流石に立場上、狩られるまではいかないと思う。それでも、非常に鬱陶しい監視や制約が発生するのは間違いない。恐らく現場にも立てなくなる。この歳で隠居だなんて、ちょっと勘弁してほしい。やりたいことも、やらなきゃいけないことも、まだ何もやってないのに!
唸るしかないフレディに、アーウィンは満足そうな表情を浮かべる。その後、「推論」に話を戻した。
「策の犯人を知ってレナがどう反応をしようと、アーシュラには大した問題でもないだろう?受け入れればよし、拒むならねじ伏せて血を頂けばいいだけだ。例えレナが怒り狂うと分かっていても、回避するほどの脅威じゃない」
「でも、結果は違うでしょ」
悔しかったので、仕返しにその反論を素っ気なく遮る。
「たぶん、アーシュラは油断してた。抵抗されることは予測済みでも、姉ちゃんが自分に牙を向くとまでは思ってなかったんだ。彼女はどれだけ姉ちゃんにとって友達の存在が大きいこと、まるで分かってなかった。姉ちゃん本来の性格も。分かってたら、アーシュラが油断して死んだはずない。だけど分かってなかったんなら、友達を犠牲にするのが効果的だなんて気づくはずない。そうやって考えると、矛盾するよね?てことはつまり、やっぱりあんたの発案なんだよ。そんで、これはあんたのシナリオなんだ。大体思った通りなんじゃない?」
彼は興味なさげな顔で、窓の外に顔を向けた。
「でもさ、どうしても不思議なんだよねー」
答えが返ってこないことを確信しつつ、フレディは天井を仰ぐ。
「なんであんたはそこまでするわけ?」
冥使は普通人間よりも身体能力に優れ、個体差はあるものの霧化や催眠の能力などを備えている。しかし、央魔はそれらの能力を有しない。そのため強力な血を与え、呪縛することにより他の冥使を隷属化してその身を守ってもらう。それが守り役と呼ばれる、央魔の血に縛れた冥使だ。アーウィンの行動は守り役のそれに近い。
だが守り役は、あくまで央魔が血を与えてから生まれるものだ。ヒナを央魔にしようと画策する守り役などあり得ない。それにただ単にレナ個人を募っているのなら、彼女の無事や生存を一番に持ってくるだろう。
それしてはアーウィンの行動は、ひどく乱暴なところがあった。例えレナが傷ついても最悪、死んだとしても構わないとでも言うような。央魔になること以外の選択肢を排除しているようにも見える。
どうしても央魔が欲しかった二人。それでも根本が違う。央魔なら誰でも良かったアーシュラに対し、アーウィンにとって央魔になるのはレナでなければならなかった。恐らく彼女のためではなく、自分のために。そこまでさせる「レナ」はいったい。
フレディは一番聞きたかったことをようやく口にする。
「姉ちゃんって……何者なの?」
「…………」
窓際にたたずむ背中は揺れない。
冥使は基本的にあらゆるものに対して、ひどく無関心だと言われる。冥使だからと言って、仲間意識を持つこともない。人間だからと言って、敵対意識を持つこともない。食物連鎖の関係上、人間とは敵対するがただそれだけ。そんな淡白な冥使が一人の少女にこだわっている。そこには必ず何かがある。レナに固執する理由が。そして、彼女が央魔でなくてはいけない理由が。
突然黒い背中が呟いた。
「別に、央魔が欲しかったわけじゃない……」
「……えっ?」
漆黒の瞳がこちらを振り返る。昼時だというのに、窓辺には深い闇があった。
「央魔になれるということは、一つの要素にしかすぎない。ただ、あれはそうであるべきだ。あれには、そのほうがふさわしい。あれは特別なのだから」
言葉に熱がこもり、フレディを見返す目が赤く変わる。
「お前は所詮、名を継いだだけ。だが彼女は違う。あれは」
身を思わず固くした。だがアーウィンはそこまで言うと、ふっと言葉を切る。同時に目の色が黒に戻った。
「こちらにも聞きたいことがある」
先程までの熱は消え失せる。どうやらそれ以上話す気はないらしい。
「なに?」
「次期大老師がなぜ、こんなところを一人で彷徨いている。護衛はどうした」
「あは、護衛なんて元々ついてないし」
「護衛がいなくても、その歳で単独行動は許されないはずだ。それともお前は特例なのか?」
「ホントによく知ってんねえ、”村”のこと」
驚きを隠して、にこやかに首をすくめた。
「ま、今回はいろいろあってさ。俺子供だし優秀だし、ちょっと権力あるしねえ……」
思わずため息混じりになってしまう。我ながら、煙たがられてる要素が見事に揃っていると思う。それでも実際には、それが原因で嫌な思いをすることはあまりない。
職業柄、祓い手たちは実力主義の人間が多い。何よりフレディは”村”で育っているから身内の如く思ってくれていた。可愛がってくれる人の方が多い。たまには、最初から好意以外の感情を持って迎えられることもあるのだ。
挑発に乗って単独で動いたことは、ものすごく反省しているが後悔していない。いつも通りチームと行動を共にしていたら、恐らくレナやアーウィンももっと早い段階で狩られていた。思い返せば、不思議な気持ちになる。
滅多にない拒絶反応に遭って、いつもは気にならないことが気になって普段なら取らない行動に出た。そしてレナと出会い、冥き場所へと還り、再びこの世界へ戻ってきた。何か一つでも欠けていたら、きっとここにはいない。
世界は繋がり、そうして回る。自分がここにいることも、いつかどこかで誰かへと繋がっていくのだろうか。できれば、それが良いことであると思う。
彼は聞くだけ聞くと、特に反応することもなく再び窓の外へ目を向けた。フレディはその横顔を眺める。授血もされていないのに、央魔に従う冥使。”村”にも通じている。正式な守り役ではない以上、彼は保護対象にならない。狩るべきか。
その時、ぴくんと眉が動いた。それを見てフレディは、状況を察する。
「あ、起きたみたい?」
天井を見上げた。その向こうには、レナの部屋がある。
「んーっ!じゃ、眠り姫におはようを言いに行きますかあ」
彼は思い切り伸びをすると、ソファから立ち上がった。
「でも、まいったな。俺、どんな顔して姉ちゃんに会おう?感動的に別れちゃうと、その後会うの照れるよねえ」
「一つ言っておくが」
「ん?」
アーウィンは顎を上げ、尊大な態度で命令する。
「レナは目覚めたばかりだ。消耗もしている。あまり驚かせないでもらおう」
「え。そんなこといったって、死んだ人間が生き返ってたらどうやっても驚……」
「善処しろ」
「頑張りマース……」
ベッドに白い肌の、小さな少女が眠っている。唇だけがやけに赤い。音もなく瞼を開くと、琥珀の色の瞳がふわりと赤く光った。