テラーノベル
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佑真が去った翌日、学校中の空気が変わっていた。
校門前での一件は、またたく間に尾ヒレがついて広まっていた。――「新しく来た数学教師と、瀬田海里が付き合っている」という衝撃的な噂として。
「……はぁ」
愛梨は放課後の図書室で、山積みの答案用紙を前に深いため息をついた。
職員室に居づらくなり、逃げ込んできたこの場所は、放課後になるとほとんど利用者がいない。静寂だけが、愛梨の波立つ心を落ち着かせてくれるはずだった。
「ため息つくと、幸せ逃げますよ。……まあ、先生の幸せは俺が握ってるんですけど」
不意に背後から聞こえた声に、愛梨は椅子から飛び上がりそうになった。
振り返ると、書架の隙間に海里が立っていた。窓から差し込む夕日が、彼の黒髪を黄金色に縁取っている。
「海里くん……! 驚かさないでよ。それに、今の冗談、全然笑えない」
「冗談じゃないっすよ。おかげで俺、今日一日中『先生とどうやって寝たんだ』って外野から聞かれまくって大変だったんだから」
海里は平然とした顔で愛梨の隣の椅子を引き、勝手に座り込んだ。
「……っ、そんなこと言われたの!? 否定したんでしょ?」
「まさか。……『先生、意外と積極的だよ』って言っておきました」
「ちょっと!!」
愛梨が顔を真っ赤にして立ち上がると、海里は彼女の手首を掴み、ぐいと座らせ直した。
「……嘘ですよ。それくらい言わないと、佐藤に情報が届かないでしょ。あいつ、絶対この学校の誰かと繋がって、先生の様子を監視させてる」
海里の瞳から、悪戯っぽい色が消えた。
「あいつを絶望させるには、先生が俺に『骨抜きにされてる』って思わせるのが一番なんです。……だから、今日から毎日、放課後はここで二人きりで過ごしますよ」
「……二人きりで、何をするの」
愛梨が恐る恐る尋ねると、海里は彼女の目の前にある数学の教科書を指差した。
「補習ですよ。俺、数学は壊滅的なんで。……これなら、誰にも怪しまれない『正当な理由』になるでしょ?」
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