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◻︎話し合い
和樹がいない時間を見計らって家に帰る。貯金総額と保険証券を確認するために。離婚の話が進む前に、済ませておきたいことがいくつかあった。和樹との話し合いの約束は、3日後の日曜日午後2時、私がまたこの家に来ることにした。
◇◇◇◇◇
話し合いをする約束の日。
鍵を開け、中へ入る。前回来た時よりはまだマシなくらいの散らかりだった。
「お待たせ」
「あ、悪いね、来てもらって」
「外だとこんな話、できないから」
「あぁ、助かるよ」
私は、コンビニで買ってきたペットボトルを出した。私が大好きで和樹が苦手なフルーツティーだ。
「飲む?」
「あ、うん、もらうよ」
「フルーツティーだよ、飲めるの?」
「まぁ、職場で好きな子がいて、何回かすすめられて飲めるようになったんだ」
___それは、桃子のこと?
なんて言葉は口にしない。
「あ、そう。人って変わるものね。あんなに苦手だって言ってたものが飲めるようになるんだから」
思い切り嫌味を込めたけど。
「ほら、年取ると好みも変わるって言うからね、だからだよ」
慌てたような言い訳。
「そんなことはどうでもいいけど。どうしても離婚したいのね?私たち家族を捨てるってことよね?」
「捨てるだなんて、言い方がひどいな」
「どんな言い方したって同じことだから。私と子どもたちを放棄するんだから」
「待ってくれ!放棄だなんてそんな無責任なことはしない。できるだけのことはするから」
「養育費はもちろん払ってもらうけど。これも、受取人を全部娘たちにしてくれないかな?」
私は用意していた生命保険や医療保険など全ての保険証券を出した。
「これは、僕に何かあった時の保険だから、何もなければ入ってこないよ」
「わかってる。でも離婚してしまっても、娘たちはあなたの子どもよね?だから、そこの縁は切らないであげて」
「あぁ、そうだね。わかった。手続きするよ」
「じゃあ、今やって!気が変わらないうちに」
「え?」
私はスマホで保険の担当者を呼んだ。すぐ近くで待ってもらっていたのだ。担当者には、全ての保険の受け取りを娘たちに変更することを伝えてある。そのための話し合いはもう終わっているからと、さっさと手続きをしてもらう。
「では、新しい保険証券は出来上がり次第、送りますので。今後ともよろしくお願いします」
受取人を変更しただけで、保険の払い込みは和樹のままだから、保険会社としては特になにも変わらない。そのうえ、貯蓄型の保険も一つ新しく増やしておいたから、売上的には上がってるはずだ。担当者はにこやかに帰って行った。
「ありがとうね。これでもしもの時の安心はできた」
「これくらいならね。僕としては今までと特に何も変わらないし」
「あとは養育費のことだけど」
「それは平均値を調べてみた。1人5万として10万、20歳まででどうだろう?」
「足りないわ、大学卒業するまでは出して。入学金や学費もバカにならない」
「そうだな。わかった、大学卒業まで払うよ」
私は覚え書きとして、メモにまとめていく。次は預貯金だ。
「これが我が家の預貯金なんだけど」
私は通帳を3冊出す。
「家のローンが大きくて、あんまりないね」
「まぁ、そうだね。これは…そうだな、この一冊分だけもらうよ、この給与振り込みのやつ。あとは解約して娘たちに渡す。慰謝料だな、娘たちへの」
___はぁ?!だから私には?!
きっと今、右の眉毛がピクッと引きつったはず。とことん私のことは、考えてくれないってことか。
「そうね。あなたにとっては娘が第一だもんね」
「そりゃそうだろ、父親だからな」
「私の夫でもあるんだけどね……」
私の意味深な言葉を理解したのか、ハッとする和樹。
「あ。そうだ、こっちにある定期預金、解約して愛美に…」
取ってつけたような言い方。
「そうすると、あなたのお金はほとんどないわよ」
「いや、それでいいんだ、僕のわがままなんだから」
___そうやっていい夫、いい父親のフリをするのね、自己満足でしかないのに
「そうね、離婚はあなたのわがままだから、仕方ないわよね。じゃあ、手続きするわ」
預貯金の管理は私が全部やっていた。夫は自分の小遣いを別口座に分けて振り込まれるようにしている。3冊の口座をまとめても200万ほどしかない。本当はまだあったのだけど、家を出たあとから少しずつ娘たちの口座に移しておいたからだ。何回にも渡って引き出したことはバレない。運良く、通帳を使い切って新しく更新できたからだ。
___思うツボってこのことね
なんて本心は見せずに、上っ面の言葉を吐く。
「ね、そうするとあなたにはまとまったお金はないわよ」
「家があるよ、家は僕の名義だからそのままでいいかな?それにこれからまだまだ稼ぐから、心配しなくていい」
「じゃあこれでいいのね?」
生命保険と貯蓄型の保険は全て娘たちが受取人になった。預貯金は解約して慰謝料として受け取る。家はそのまま和樹の持ち物だ。
メモしたところに、念のため、サインをしてもらった。あとでお互いに揉めないように、と理由をつけて。
こんな家なんかいらない。去年家の裏側の盛り土が雨で流れ出たらしく、査定額はグンと下がってることがわかったから。売ったとしても大赤字だと不動産屋が教えてくれた。
___そんなことは教えてあげないけどね
「それからこれ…」
和樹が出してきたのは、和樹の分が記入された離婚届けだった。
___いつのまに?
そんなに離婚を急いでいるのだろうか。
「離婚届けを出すのは少し待って。まだここに荷物を取り来たいし、娘たちにもきちんと説明しないといけないから」
「待つってどれくらい?」
「もしかして、急いでるの?離婚。今は家に1人なんだし、そんなに家族でいることがイヤなの?」
「あ、いや、そんなことは…」
「後1ヶ月、来月の20日までには届けを出すから。それまでにきちんと出て行くわ」
___それくらいの時間がないと気が済まないから
「わかった」
「また明日から荷物を運ぶから」
「あぁ」
「娘たちには私から話すわよ、あなたは言っておきたいことはないの?」
「そうだな、少し考えるよ」
「離婚届けを出すまでに、考えておいてね」
じゃあ帰りますと立ち上がりながら、リビングにあるサイドボードの上を見る。探していたそれらしきモノを見つけた。明日には仕込めるだろう。
「じゃあ、明日からしばらく荷物を片付けにくるから。あなたがいない時にするわね。私には会いたくないみたいだから」
「……」
夫は何も答えなかった。