――部屋の窓から朝日が射し込む。
その暖かい光の中で、私は目を覚ました。
「ふわぁ~、朝だー……」
時間としては6時過ぎ。
乗り合い馬車の出発時刻は7時だから、ゆとりはそこまで無い時間だ。
眠たい目をこすりながら、身支度を済ませてから部屋を出る。
「おはようございます、アイナ様」
「うわああぁっ!?」
部屋から出た瞬間、すでに身支度を済ませたルークさんに声を掛けられた。
まさかのタイミングでの登場に、油断していた私はとても驚いてしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
ルークさんは慌てて言葉を繋ぐ。
「あ、いえ、ごめんなさい。
誰もいないと思っていたので、ちょっと驚いてしまって」
胸に手を当てながら、呼吸を整えつつルークさんに答える。
「そうでしたか、申し訳ありません。
では、明日からはもう少し離れたところで警護させて頂きます」
……え、警護?
「えぇっと、ルークさん?
警護って、何のこと?」
「アイナ様が怪しい連中に襲われないように、部屋の前で警戒に当たっていました」
「……え? 何で?」
野営ならともかく、宿屋の中でそういうのって必要?
というか――
「もしかしてルークさん、一晩中そこにいたんですか?」
「ははは、そんなわけないじゃないですか」
ルークさんは、笑いながら否定する。
ですよねー、良かったー。
「当然のことながら、宿屋の外も2時間に1回、見回りましたよ」
ちょ、ちょっと待てーっ!!!?
「な、何でそんなことやっているんですか!?」
「それはもちろん、アイナ様をお護りするためです」
ルークさんはきょとんとしながら、平然と答えた。
「私を一生護ってくれる……というのはありがたいんですが、これはちょっと違う気がします!」
「え? そうですか?」
「多分、もうちょっと大局的な観点かと思いますよ!
ほら、他の誰かと対立してるときとか、私の周りがみんな敵になっちゃったときとか!」
「ふむ、日々の警護は不要ということですか……。
それでは、明日からは違うことをしていますね」
「ちゃんと寝てくださいよ!」
「分かっています、ご安心ください!」
ルークさんは胸を叩きながら、力強く言ってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、私たちは宿屋の食堂で朝食を取ることにした。
メニューは野菜が少し入ったスープとパン、それにベーコンみたいなお肉。
私には十分な量なんだけど、ルークさんには足りるのかな?
「ルークさんって、その量で足りるんですか?」
「……もう少し……あ、いえ、腹八分と言いますし、大丈夫です」
おかわりは用意されていなそうだし、昼食でたくさん食べてもらおうかな――
……と思ったところで、私はあることに気付いた。
「ところで、ルークさんと私って……結局どういう関係なんですか?」
「アイナ様は私の主です。私はアイナ様の従者です。
つまり、主従関係になります」
「ですよね、うん。
昨日の流れからして、そうなりますよね」
私は納得のいったように頷いた。
「それが何か?」
「ああ、いえ。
これからの旅費や食費ってどうするのかな、と思いまして」
「そ、そうですね」
私の言葉に、ルークさんはびくっとする。
「今までの話であれば、私がルークさんの分も出さないとな……って、そういうことです」
「しばらくの間なら蓄えはあるのですが、これからずっととなると……そうですね」
ルークさんは、どこか緊張した面持ちで答える。
「ちなみに今更ですけど、クレントスには戻らなくて良いんですか?
騎士のお仕事、ありましたよね」
「大丈夫です。辞めてきましたので」
「え?」
……ただ、昨日の話を聞いている限りではそれは当然のことだった。
数日の休みを取っただけで、一生護る……と言えるはずもない。
「でも、同僚の方は非番だって言ってましたよ?
出発した日に挨拶に行きましたけど」
「あれは口裏を合わせてもらっていて……。
それと、アイナ様には断られるだろうと……上司に辞表を預かられているんです」
「えぇ……。
それじゃ、やっぱり帰ります?」
「いえ、もし受け入れられたらそのまま行ってこい、と言われました。
どこかのタイミングで報告の手紙は出しますが、クレントスには戻らないつもりです」
……理解のある職場だなぁ。
いや、職場としてはルークさんを手放したくないから、かなり譲歩した……って感じなのかな?
つまりルークさんは、やっぱり色々と捨ててきちゃったんだね。
全部が全部、私のためではないかもしれないけど……そこまでしてくれるのであれば、私も報いてあげないといけないな。
「――うん、大丈夫です。
ルークさんの食い扶持くらい、私が稼ぎますから!」
「申し訳ありません……」
「何の何の!」
主が稼ぐ、というのは当然のことだ。
私はまだまだ駆け出しの身だけど、お金の心配はしないように考えていかなければ――
「……ついでと言ってはなんですが、ひとつお願いを聞いて頂けませんか?」
「お願い? なんでしょう?」
「私はアイナ様の従者です。つまり、下の者になるわけです。
私に対しての敬語と、呼ぶときの敬称をやめて頂けないでしょうか」
……むむむ、そう来たか。
「いやぁ、どうにも慣れないんですけど――」
「始めなければ、何事も慣れません。
どうか、よろしくお願いします」
うぅーん……。
でも、ルークさんの言うことも一理あるからなぁ……。
「――え、えぇっと。
それじゃ、ルーク……、で、良いの……かな?」
たどたどしく言う私に、ルークさん……もとい、ルークの顔が明るくなった。
結果的にはそういう関係になっちゃったわけだし、これは仕方のないことか……。
とりあえずそう思って、私は諦めることにした。
「はい、ありがとうございます!
今後はそのようにお願いします!」
「あ、でもね?
必要があれば敬語を使いま……使う、からね? ほら、立場を誤魔化すときとか!」
「そういう場合は問題ないかと思います!」
そんなときのことまで考えてるとは、さすがアイナ様!
……そういう顔をしながら、ルークはうんうんと頷いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴトゴトゴト……。
馬車は細かく揺れながら、街道を走る。
「ルーク、これからのお話をしたいんだけど、良いかな?」
「はい、喜んで」
私はクレントスで買った地図を出して、ルークと一緒に覗き込む。
「王都まで一気に行くつもりだったんだけどね。
所持金の都合で、途中の……鉱山都市ミラエルツに滞在しようと思うの」
旅費と食費が2人分になるのは想定外だったため、途中の街で金策をしたくなったのだ。
それに、鉱山都市って言うくらいだから……色々な金属をゲットできるかもしれないし。
「なるほど、とても良い考えだと思います。
この街は鍛冶屋も多いですし、装備を整えるにも良い場所ですよ」
「へー、ルークは行ったことあるの?」
「はい、仕事で年に1回くらいは行っていました。
少しがさつな連中が多いですが、私がいるのでご安心ください」
「あはは、頼りにしてるよ」
……鉱山都市ミラエルツに到着するのは、明後日の夕方頃。
今日の夜は野営らしいから、そこはちょっと踏ん張りどころかな。
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