付き合いたてのもとぱ
若井から告白を受け、最近交際を始めた二人。
実は最近、ある悩みが元貴を襲い始めていた。
それは恋人である若井滉斗への「好き」という感情が、あまりにも大きくなりすぎていることだった。
ある日の仕事終わり、元貴は涼ちゃんを呼び出した。
人気のない穴場のカフェで、二人は向かい合って座っている。
涼ちゃんはいつものようにニコニコと笑っているが、元貴の顔はどこか浮かない。
「ねぇ、元貴。今日、なんか元気なくない? 若井と喧嘩でもした?」
涼ちゃんが心配そうに問いかけると、元貴は苦笑して首を振った。
「ううん、喧嘩とかじゃないんだけどさ……。なんか、ちょっと、相談したいことがあって」
元貴の真剣な表情に、涼ちゃんはコーヒーカップをテーブルに置き、姿勢を正した。
その優しい眼差しが、元貴の心を少しだけ和ませる。
「うん、なんだろう? 俺で力になれることなら、なんでも言ってね」
涼ちゃんの包容力のある言葉に、元貴は意を決して、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あのさ、俺…すごく幸せなんだ。若井と付き合って、毎日がすごく充実してる。
……でも、最近、なんかもう、若井が好きすぎて、困るの…!」
元貴の言葉に、涼ちゃんは目を丸くした。
予想外の相談内容に、一瞬、理解が追いつかないようだ。
「……え? 好きすぎて困るって、どういうこと?」
涼ちゃんが困惑したように尋ねると、元貴は顔を真っ赤にして、俯いた。
「だってさ……、今まで誰かをこんなに好きになったこと、なかったんだよ?
四六時中若井のこと考えちゃうし、ちょっと他の人と話してるの見ると、なんか胸がザワザワするし……。
僕…若井がいてくれれば、他には何もいらないって思っちゃうんだ。なんか、自分が自分でないみたいで……」
元貴は、普段の自信に満ちた姿からは想像もできないほど、弱々しい声で本音を吐露した。
彼の言葉は、まさに恋に落ちた少年そのものだった。
「なんかね、若井が僕のこと好きだって言ってくれた時、本当に嬉しかったの。僕も、若井の隣にいたいって思ったし、若井の隣に見合う人になりたいって思った。
でも、滉斗のその『好き』よりも、僕の『好き』の方が、たぶん、すごく大きくなっちゃってる……」
元貴はそこまで言うと、顔を両手で覆い隠した。
羞恥とどうしようもない感情の奔流に、彼はただただ戸惑うばかりだった。
「……なんか、怖くなるんだ。
こんなに好きになっちゃったら、もし…もしも滉斗が僕から離れていったらどうしよう、とか。
俺、ちゃんとミセスのこととか、自分の音楽のこととか、ちゃんと集中できてるかな、とか。
全部、滉斗でいっぱいになっちゃって、なんか、このままじゃダメなんじゃないかって……」
繊細で完璧主義な元貴は、自身の感情の肥大化に一種の恐怖さえ抱いていた。
かつては滉斗の片思いだった二人の恋が、今や元貴の愛情が爆発するほどのものになっている。
その変化に、彼自身が一番驚き、そして戸惑っていた。
涼架は、そんな元貴の様子をただ静かに聞いていた。
彼の瞳には、いつもの天真爛漫な笑顔ではなく、慈愛に満ちた深い理解の色が宿っている。
年上ならではの包容力で、元貴の全てを受け止めようとしていた。
元貴が話し終えて顔を上げた時、涼ちゃんは優しく微笑んだ。
「そっかぁ。元貴は、そんなに若井のこと、好きなんだねぇ」
涼架の言葉が、元貴の胸に温かく染み渡る。
「うん……。自分でも、こんなに好きになるとは思ってなくて……。涼ちゃんなら、どうする?」
縋るような元貴の問いに、涼ちゃんはそっと元貴の手に触れた。
「んー……。俺ね、元貴の気持ち、すごくわかるよ。大切な人ができて、その人のこと、どうしようもなく好きになっちゃう気持ち。
それって、すごく素敵なことだと思うんだ」
涼ちゃんの言葉は、元貴の不安を、少しずつ溶かしていく。
「それにね、元貴。若井はね、きっと元貴がどれだけ若井のこと好きになったって、全然困らないと思うよ。
むしろすっごく嬉しいんじゃないかなぁ。だって、若井も元貴のことすごく好きだもん」
涼ちゃんの瞳は、真っ直ぐで、何の曇りもない。その言葉が、元貴の心に、温かい光を灯した。
「…そう、かな……?」
「うん、そうだよ! 大丈夫! 元貴がこんなに若井のこと好きになったのって、若井がそれだけ元貴を大切にしてくれてるからなんだよ。
それにね、元貴のそんなまっすぐな気持ち、きっと若井も喜んでくれるよ」
涼架はポン、と元貴の肩を軽く叩いた。
彼の言葉は、まるで魔法のように元貴の凝り固まった心を優しく解す。
「もちろん、心配な気持ちもわかるけど…でも、それ以上に、その『好き』って気持ちを、大切にしてあげてほしいなぁ。
それって、元貴にしか出せない、すごく大切な感情だからね。」
涼ちゃんの優しい声が、元貴の心に深く響く。
音楽を創り出す、その感受性の豊かさが、恋愛においても彼を突き動かしているのだと、涼ちゃんは理解してくれていた。
「……、涼ちゃん……」
元貴の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
誰にも言うことすらできなかった深い悩みを、
涼ちゃんは全て受け止めて温かい言葉で包んでくれた。
「だからね、大丈夫だよ、元貴。若井との恋も、バンドの音楽も、元貴が想いを込めて大切にすれば、きっと全部、最高の形になるからね」
涼ちゃんは、いつもの笑顔で、そう言ってくれた。
彼の言葉は、元貴の心を深く癒し、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。
続くよ
コメント
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涼ちゃん女神すぎて尊い