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海の紅月くらげさん
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第140話 再会の刃
【異世界・転移した学園/体育館・午後】
雨音が、体育館の屋根を容赦なく叩いていた。
白い亀裂の名残は、まだロッカー列の向こうに細く残っている。
そこから漏れた青白い数列が、空気の中で時々ちらついては消える。
空間そのものに、閉じきっていない傷があるみたいだった。
その前で、レアが笑っている。
葛原レア。
だが、以前のレアではない。
身体中を走る青白い数列。
皮膚の上と下を、絶えず何かが流れている。
右目だけが真っ黒で、その縁からは細い影が煙みたいにこぼれていた。
そしてその影が、ダミエの結界の継ぎ目を探っている。
「ねえ、これ」
レアが指先で空気をなぞる。
「前よりずっと、よく見える」
次の瞬間、白い光刃が三本同時に走った。
「〈光刃・第三級〉――展開」
床。
壁。
天井。
三方向からの斬撃が、ダミエの結界へぶつかる。
一枚目が軋む。
二枚目が深く削られる。
三枚目の継ぎ目に、細いひびが走った。
ダミエの目が鋭くなる。
「……増えた」
すぐに両手を開き、体育館の中央へ何本もの結界線を走らせる。
「〈重界・第三級〉――『折り重なれ』」
「〈層界・第二級〉――『囲う』」
見えない板が何枚も差し込まれる。
それだけではない。
生徒たちのいる側と、レアのいる側を分けるように、
透明な壁が網の目みたいに張り巡らされていく。
一本は光刃を逸らすため。
一本は人を守るため。
一本は“影の人型”が紛れ込む経路を切るため。
以前よりもさらに不安定になったレアを前に、ダミエは“戦う”というより、
体育館の中に安全な区画を無理やり作っていた。
「先生。生徒、奥」
低い声。
短い指示。
でも、その一言で教頭も保健の先生もすぐ動く。
ハレルが叫ぶ。
「こっち! 奥へ! 先生の後ろについて!」
サキも生徒の背を押しながら走る。
「明るい方へ! 列、切らないで!」
今は“戦う”より先に、“逃がし切る”ことが先だった。
レアはその人の流れを見て、喉の奥で笑った。
「いいね」
「守ろうとしてる」
片方の黒い目が、ゆっくりハレルたちを追う。
その視線だけで背筋が冷える。
白い光刃がまた走ろうとした、その瞬間――
体育館の入口の向こうで、濡れた靴音が強く響いた。
「リオ!」
サキが息を呑んで叫ぶ。
雨に濡れたリオが、入口に立っていた。
肩で息をしている。
だが目だけはまっすぐレアを見据えている。
レアの口元が、ゆっくり上がった。
「……来た」
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した駅周辺/ホーム・午後】
駅では、アデルとヴェルニ、それに残った術師たちが、どうにか獣影を押し返し続けていた。
雨は相変わらず強い。
外の森は黒い。
だが、駅の照明と補助灯、売店のライトまで使って、ホーム中央の明るさだけは保っている。
ヴェルニが爆風で狼影を吹き飛ばしながら、通信へ吐き捨てる。
「リオ、着いたならそっちは任せたぞ!」
その声に、少しだけ笑いが混じる。
無茶ぶりではなく、“任せる”側の声だ。
アデルは結界を重ねながら、駅の中を見た。
人型の影はまだ見え隠れしている。
完全には片づかない。
だが今は、獣の侵入線をこれ以上広げない方が先だ。
「正面、押し返す!」
アデルの声に、残った術師たちが治療光を重ねる。
雨の中でも、白い光がどうにか線を作る。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/西区・午後】
イルダの街でも、雨は止まなかった。
イデールの班は、通りごとに光の筋を引き直していた。
市場通り。北通り。宿屋裏の路地。
一度明るくしても、雨と影がそれをすぐに曇らせる。
「北側、また猫影です!」
「こっちは兵士型、動きます!」
報告が飛ぶたび、イデールは向きを変える。
おっとりした口調のまま、手だけが早い。
「〈光癒・第三級〉――『やさしい灯を、通りいっぱいに』」
白い光が広がる。
猫影が縮む。
だが、その横で、縛られていた黒眼の兵士の口元がまた動く。
今度は、はっきりと。
「……まだ」
誰も聞き取れないほど小さい。
でも、その声には“別の何か”がいた。
駅で砕かれたサロゲートの片鱗。
それが、兵士の中でまだ消えていない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸東区/車内】
城ヶ峰は移動する車内で、地下中枢の記録と各地の報告を照合していた。
日下部はノートパソコンで表示を整理し、木崎から来る記録も並べている。
「……雨で、全部悪くなってる」
日下部が言う。
「現実側も異世界側も、同じタイミングで」
城ヶ峰は短く答える。
「偶然ではないな」
画面には、黒眼の定着体。
巨大な四足影。
若い警官の写真。
基盤塔の表示。
そして、輪の外周の起動点。
全部が一枚の地図へ乗り始めていた。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館中央】
リオは一瞬で状況を飲み込んだ。
ダミエが何重にも結界を張っている。
ハレルとサキが生徒を奥へ逃がしている。
レアは以前より速く、しかも影まで混ぜて動いている。
「ダミエ! どこが一番危ない!」
リオが叫ぶ。
ダミエはレアから目を離さず答える。
「右側。影が継ぎ目探ってる」
短い。
だが十分だった。
リオは腕輪へ魔力を通す。
最初に放ったのは、これまで通りの拘束魔術。
「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」
光の鎖が、レアの両腕と脚へ同時に走る。
今度は角度を変え、三方向から巻きつかせる。
以前より深く拘束するつもりだった。
だがレアは笑った。
「遅い」
片方の黒い目の縁からこぼれた影が、光の鎖へ触れる。
その瞬間、鎖の一部が鈍る。
そこへ白い光刃が一閃。
「〈光刃・第三級〉――展開」
パキィン、と硬い音。
鎖が簡単に断ち切られた。
リオは舌打ちし、そのまま次の魔術へ切り替える。
「〈風圧・第二級〉――『押し返せ』!」
正面から目に見えない圧が走る。
レアの身体が半歩だけずれる。
その隙に、ダミエが横から結界板を差し込む。
「〈封界・第二級〉――『そこから出るな』」
透明な壁が、レアの進路を一瞬だけ塞ぐ。
だがレアは、その壁ごと笑った。
「そういうの、嫌いじゃない」
次の瞬間、白い刃が結界を斜めに走る。
結界板が二枚裂ける。
裂け目から、影がするりと伸びる。
リオはすぐに魔術を重ねた。
「〈光壁・第二級〉――『弾け』!」
自分とダミエの前に薄い光の壁を出す。
白い刃がそれへ当たり、青白い数列が散る。
完全には止められない。
だが、角度は逸らせる。
「……前よりひどいな、お前」
リオが低く言う。
レアは少しだけ嬉しそうに笑った。
「分かる?」
「前より、ずっと壊れてる」
その言葉の通りだった。
以前のレアにはあった冷たい余裕だけではない。
今は内側が削れ、どこか崩れたまま無理やり立っている感じがある。
その不安定さが、逆に読みにくい。
ハレルは生徒たちを奥へ押しやりながら、その戦いを見ていた。
ダミエが結界を張る。
リオが風と光と拘束を繋いで、どうにかレアの刃を逸らす。
だが、決め手がない。
「急いで! 振り返るな!」
ハレルは叫ぶ。
サキも、最後尾の生徒の手を引く。
「こっち! もう少し!」
どうにか、列の大半が体育館奥へ抜ける。
保健の先生と教頭が受け取り、さらに奥の明るい場所へ誘導する。
――逃がし切る。
ハレルはようやく一瞬だけレアへ向き直った。
その瞬間、レアの表情が変わる。
生徒たちが逃げた。
狙いの“群れ”が、まとまったまま離れた。
それが気に入らなかったのか、片方の黒い目が深く沈んだ。
「……逃がしたんだ」
次の瞬間、レアの体がぶれる。
白い光刃を手にしたまま、一直線にリオへ踏み込む。
「リオ!」
ハレルが叫ぶ。
リオは横へ流れ、風圧を叩きつける。
「〈風圧・第二級〉――『逸らせ』!」
レアの踏み込みが半歩だけずれる。
そこへダミエが結界の箱を差し込む。
「〈層界・第三級〉――『囲う』」
レアの周囲に、立方の結界が二重、三重に重なる。
白い刃がそれへ当たり、ひびが入る。
だが一瞬、止まる。
リオは今度は光の矢を放った。
「〈光矢・第二級〉――『貫け』!」
細い白光が、レアの右目側――影がこぼれる方を狙って走る。
レアは首を傾け、ぎりぎりで避ける。
だが完全ではない。
頬をかすめ、数列が一瞬だけ強く乱れた。
レアの顔が、初めてはっきり歪む。
「……そこ、嫌なんだ」
リオはそれを見逃さない。
「ダミエ! 右目側が不安定だ!」
ダミエが短く頷く。
「……分かった」
二人の連携が、ここで初めて噛み合う。
結界で動きを区切るダミエ。
風、光、拘束を使い分けるリオ。
以前のように一種類の魔術だけではない。
それでも、まだ押し切れない。
レアの光刃がまた三本に増える。
結界が裂ける。
リオの肩口が浅く切れる。
ダミエの壁がきしむ。
ハレルはその戦いを見て、拳を握った。
(俺に、何かできないのか)
ただ逃がすだけ。
ただ守るだけ。
それが必要だと分かっていても、
それだけでは届かない場所が目の前にある。
リオが光を放つ。
ダミエが結界を重ねる。
そのどちらにも、何かがあと少し足りない。
胸元の主鍵が、じわりと熱を持った。
ハレルは、その熱に目を落とす。
レアの刃がまた振るわれる。
リオとダミエが、それをどうにか受ける。
戦いは、まだ続いていた。