テラーノベル
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朝のダイニング。
テーブルに並んだパンと卵、サラダの香りが漂う。
けれど、座っている6人の間には微妙な空気が漂っていた。
いるまは無言のまま腕を組み、みことは小さく背を丸めて視線を落としている。
すちは食器を並べながらも、目線を合わせようとせず。
ひまなつはパンをちぎりながら、相変わらず無言だが――沈黙が余計に重くのしかかっていた。
そんな中、ただ一人、こさめがぱっと明るい声を上げる。
「ねぇねぇ、らん兄ちゃん!この学校って、校庭めっちゃ広いんでしょ?」
突然の問いかけに、らんは一瞬きょとんとして、すぐに笑みを浮かべた。
「ん? あぁ、広いぞ。部活も活発だし、中学の部も高校の部もある」
「へぇー!じゃあこさめ、サッカー部に入ろうかな!でもバスケもいいしなー!」
こさめはパンを片手に大げさに悩むポーズを取る。
「……お前、運動神経あんの」
ひまなつがぼそりと突っ込む。
「なにおー!? こさめだってやる時はやるし!」
こさめが頬を膨らませると、すちの口元にもかすかな笑みが浮かんだ。
「いいんじゃないの。部活はやってみてから決めるのが一番だよ」
穏やかな声が空気をやわらげる。
そのやりとりに、いるまもつい苦笑してしまい、重苦しい沈黙は少しずつ薄れていった。
みことは相変わらず無表情のままだったが――小さく、パンをちぎって口に運ぶ姿に、ほんの僅かな安心があった。
___
食事を終えた6人は制服に着替える。
高校2年のらん・すち・ひまなつ、そして中学1年のいるま・みこと・こさめ。
今日から同じ敷地に通う、中高一貫校での生活が始まる。
両親はというと――すでに新婚旅行へと出発していて不在。
だからこそ、兄弟だけで助け合っていくしかない。
「じゃ、登校案内するか」
らんが玄関で靴を履きながら言う。
「道くらいわかる」
いるまが先走るように言うが、らんはすぐに笑って首を振る。
「お前はまだ新入生だろ」
「チッ……」
「はいはい。まぁ迷子になっても俺が探してやるから」
ひまなつが気だるげに伸びをしながら付け加える。
「迷子って小学生じゃないんだから!」
こさめが元気に笑う。
すちはふと横目でみことを見る。
真新しい制服に身を包んだ彼は、やはり無表情のままだが――足取りは兄たちに合わせていた。
(……大丈夫。ゆっくりでいい)
すちは心の中でそう呟きながら、新しい学校へと向かう弟たちの背中を追った。
___
中高一貫校の校門前。
桜が満開で、春風が花びらをさらっていく。
真新しい制服に身を包んだ新入生たちが次々に門をくぐり、保護者と一緒に記念写真を撮る姿が目立つ。
けれど――いるま、みこと、こさめの3人の隣には、兄たちが代わりに付き添っていた。
「……派手だな」
いるまが呟き、胸ポケットの赤いバラを鬱陶しそうに触る。
「式典ってのはこういうもんだろ」
らんが肩をすくめる。
こさめはぴょんぴょんと跳ねるように門をくぐりながら、
「すごーい!桜めっちゃ咲いてる!ねぇねぇ、写真撮ろう!」
とスマホを取り出す。
「お前、浮かれすぎ」
ひまなつがあきれ顔で言うが、シャッター音が響くと、こさめは満足げに笑った。
___
広い体育館。
壇上には校長や来賓が並び、椅子に整列した新入生たち。
いるまは背筋を伸ばして前を向くが、表情は硬い。
一方みことは――虚ろな瞳で前を見つめたまま、周囲のざわめきにも反応が薄い。
(大丈夫かな……)
すちは心配そうに遠くの弟の姿を見つめていた。
「ただいまより、入学式を開始いたします」
厳かなアナウンスが流れる。
新入生の名前が一人ずつ呼ばれていき、返事が体育館に響く。
「奏 いるま!」
「はい」
低くはっきりとした声が響く。
「奏 みこと!」
一瞬の間を置き、みことはゆっくりと立ち上がる。
声は小さく、けれど確かに届いた。
「……はい」
その声に、すちの視線が釘付けになる。
(……ちゃんと返事、できた)
胸の奥にほっとした熱が広がる。
「奏 こさめ!」
「はーいっ!」
元気いっぱいの返事に、場が和んで一部から笑いが起こった。
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