テラーノベル
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俺たちクラッカーみたいなものだね、感情の読めない表情で阿部ちゃんが言った。
「どういう意味?」
「放てば、おしまい」
あまりにあっさりしたその言い草に、俺はおかしくもないのに声を上げて笑ってしまった。
二枚舌を今夜絡ませる
シャワーを浴びて、髪を乾かす。証拠は全て、きれいに消さないと帰れない。後を汚さないのが俺たちのルールだ。
普通に考えて、こんなことがバレたらって想像するだけで、胸の奥がムカムカして、吐きそうになる。もしも逆の立場だったなら、俺は確実に死にたくなると思う。
やっぱり二人は仲がいいよね、理想のカップルだね、俺もそんな恋人が欲しいなぁ、そんな風に普段彼らに向かって散々賛辞を吐き出す唇が、隠れて阿部ちゃんの何もかもを貪っているだなんて。
最低だ。
阿部ちゃんを抱きながら、いつもなぜか、阿部ちゃんの恋人にシンパシーを感じて苦しくなった。
よく知る人だから、尚更そう思ってしまうんだろうか。
「こんなに柔らかくして帰って、バレないの?」
「さあ…バレてるのかもね」
「なにそれ」
「浮気してるとは思ってるかもしれないけど、相手が目黒だとは思ってないよ」
そう言って見せる笑顔が、とても妖艶で、思わず齧りつきたくなった。実際は跡なんか残せないから、優しく触れるしかできないのだけど。
どうして、こんなことしてるの?
そう単純に問いかけたい気持ちと、俺が言うなよっていう冷静な気持ちが常に戦っていた。俺は阿部ちゃんのことが好きなんだろうか。そう考える時、答えは決してYESではなかった。
阿部ちゃんの恋人の顔が浮かんでくると、その無邪気な笑顔が可哀想に思えて、胃のあたりが気持ち悪くなった。二人はあんなに仲が良いのに、どうしてこんなことをするのかにわかには理解できない。けれど、その片棒を担いでいるのは紛れもない俺自身だった。
始まった日のことを思い出すと、阿部ちゃんは確信犯だったんだな、と思わずにはいられなかった。どちらからともなく始まった関係、なんてポーズを取っているけれど、どう考えたって、あの時の阿部ちゃんが、そう仕向けたのだ。
『めめはさぁ、一人でする時どうやるの?』
『は? 何それ』
『ただの興味だから。…教えてよ?』
そもそも、二人で飲みたいなんて誘い自体が、今思えば不可解だった。
我ながら、男って本当にバカだと思う。一度火がついたら、止まらなくなるのだから。酒に酔った頭には、阿部ちゃんの甘えた声が心地良かった。
帰りのタクシーの中で、指先を繋いだ。阿部ちゃんは、何も言わないで前だけを見ていたけど、繋ぐ指に力を込めたら、ぴくりと肩が震えた。
タクシーのドアが開けば、俺たちはまた親しく見えない二人になった。
その日抱き合った後、 堕ちる瞬間に似てるのかもね、と、また阿部ちゃんが意味深なことを言った。
「一瞬、フワッて。 堕ちてるのに、飛んでるのと勘違いしちゃう感じ」
この高揚感がそれだって言いたいのだろうか。確かに、そうなのかもしれなかった。まさしく、俺たちは堕ちている最中なのだから。
何度も何度も逢瀬を重ねるうちに、少しずつ俺の中の罪悪感は薄れていった。今じゃもう阿部ちゃんと繋がるのは普通のことで、阿部ちゃんの恋人の顔も浮かんでくることはない。
「あのさ、本当のこと、言っても良い?」
「何?」
「俺、ネコじゃん? でも、あっちも、そうなんだよね」
「…うん?」
「だから俺、本当は抱かれたいんだけど、普段はね、抱いてんの」
「まじか」
「あ、でも、それは別に良くて。逆に、愛してるからこそ、できるっていうか。あっちが喜んでくれるのが俺も嬉しいから」
「そういうものなんだ」
「そう。だから、何が言いたいのかって言うと、目黒がいてくれてちょうど良かったなぁって」
ヘテロなのにね、ありがたい。そう臆面もなく言われると、複雑な気持ちになった。同性である阿部ちゃんとセックスし過ぎていて、自分がヘテロセクシャルなのかどうかすら、もはやよくわからない。
それにしても、ちょうど良い、だなんてさすがにあんまりな言い方だ。俺のことは都合の良いオモチャだとでも思っているんだろうか。俺から言わせたら、繋がることにここまでドライ過ぎる阿部ちゃんは少し怖い。他に繋がれる場所があったらあっさりとそっちへ行ってしまいそうだ。
それなのに、恋人とのセックスは、愛しているからこそできる、だなんて、とても意外な言葉だった。
好きとか愛情とか、そういうのは置いておいて、こんなにもドライな阿部ちゃんからそんな風に特別に思われる彼を、少し羨ましいと思ってしまった。
「いたっ」
腕を引くと、自分で思ってたよりも力が入っていたようで、阿部ちゃんが小さく声を上げた。
「まだ時間あるよね。もう一回、しようよ」
両腕をベッドに押し付けて見下ろすと、あからさまに訝しそうな顔をする阿部ちゃん。
「…いいけど、どうしたんだよ? 変な跡はつけないでよ」
「わかってる」
「いやまじで、勘違いしないで」
「わかってるってば。ていうか、それは俺のセリフだから」
愛とか恋に縛られるつもりはない。
心と身体は別なんだって、阿部ちゃんが教えてくれたことでしょう?
「そもそも何で、恋人にお願いしないの? 阿部ちゃんが思うように、向こうだって、普通に阿部ちゃんを喜ばせたいと思ってるでしょ?」
「……っ」
阿部ちゃんが目を大きく見開いて俺を見つめた。 一瞬、泣き出す前みたいに眉が歪んだけど、それはすぐ睨むみたいに強い眼差しに変わる。
まるでこれ以上は何も聞きたくないとでも言うかのよう、首に両腕が回されて、キス。柔らかくて濡れた薄い舌が深く絡まってくる。濡れた音を立てながら互いの唾液を送り合えば、頭の中は容易く熱に溶かされてしまう。
俺は、ただ欲望にまかせて阿部ちゃんの身体を撫でて、舐めて、穿って、狂った。
きっと、俺たちは嘘つきなんだ。だけどこれ以上ないくらい正直だ。 何が嘘で、何が本当か、もうわからないくらい。
だって、たった今、この瞬間だって。
最低で、最高だ。
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@二枚舌を今夜絡ませる(NEWS)
コメント
5件
悪すぎるけどなんか面白い😏
めめあべ共犯バージョン。勘違いしないでね、て、阿部ちゃん悪い子すぎるだろ。
歌詞を準拠しすぎて思ってたようには書けなかったぁ🥲リベンジしたーい(けど、多分一生しない…) どこに載せるか迷ったけど、ハッピーではないのでここに。