地球の北米大陸にある大国、アメリカ合衆国。
複雑怪奇で様々な苦難を乗り越えて今もなお超大国として君臨しているこの国では、ある問題に頭を悩ませていた。
数日前、統合宇宙開発局に送られてきた異星人からのメッセージについてである。
統合宇宙開発局の観測で発信源は木星付近であることが判明し、更に宇宙望遠鏡には木星周辺で不規則に動き回る光も撮影されていた。
まるで自分の存在をアピールするように飛び回った末に、信じられない速度で離れていく様子まで観測することに成功したのである。
これらの報告を受けた政府が受けた衝撃は凄まじいものであった。全世界で猛威を振るう未知のウイルスとの戦い、大国が引き起こした戦争と世界に波及した影響の後始末に超大国アメリカ合衆国も疲弊していた。
そんな矢先に異星人からの接触である。政府首脳陣の想いを一言で表せば「勘弁してくれ」である。
合衆国首都ワシントンD.C.。そこにあるホワイトハウスでは連日のように対応についての議論が交わされていた。
何せメッセージの送り主は2ヶ月後に再び来訪すると言ってきたのである。期限はあるが、直ぐに来なかったのは不幸中の幸いだと誰もが安堵した。
「世界がようやく落ち着いてきたと言うのに、今度は異星人からのコンタクトか。この世界はいつからハリウッドになったのだろうね?」
「全くですな、まるでSF映画のような展開ですよ」
大統領執務室。そこにはため息混じりに言葉を交わす二人の男性が居た。
アメリカ合衆国大統領ジャック=ハリソンと補佐官であるマイケル=バンガーである。
二人は幼馴染みであり、幼い頃から二人三脚で手を取り合い数多の苦難を乗り越えて来た。
そんな二人だが、統合宇宙開発局から上がってきた報告書を読み頭を悩ませていた。
混乱を避けるために局員達にも口止めを行っているが、国民に周知されるのも時間の問題であった。
二人は少し休んで会議室へと戻り、対策会議を再開させる。
「既にインターネット上には異星人来訪の情報が流れ始めています。今はまだゴシップ程度ではありますが、国民が真実を知るのも時間の問題です」
「インターネット社会の弊害だな、完全に隠蔽するのは困難か」
報道官の言葉を聞き、ハドソンはため息を吐いた。統合宇宙開発局には様々な国籍の人間が在籍しているのだ。
更に間の悪いことに観測チームの責任者が当初問題を軽視して、情報規制を怠り大騒ぎした結果、部門を問わず大半の職員が知ることになってしまった。当然その中には他国の情報収集を目的とした者も含まれているわけで、全世界が知るのも時間の問題であった。
「下手に情報が流れてはパニックが起きますな」
国務長官が眉を顰めた。異星人との接触が誤った形で流れれば、混乱が起きるのは目に見えていた。
「ある程度は情報を出して無用な混乱を避けるべきだな。後で協議しよう」
「分かりました」
「大統領、来訪の目的などは別にしてどこへ招くかと言う問題があります」
マイケル補佐官の言葉にハリソン大統領は困ったように眉を潜めた。
「その問題があったな。友好的な関係を構築したいから、国連本部か。或いはここに招くのも手だが」
「どの様な乗り物でやってくるか分かりませんからね。国民の不安を煽る心配もありますし、僻地に招くべきでは?」
「それでは外交上の非礼となりますぞ。何もない場所に呼び寄せられたら誰でも怒ります」
「それで相手を怒らせては大変なことになります。やはり歓迎の意を表明する為にも都市部である必要があるのでは?」
懸念を表明したのは外交サイドの官僚達である。異星人との外交と言う前代未聞の仕事を任された彼らは、少しでも配慮に欠ける行動を避けたかった。
「先ほどから聞いていれば呑気なことを。市街地など言語道断、軍事基地へ招くべきではないかね?」
それに異を唱えたのは、国防を担う軍人達であった。
「将軍、軍事基地へ招くとは?」
ハリソンの問いに意見した軍人が眉を顰める。
「大統領、最大の懸念をお忘れか?あのエイリアン共が侵略目的である可能性を考慮すべきですな」
「相手が侵略者であることを仮定して軍事基地へと招くかね?」
「物事は常に最悪を想定せねばなりません。相手が友好的ならば問題はありませんが、謀略の類いである可能性を完全に否定できない以上は備えねばなりません。それに、別に珍しいことではありますまい?国賓を招く際にも軍の施設を使うことはありますからな」
「ははははっ!」
会議室に笑い声が響き渡り、軍人達は笑う人物を睨み据えた。
軍人達を笑ったのは、各分野のエキスパート達、すなわち科学者達である。
「いや失礼、余りにも強気なので笑ってしまった。軍人さん達は統合宇宙開発局の報告書を正しく読んでいない様子だ」
「技術格差については正しく理解しているつもりだが?」
「我々が木星まで無人探査機を飛ばしたとしても数年掛かる。まして有人飛行など月が精一杯だよ。ところが相手は悠々と木星まで来て、しかも僅か数分でやり取りを行える技術がある。残念ながら我々人類では到底太刀打ち出来ない。諸君自慢の兵器も、彼らからすれば玩具だろうね」
「それはそうだろうが、だから備えずとも良いと言う考えには賛同できんな!」
「下手をすれば国民に犠牲を強いる結果になるのだ。慎重にもなるだろう!」
「現実を直視するように言っているだけだ!」
「彼らを刺激することは滅亡を意味するのだぞ!?なぜそれが分からん!?」
軍人達が総立ちとなり、科学者達も立ち上がる。険悪な雰囲気が会議室に流れたが、ハリソンが口を挟む。
「そこまでだ。先生方の意見も分かるし、将軍達の懸念も正しく理解しているつもりだ」
ハリソンの言葉に双方が渋々座る。
「とは言え、期限がある。どの様な対応を取るにしても、急いで決めなければならない。その事は諸君も留意して貰いたい」
ハリソンの言葉に皆が頷いて賛意を示した。異星人の来訪まで2ヶ月余り。準備を考えると楽観できるほど猶予がないことも事実である。
「そこで、ここは専門家の意見を聞いてみようじゃないか。“異星人対策室”室長、君の意見を聞きたい」
会議室の名だたる重鎮達が一人の男に視線を向ける。
それまで腕を組み目を閉じて黙っていた男、ジョン=ケラーは静かに目を開いた。
その心中は「どうしてこうなった」である。
ティナのささやかな好意は、一人の苦労人を爆誕させたのである。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!