テラーノベル
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だが、ここで怯むわけにはいかない。蓮はあえて椅子に深く腰掛け、余裕を演じながら口を開いた。
「さぁ? 僕にはわかりかねますね。事実ではないことを公表すると言われて、僕らも大変迷惑しているんです。兄からも言われませんでしたか? あの記事はでっち上げだと。確かに僕は人との距離感が少しおかしいと自覚していますが、スキンシップの一環がそう見えたのなら、あまりに短絡的ですよ」
「ほぅ? 小鳥遊くんの寝室から君が上裸で出てきた動画が出回り、そこから一気に数字を伸ばしたようだが、あれもスキンシップだと説明する気かね?」
「あぁ、あれですか。恥ずかしながら前日に飲みすぎてしまいまして。服を汚した僕を彼が介抱してくれただけですよ。前後不覚になるまで飲むなんて、いい年して情けない。動画内で小鳥遊くんがそう説明していたはずですが、ご存じないのでしょうか?」
「……チッ」
犬飼の舌打ちが小さく響いた。余裕の仮面に走った僅かな亀裂を、蓮は見逃さない。
「まさか事実を捻じ曲げて記事にするつもりじゃありませんよね? 証拠が必要ですか? 実はお恥ずかしい話、僕、すごく酒癖が悪いんです。……酔うと見境なく『キス魔』になってしまうんですよ。だから、あんな写真が撮られたんでしょうね」
「ハッ、そんな見え透いた嘘を――」
「嘘じゃないぜ!」
それまで黙っていた東海が、絶好のタイミングで身を乗り出した。
「このオッサン、マジで酒癖悪くてよ。酔っ払うと誰彼構わずキスしだすんだ。危険すぎて俺たちじゃ手に負えねぇから、いつもナギにガードさせてるんだよ」
「じ、実はアタシも……」
「え? 姉さんにまで? ……実は私も一度……」
美月と弓弦までが神妙な顔で合わせる。獅子レンジャー全員による「嘘のスクープ」の波波攻撃。 蓮は自分の手をギュッと抓って、吹き出しそうになる表情を必死に堪えた。
「というわけで、あの記事をどうしても出すというのなら、こちらも相応の法的措置を検討します。一時的な売り上げと引き換えに、御社の評判をガタ落ちさせても構わないというのなら……どうぞ、ご自由に」
犬飼が顔を顰め、黙り込む。押し切れる――そう確信した瞬間、廊下が騒がしくなった。
「お客様、困ります! 今は接客中で……!」
「ごめんなさい! 中の人に急用があるんです!!」
勢いよくドアが開く。飛び込んできたのは、肩で息をする東雲だった。
なにやら廊下が騒がしいと思ったらノックもなしに応接室のドアが勢いよく開いた。
「何の騒ぎだ? 今は……」
苛立った犬飼の怒声と共に飛び込んできたのは息を切らした東雲だった。
「はぁ、はぁ……遅くなったけど、例の資料……。俺に出来るのは此処までだから……」
警備員に両腕を掴まれ、部屋から引きずり出される直前に東雲は封書を投げて寄越した。
後は頑張れ。と、言わんばかりの表情で親指を立て、警備員に連行されていった東雲に心の中で感謝の言葉を述べると、蓮は落ちた封書を拾って中身を確認し、犬飼に向き合った。
「すみません。彼、僕の古い友人なんです。どうしても今回の件が納得いかないって言ってて。……それより犬飼さん。僕と取引しませんか?」
「なんだと? 取引……?」
東雲のお陰で犬飼を丸め込む材料は揃った。後は、この男が乗ってくれるかどうかだ。
「あまり友人を売るような真似はしたくないんですが……」
出来る限り神妙な顔と声色で、躊躇いがちに此処に来る前にプリントアウトしたMISAと莉音の写真をそっと差し出す。
「僕と小鳥遊君の記事を取り消してくれたら、もっと面白い情報を提供して差し上げます」
「ハッ、彼らの噂はまことしやかにささやかれていたからね、今更インパクトは薄いだろう。バカにして貰っちゃぁ困るよ御堂君。何年この業界でやって来てると思ってるんだ、優先順位的には彼らは後だよ」
案の定、犬飼は写真を見ると難色を示した。寧ろ、馬鹿にするなとでも言いたげな態度に腹が立つ。それはそうだろう。普通の男女の恋愛なんて読者は見飽きている筈だ。MISAも人気女優の一人ではあるが国民的スターと言うほどではないし、莉音に至っては既婚者とはいえただのアクターだ。 蓮たちのお陰でアクターにもスポットが当たり始めたといっても、まだまだ知名度は低い。
もっとセンセーショナルな情報の方が食いつきがいいに決まっている。
だがそれも想定内だ。
「……そう、ですか……。では、この情報はご存じですか?」
残念そうに溜息を吐いて、改めて東雲が持ってきた資料を開いて提示する。
そこには、彼ら二人が現在放送中のドラゴンライダーの撮影中に演者の子供たちに暴言を奮ったという何人かの証言と、写真、莉音がスタッフの態度が気に入らないと高圧的な態度を取り、器物を破損している所、それと1本のUSBが添えられていた。
「……な、なんでこんなものを……」
「業界内では有名な話ですよ。彼、気性が荒いんです。それに、ここに居る草薙美月さんに確認したら、MISAさんは大の子供嫌いだというじゃないですか。実際に泣いている子役を見たこともあって、気になったのでたまたま探偵をやっている友人に調べて貰っていたんです」
チラリと東海と美月に視線を送れば、ハッと気が付いたように美月が前に進み出た。
「そうよ! MISAさんは子供が嫌いみたいで……オーディションで何度か会ったけど、小さい子供がいるのに歩きたばこしてたり、それを咎めたら暴言を吐いたりして怖かったのを覚えてる」
「莉音さんは確かにすげぇ人ですけど、怒らせるとヤバいって俺らの間じゃ暗黙のルールみたいなもんだあるんだよな……」
美月と東海が援護射撃をしてくれたおかげで、犬飼の顔色が変わった。その目は確実に写真に写っているUSBに向けられている。これはいけるかもしれないと蓮は次の一手に出ることにした。
「犬飼さん。子供番組に出演している女優とアクターの蜜月関係に加えて、この暴挙……どう思います? 彼らは狡賢いので今まで上手く掻い潜って来たみたいですが……。僕らの記事よりずっと話題になると思いませんか?」
神妙な面持ちで犬飼を見れば、ほんの一瞬の迷いが見て取れた。
「……私の一存では決められん。少し、考えさせてくれないか。その間だけ、君達の記事は保留にしておく」
「そうですか……。では、この資料は一旦持ち帰らせて貰いますので」
「なっ!?」
「当然ですよ。僕らの記事を取り下げてくれると確定したらお渡しします」
犬飼の手元から資料を奪い、流れるような仕草で封筒にしまい込む。ニッコリと悪魔のような笑みを浮かべた蓮に、犬飼は苦虫を嚙み潰したような顔で呻いた。
「あ、そうそう……。もう一枚入ってたみたいです。こちらは貴方に差し上げます」
「……な……ッ」
封書の中から、別の写真を取り出して犬飼に差し出す。それを見た途端、彼の顔色が一変した。
「編集長が浮気なんて、いけませんね」
犬飼にしか聞こえない低い声で耳元に囁く。そこに映っていたのは、犬飼と若い女がホテルから出てくる瞬間を収めたものだった。
「き、君は私を脅す気か!?」
「いやいや。人聞きが悪い事を言わないで下さい。僕は仲良くしたいと思ってるんですよ? ――貴方が記事を取り下げないというのならこの写真……あなたの奥様に送り付けようかと思いますが構わないですか?」
「……クッ。…………、わかった。少し、考えさせてくれ」
「そうですか。わかりました」
ニッコリと人好きのしそうな笑みでそう言うと、席を立つ。応接室の時計をチラリと見れば、もうじき30分になろうかというところだった。
「丁度時間になったみたいだし、そろそろ僕らは失礼します。いい返事を期待していますよ。犬飼さん」
恭しくお辞儀をして、部屋を出る。様子を伺っていた社員たちに人好きのしそうな笑みを返し、編集部を後にした。
念のため、犬飼の周辺情報も調べといてくれと頼んでおいてよかった。
東雲には人遣いが荒いだの、無茶ぶりばかりだのと散々文句を言われたが、きっちりいい仕事をしてくれるし、時間には必ず間に合わせてくれる。彼には本当に感謝しかない。
「やれることはやりましたし、あとは運を天に任せるしかなさそうですね」
「大丈夫。僕らのは記事にはならないよ」
蓮は確信をもってそう言った。屈辱に塗れたあの顔を思い出すと堪らない高揚感を覚える。
と同時に、上手く行ったという満足感も得られて気分がよかった。
「それにしても……相変わらず蓮君って結構いい性格してるよね」
「酷いな。僕はそんな冷徹じゃないよ」
「……ぜってぇ敵には回したくねぇ……」
ぼそりと呟く東海の言葉を聞いて、雪之丞は小さくため息を吐き、弓弦と美月は苦笑いするのだった。
#ヒーロー
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