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日が沈む少し前に、ラビック達が帰ってきた。
ラビックはレイブランに掴まり、ヤタールは人間の死体を掴んでいるようだ。
〈ただいま戻りました。姫様のご要望の通り人間の死体を一つ、この者の装備と所持品含めて持ち帰ってまいりました。…運んだのは、ヤタールですが〉
〈あっという間だったわ!ラビックったら、初めてノア様と会った時よりも強くなっていたわ!〉〈直ぐに終わっちゃったのよ!ちょっと人間達に同情したのよ!〉
降ろされた人間の死体に目を通してみる。
顔も含めて、全身を覆うように白い金属製の鎧を身に纏っている。当然だが、身体と一体化しているわけでは無い。少々複雑な仕組みではあったが、ちゃんと外すことができた。金属の鎧に包まれた人間の全貌が露わになる。
人間の表情は驚愕に満ちていて、目を見開いたまま固まっている。
行動や結果はどうであれ、一応は戦士として戦った者だ。最低限の敬意は払おう。手のひらを顔に当て瞼を降ろし、瞳を閉ざしておく。
身体的特徴からして性別は男性だな。外見年齢は肉体の全盛期を多少過ぎ、衰え始める少し前か衰え始めた頃だろう。
この人間の美醜についてはあまり良くは分からない。それぞれの顔を形作るパーツは、均一に揃っているとは思う。
まぁ、それは良いか。私が知りたいのは、彼の所持品だ。
心臓に当たる部分にはラビックの前足より一回り大きい穴が、ぽっかりと開いている。穴の表面は真っ黒だ。高熱を持った何かを押し付けられて肉が焦げたのだろう。
「『炎岩』を纏っての前足で一突き、かな?」
〈はい。『岩刃《ガンソウ》』も併用してみたかったのですが…私の修練が足りず、相成りませんでした。ですが、殆どの者が私の動きに対応することもできずにいました。3体程、私に攻撃を仕掛けようとしていたのですが、油断も容赦もするつもりは無かったので、行動をさせる前に仕留めることとしました。この死体は、人間達の中でも一応は最も強い力と素早い判断をした者です〉
「結局のところ、人間達には何もさせなかった。ということで良いのかな?」
〈はい。何をされたところで問題は無かったかもしれませんが、万が一ということがあり得ます。何もさせないに越したことは無いでしょう〉
やはり、ラビックだけで過剰戦力だったか。分かっていたことだからそれは良い。
もしも私が集落に向かっていたら、集落にも被害が出ていたかもしれないな。ラビックに任せて正解だったのだろう。さて、他の所持品を調べるとしよう。
まずはこの人間の武器となっていた、刃渡りがこの人間の腕2本分はある直剣だ。面白いことに、この剣の刀身には”意味を持った形”が大量に彫り込まれている。
試しに手に取ってこの剣に緑のエネルギーをほんの少し流してみれば、刀身を覆うようにエネルギーの刃が発生して彫り込まれた”意味を持った形”が淡い翡翠色の光を放ち始めた。
何らかの事象が発生していると見て間違いないだろう。多少重量が軽くなっている。
発生している事象はおそらく重量軽減に刀身の強靭化、切れ味の強化と…後は使用者の身体能力の増強、といったところだろう。加えてこの状態ならば、エネルギー由来の事象を切り裂くこともできるだろう。
この剣を見るだけでも、ウルミラが言った通り人間達が事象の扱いに長けていると言うのは間違いないだろう。私達の知らない”意味を持った形”がいくつも刻まれている。石板でも木板でもいいので、後で記録しておこう。
剣だけでこれだけの情報を得られたのだ。この人間の所持品からは、大量の知識を得られそうだ。このまま外した鎧も詳しく見てみよう。
思った通りだ。鎧の内側にはびっしりと”意味を持った形”が刻み込まれている。
試しにエネルギーを流してみたが、胸の中心部をラビックによって貫かれているためか、効果を発揮することは無かった。
おそらく、鎧の強度を上げて重量を下げるような効果を持っていたのだろう。事象に対する耐性も上昇したのかもしれない。
各々の部品ごとに効果があるわけでは無く、鎧一式揃ってようやく効果を発揮できるようだ。多少不便かもしれないが、その分、効果は大きいのかもしれない。こちらの”形”も後で記録しておくことにしよう。
さて、次は所持品だ。まずは鎧の腰に取り付けられている、皮を加工して作られた箱の中身を見てみよう。
箱の中には、おそらく砂を溶かして再び固めて作ったであろう透明な縦長の容器(十中八九、ガラスだろう)が5本入っていた。容器の中には黄緑色の液体が3本と、青色の液体が2本入れられている。
蜥蜴人《リザードマン》は人間達には強力な回復手段があると言っていたので、これ等もその類の道具なのだろう。
見た限りでは、黄緑色の液体が生命力を、青色の液体がエネルギーを回復させる効果があると思う。どのようにして作られているのかは、一見しただけでは解りそうも無い。
ウチの子達は皆、高い回復能力を持っているのであまり有用性は無いかもしれないが、念のために取っておこう。
では、他の所持品を見てみよう。
人間の首に欠けられている楕円形の首飾りを手に取ってみる。簡単な細工が施されているようであり、盛り上がっている部分が蓋となっていて口を開けるように蓋が開くようになっている。
蓋の内側には、幼い人間の上半身の絵が描かれていた。この人間の顔が最も印象づいて見えるように描いてあるのだろう。外見的特徴から判断するに、性別は女性。少女だろう。
この人間の娘なのかもしれないな。だとすれば、この人間は家族を大切にしていたのだろう。
だが、家族を慈しむことができるというのであれば、自分達が襲っている相手が集落である時点で、相手にも家族がいるという事実に気付くべきだ。そこで引くことができれば、この絵の少女を悲しませることも無かっただろう。
もしも分かっていて襲っていたというのであれば、最早私から見て情状酌量の余地は無い。自分達以外はどうでもいいという、自分勝手な連中だったというだけの話だ。こちらとしても始末するのに躊躇は無くなる。
尤も、自分勝手なのは私達も変わらないかもしれないが、森の中では森の掟、勝った者が全て、に従ってもらう。
この首飾りには、特に特別な効果は無いようだ。
尤も、慈しむ相手を思うことでこの人間の士気を上げることには役立っていたのかもしれない。まぁ良い、他の所持品を見てみよう。といっても、残りの所持品はこの人間の衣服ぐらいなものか。
人間の衣服は布製だな。繊維は植物性だろうか?細かく編み込まれている。
不思議なことに、衣類には汗こそしみ込んではいるが、老廃物等の明確な汚れは確認できない。どういうことなのだろうか?ちなみに、フレミーの作った布と比べると、あまり触り心地は良くない。
思い返してみれば、フレミーが作ってくれた私の服に、汚れがしみ込んだことは一度も無い。私が老廃物を出さないということも理由の1つなのかもしれないが、砂埃や雨によって出来た泥が稽古中に掛かったとしても、衣服にしみ込まずに流されている。それでいて、いつまでも心地良い肌触りをしているのだ。
そう考えてみれば、フレミーの作ってくれた服はとても上等な衣服なのだろう。改めて感謝だ。
一通り目に付いた人間の所持品を調べてみたところ、一つの疑問が生じた。私の予測では人間達は森に採取に来ていた筈だ。では、採取した物は何処へ行ったのだろうか。ラビック達に訊ねてみよう。
「ラビック、人間達に大きな荷物を持っている者はいなかった?」
〈はい。皆、この者とほとんど同じく、鎧と武器ぐらいしか所持していませんでした〉
「レイブラン、ヤタール、人間達の拠点のような場所は空から見て見つかった?」
〈何も無かったわ!アイツ等何処で寝泊まりしてたのよかしら!?〉〈何も見つからなかったのよ!でも何かを焼いた跡はあったのよ!〉
全員大荷物を持っていない?しかも拠点と思われる場所も無かった?だが、何かを焼いた痕跡はあったと。野営自体はしていたのか?
ならば、その野営のための道具は何処へ?人間達が斃した蜥蜴人達はどうなったのだろうか?その場に放置した?そんなことがあり得るのだろうか?
「集落にはどのくらいの蜥蜴人がいたか、覚えてる?」
〈おおよそ100程です。人間達の襲撃に遭う前は、500程は居たと。聞いたところによりますと、斃されてしまった蜥蜴人達は皆、人間達に吸い込まれるようにして消えてしまった、とのことです〉
吸い込まれるように、か。この人間も、同じように斃した蜥蜴人を吸い込んだのだろうか?
瞳に『看破』の意思を乗せたエネルギーを送り、人間の死体をじっくりと観察する。
死体の中心部に、空間の歪みがあるな。もしかして、空間を制御して別空間に道具や生活用品等を収納しているのだろうか?だとしたら、採取物や斃した蜥蜴人もその中に?
歪みのある空間に向けて『解放』と『放出』の意思を乗せたエネルギーを送り込んでみる。
〈うわぁっ!?なんかいっぱい出てきた!?〉
〈人間とは、随分と便利な事象を使いこなすものだな〉
〈蜥蜴人の遺体が集落に一つも無かったのは、こういうことですか〉
読み通りだ。
空間にほぼ黒に近い紫の穴が開き、そこから勢いよく大量の道具や蜥蜴人の遺体が飛び出してきた。蜥蜴人の遺体の数は、10を超えている。
見たところ、死体はどれも蜥蜴人の戦士のようだ。いずれも死体になってから真新しい状態なので、別空間では時間の経過が非常に緩やかか、あるいは停止しているのかもしれない。蜥蜴人の遺体は今度、彼等の集落に返してこよう。
ラビックはこの人間が最も強く、判断も早かったと言っていたし、人間達の長のような立場だったのだろうか?飛び出してきた道具の中に、野営や就寝するための道具などは見られない。
飛び出してきた物は、何らかの液体が入った不透明な茶色いガラス容器が5つ、動物の皮を加工して作られた袋が大小それぞれ合わせて5つ、土をこねて焼き固めて作られた私の拳ほどの大きさの容器が2つ。そして、植物の繊維を集めて作った極薄の板を厚みのある皮で束ねてまとめられた物が一つある。
私の知識によると極薄の植物の繊維による板は紙であり、それを束ねてまとめたものは何らかの情報の記録媒体、書物という物らしい。これらは、森に来る前から持ち込んできた物なのだろう。
他には、森の浅い部分で採取したであろう様々な草、花、果実、種子だったり、その辺りにいくらでも転がっていそうな石や、森の住民達からはぎ取ったであろう身体の一部が大量に出てきた。
植物を採取したり、住民達の身体をはぎ取るのはまぁ、分かる。草も花も何らかの材料になりそうだし、はぎ取られた身体の部位は頑丈そうに見えるので、装備だけでなく建築材料にもなるのかもしれない。もしかしたら、植物は、先程調べた回復液の材料になるのかもしれないな。
だが、石が分からない。
何故、こんなものが大量に入っていたのだろうか?私にとっては大したものでは無くとも、人間達にとってはこれも重要な資源なのだろうか?
立場があると思われる人間が大量に持っていたのだから、多分そうなのだろう。
後は、元々装備していた武具よりも質が劣る剣と鎧、持ち手の付いた丸みを帯びた金属の板、つまりは盾が入っていた。
剣の刃渡りは腕1本半ほどだし、剣にも鎧にも”意味を持った形”が刻まれていない。おそらくは予備の装備といったことろか。この辺りは気にする必要は無いだろう。
思った以上に所持していた物が多かったな。
さて、人間の所有物、何から調べようか?