

 背後を振り返る間も無く、首元に冷たい何かが当たった。


「ねえ、炭治郎。俺だけを見てくれるって言ってくれたの、信じていいんだよな」


   冷たい何かは、指だった。氷のように冷たく、ナイフのように鋭い彼の指が首に食い込んでいた。彼の言葉は、真夏に熟れた果実が破裂したときの匂いに似ている気がした。

 炭治郎は、目だけを動かして善逸を見た。


「答えてよ」


   善逸の顔は冷淡でいて、それでいて嫉妬に狂っていた。答えを急かす彼の言葉に、炭治郎は冷や汗が吹き出し始めているのを感じた。


「もちろん……そうだよ」

「嘘吐き」


   炭治郎は善逸にカーペットへ押し倒された。馬乗りになった善逸が、炭治郎のネクタイを掴んで見下す。


「じゃあ、女子から何もらってんだよ。この色野郎」


   地を這う声だった。炭治郎は息が詰まっていく感覚に、吐きそうだった。

 炭治郎の腕から落ちてしまったカバンの中から、ペットボトルが取り出される。半分の量になったそれを音を立てて振った善逸が、再び尋ねた。


「もらったヤツだよね? 飲んだんだ?」


   炭治郎が小さく頷いた。


「もらったものを粗末にするなんてこと、俺にはできない」

「ふうん……」


   善逸はペットボトルを放って、舌なめずりをした。ぬらりと光るその肉は、艶やかで魅惑的で、危険を放っていた。


「嘘もついちゃうような汚いお口は、俺が綺麗にしてあげないとな?」

「んむっ!」


   唇は強引に塞がれた。ねじ込まれた舌が、口内をあらあらしく蹂躙する。口の端から飲み込めなかった唾液が溢れた。


「んっ! んぁっ!」


   吸われる舌。めまいがする。音が部屋に響いて、逃げたくても逃げられなかった。

 炭治郎の脚は、意味もなくもがいていた。


「むっ……んぅ……!」


   息がうまく吸えずに、目からは涙が溢れていた。肩で息をしなければ、意識が遠のいていきそうだった。

 離れた唇。名残惜しく音が鳴って、やっと部屋の温度に気づく。

 彼も自分も、額に汗が浮かんでいた。


「言うことを聞いてくれない炭治郎。俺の好きな炭治郎。一緒に溶けてくれたら、こんなに嫉妬に狂うこともないのに……」


   善逸の声には悲痛が混じっていた。炭治郎は堪らなくなって善逸の頭に手を添えた。


「溶かして」

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他の追随を許さない素敵な善炭でした!ありがとうございます!😭🙏

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