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バタン――
扉が閉じられた音が部屋に響く。
ベッドの端に腰を下ろしたいるまは、まだ震えているみことを腕の中で支えていた。
弟の体温はやけに冷たく、頼りなく感じられる。
「……みこと」
呼びかけると、虚ろな瞳がかすかに動いた。
「……ごめん。俺、また……迷惑かけてばっかりで」
乾いた声。
自分を責めるような響きに、いるまの胸が痛んだ。
「馬鹿」
低く呟きながら、いるまはみことの頭を撫でる。
その手つきは、怒鳴っていた時の激しさとは正反対に優しかった。
「迷惑なんかじゃねぇよ。お前は俺の弟だ。守るのは当たり前だろ」
みことの肩が小さく震える。
涙は出ない。ただ、深い影を落とした顔があるだけ。
そんな時――勢いよくドアが開いた。
「ただいまー!」
こさめの明るい声が部屋に飛び込む。
目に映ったのは、沈んだ空気に包まれた兄2人。
「……なに暗い顔してんの!」
小首を傾げた次の瞬間、にぱっと笑う。
そして、ためらうことなく2人に飛びついた。
「ぎゅー!」
「おわっ……!」
驚いたいるまの腕の中に、こさめが無理やり入り込み、2人を抱きしめる形になる。
「……こさめちゃん……」
虚ろな目をしていたみことの唇から、小さく声が零れた。
「兄弟なんだからさ、笑ってよ!」
こさめは無邪気な笑顔のまま、みことの背をぽんぽんと叩く。
その温かさに、少しだけみことの瞳に光が戻った。
いるまは黙って2人を抱き寄せる。
――この瞬間だけは、壊れそうな弟を守れている気がした。
___
「ふー……」
湯船に浸かりながら、ひまなつは天井をぼんやりと見上げていた。
普段なら完全に脱力して、半分眠りかけている時間。
けれど今夜は、耳の奥にまだ残っている。
――いるまの怒鳴り声。らんとこさめが気づいていたのか分からないが、俺には聞こえていた。
「……ったく。あれじゃ喧嘩腰にしか聞こえねーだろ」
口の端から泡を吐くように、ひまなつは呟く。
兄弟が増えることに戸惑ってるのは自分だって同じだ。
けど、いるまの声にはただの反発じゃなく――必死さが滲んでいた。
守ろうとする焦り。
「……みこと、か」
頭に浮かぶのは、無表情の少年。
初めて会ったときから、どこか心ここにあらずって感じで、笑った顔をまだ見ていない。
ひまなつは片手でお湯をすくい、ぱしゃりと顔にかける。
「……あんま関わるつもりなかったけどな」
けど、放っておけない。
そう思ってしまった自分に、苦笑いが零れる。
「俺も甘いわ」
のぼせる前に風呂から上がり、濡れた髪をタオルで拭きながら廊下を歩く。
ふと足が止まったのは、中学生組の部屋の前だった。
扉の向こうから、かすかに笑い声が聞こえる。
――いるま、みこと、そしてこさめ。
3人で寄り添ってる気配が伝わってくる。
ひまなつは小さく息を吐き、背中を壁に預けた。
「……まずは、いるまの肩の荷を下ろさせないとな」
そう呟いて、自分の部屋へと戻っていった。