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もう叫ぶことはなく、下を向き涙を拭いながら静かに答え、咲山は立ち上がった。
「違う、お前のことずっと良いように利用してただけだよ。俺に本気になってそうな女は全部潰してくれてたじゃん」
「……だって、涼太それを許すんだもん。どっかで私は特別なんだって期待するじゃん」
「ま、私も散々、涼太の彼女だった子たちに嫌なことしてきたしね。被害者面ばっかもできないし」と言って、前を向いた咲山。目を赤くしているものの涙は見えない。
強いな、と思うことはきっと身勝手なんだろう。
「……化粧品とかでしょ、別にいらない。 他の女に見せたかっただけだし。立花さんが嫌がるなら捨てちゃって」
「そっか、わかった」
落ちていたバッグを拾って肩にかける。そして扉にもたれ掛かり「立花さんといえばさぁ」と、何かを思い出すように呟やいた。
「かわいそうにね。涼太と関わったせいでビッチ扱いじゃん。社内で。どー考えても男知らないだろうにね」
「え? 南にまでそんな話まわってるの?」
突然、真衣香の直近の話題に触れたものだから前のめりに聞き返してしまう。
その様子を、心底鬱陶しそうに咲山は見下ろした。
「違うよ、立花さん帰った後だったけど、この間総務寄ったから。私まで八木さんに凄まれたし、涼太振られたの?」
含み笑いで、見上げるように問われる。
「八木さんに取られちゃったの? 立花さん」
「どうだろ、わからない」
「そっか、わからないんだ。 バッカみたい、どう考えても立花さんには八木さんの方がいいと思うし」
言いながら、くるりと坪井に背を向けて、咲山は先ほど自分で閉めた玄関の鍵を、やけにゆっくりと音を響かせながら開けた。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「うん、なに?」
もういつもの、よく知る咲山の声だ。
きっと平気そうな声を絞り出しているんだろう、小さく細い背中を眺める。
「ね、涼太の中で……立花さんと、その他大勢の女。ってカテゴリーで分かれてるんだろうけど」
そこまで言って、咲山は大きく息を吸い込む。そしてしばらく黙り込んだ後ハッキリとした口調で続けた。
「その他大勢の女の中で、私って特別だった?」
出会ったころ、自信に満ちた表情が印象的だった。
『こんなに思い通りにならない男、涼太が初めて』
そう、何度も囁いていた。派手で目立つ、整った顔立ちを見下ろすたび『そりゃ、お前美人だもんね。男なんて好きに転がしてきたんだろ?」なんて、返したものだ。
そんな女に、なんて言葉を吐かせている。
「特別じゃなかった、みんな一緒だったよ」
「……はは、そっかぁ」
気が抜けたように、大きくため息をつきながら咲山は上を向いて。それからゆっくりと振り返った。
「スッキリした、ありがと。ま、本社にはちょこちょこ顔出すし、見かけちゃったら挨拶くらいはしようね、お互い。坪井くん」
「了解、咲山さん」
本当のことなんて、慰めにもならないし。この先の未来をなにひとつ変えやしないだろう。