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《モルノスクール》
今日は文化祭当日ということもあり、生徒だけでなく、近所の人や親戚、他の町から来た友人たちで会場はにぎわっていた。
廊下には色とりどりの装飾と、どこかから聞こえる音楽や笑い声。
甘いお菓子の香りに、屋台から漂う香ばしい匂いまで混ざり合って、まるで夢の中のよう。
そんな中、ユキたちは一つの空き教室へと案内されていた。
「ようこそ、モルノスクール文化祭へ」
そう言って現れたのは、落ち着いた雰囲気の学生だった。
長い睫毛とすっと通った鼻筋、姿勢も凛としている。
ユキたちの前に立ったその人物は、にこりと柔らかく微笑んだ。
「私は、二年《アリスト科》のプレジと申します。父上からお話は伺っております。本日は、私がご案内いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
そのまま、丁寧に頭を下げる。
今日モグリ邸から同行してきたのは三人の先生。
ウマヅラ、ドーロ、そしてルクス。
「うむ、よろしくお願いします」
「よろしくー」
「よろしくやねんね」
それぞれに挨拶を返すと、プレジは今度はユキたち子供たちの方に振り返る。
その顔は、さっきより少しだけ――子供向けの優しい笑顔になっていた。
「それっ!」
プレジが指を鳴らすと、ふわっと教室の空気が揺れた。
次の瞬間――
「「「「わーっ!!!」」」」
魔法の演出とともに、空中からキャンディの山がふわふわと舞い降りてきた。
子供たちは歓声をあげながら、その場に飛びつくように駆け寄る。
「後で好きなだけ持っていっていいからね?」
「あらー、いいのー?」
「はいっ♪」
「ほらー、みんなー? 飴のお兄ちゃんにお礼を言うねんな!」
「「「「飴のお兄ちゃん!ありがとうー!」」」」
「ありがとうでーす!」
子供たちはちゃんと一列に並んで、両手やポケットいっぱいに飴を詰め込んでいく。
キラキラした笑顔が、教室中に広がっていた。
「さて。では先生方、何か見たい出し物はありますか? こちらが案内リストです。ご希望が決まれば、私にお知らせください。他の生徒と連携して、安全にご案内いたします」
「ほう……これはこれはありがたい。飴に夢中になってる間に、我らはゆっくり見れる訳ですな」
「気が利くわねー」
「流石やわ〜」
「光栄です。では、どうぞごゆっくり。時間はたっぷりございますので……私は扉の方におりますね」
プレジが静かに下がり、教室の扉の前で控える。
一方その頃――プレジのほうへ、金髪を揺らしながらちょこちょこと歩いてくる小さな影がひとつ。
……ユキだ。
「飴のお兄ちゃん、それ、魔法だったのです?」
トコトコと近づいてきたユキの声に気づき、プレジはしゃがんで目線を合わせる。
「うん、魔法だよ」
「すごいですっ! どうやったのです?」
「【転送魔法】っていうんだけど、見たことないかな?」
「てんそうまほう……?」
「そうそう。ものを別の場所に飛ばす魔法さ」
「じゃあ、もっと何か出せるです?」
「出せるよ。……お嬢さんは、何が欲しいのかな?」
「お、お嬢さんじゃないです! ユキですっ!」
ぷくっと頬をふくらませたユキが、ぱたぱたと足を動かして考える。
「えっとねー……お肉っ!」
「お、お肉?」
「うん! ユキね、食べるのも好きだし、お料理も大好きなんですっ!」
その答えに、プレジはふっと優しく笑った。
「ふふ……じゃあユキさんが大きくなったら、最高のステーキを食べさせてあげるよ」
「わぁーいっ! ありがとうですー! ステーキ大好きですーっ!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶユキの頭を、プレジがそっと撫でる。
「ふにゅ♪」
「いい髪の色だね。……実はね、私が恋をしてる相手も、同じ髪の色で――ステーキを、美味しそうに食べるんだ」
「わーっ! おかぁさんみたいな人です!」
「……おかあさん?」
「はいですー! 少ししか一緒にいなかったけど……だいすきなのですっ」
「……」
プレジは一瞬だけ言葉に詰まる。
彼は知っている。この子たちが、どういう過去を持っているか。
売られた子もいる。失った子もいる。だから、ユキの言葉が――胸に刺さった。
「……ゴホン。ユキさん、これは特別だよ? みんなには内緒」
そっとポケットに差し込まれたのは、一枚の魔皮紙。
「なにこれ、です?」
「これはね、【聴覚強化】の魔皮紙。遠くの声や、後ろの方で話してる声も聞こえやすくなるんだ。前に座れなかったときなんかに、使ってみてね?」
「すごいです……ありがとうです!」
そのタイミングで、先生たちがプレジのもとへ歩み寄ってきた。どうやら見学先を決めたようだ。
ドーロがユキを見つけ、少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいませんねー……こーらー、ユキちゃん? 飴のお兄ちゃんに迷惑かけちゃだめよー?」
「かけてないですっ!」
むすっと頬を膨らませながら、ユキは胸を張って答えた。
プレジは優しく微笑んでいた。
「はい、迷惑じゃなかったですよ。……私も、ユキさんと話せてよかったです。先生方、準備は整いましたか?」
「はいー。いくつか危なそうなのは除いて、とりあえず最初は二年生の《マジック科》の魔法ショーを見せてあげようかと思ってますー」
「了解しました。では、行きましょう」
プレジが軽く手を挙げて合図を送り、先生たちも頷く。
「はーいー、みんなー? 移動するよー? 列に並んで、飴のお兄ちゃんについていきましょうー」
「「「「はーいっ」」」」
「ほらほらー、ユキちゃんも並んでー?」
「はいですー!」
ユキが嬉しそうにトコトコと列に戻ると、すぐ隣にいたミイが手を握って話しかけてきた。
「なにしてたのー?」
「へへへ……ひみつ、です!」
「えーっ、教えてよ〜!」
「……ふふ、大人の女は秘密が多いんです」
「えっ、でも私たち、まだ子供だよ?」
「……今は“心が”大人なんですっ!」
ミイがぽかんとしたあと、ぷっと笑って、二人はまた手をぎゅっと握り合った。