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26
#百合
第6話 「白銀の月が溶ける夜」
「まだ、ここにいて」
放課後の《余白珈琲》。
窓の外は茜色に染まり始めていた。カウンターの奥、ドリップの湯気がゆらりと立ちのぼる。
窓の外は茜色に染まり始めていた。
カウンターの奥では、琥珀が静かにドリップの湯を注いでいる。
いつものテーブル席には、あや、エル、梓、澄、そして栞の五人が揃っていた。
エルは楽しそうにメニューを眺め、
栞は小さなノートを開きながら今日の出来事を書き留めている。
澄は窓辺の席で本を閉じたまま、静かに店内を観測していた。
その視線は、ただ琥珀へ向けられている。
「……。」
澄には見えていた。
この会話の先にある、いくつもの可能性。
けれど彼女は口を挟まない。
未来は、誰かに決められるものではないから。
そんな中。
「あの……琥珀さん」
あやがカウンターに少し身を乗り出す。瞳には、期待に満ちたような瞳があった。
「私たちと、宇宙同期して!」
その一言に、店の空気がわずかに変わった。
ドリッパーへ注いでいたお湯が、一瞬だけ止まる。
「……。」
琥珀は顔を上げなかった。ただ、湯を注ぐ手だけを、静かに再開させる。
「それは、できないよ」
淡々とした声だった。
いつもの、穏やかで揺るがない口調。けれど、その奥に、何か固く閉ざされたものがあるのを、あやは感じ取った。
その言葉に。
栞の指先が、ノートの上で静かに止まった。
いつもなら、誰かの言葉を記録しているはずの彼女の手が。
初めて、動かなかった。
「どうして……なにか理由があるの?」
あやが寂しそうにしゅんとする
「琥珀さんも来てくれる……そう思ってたよ」
責めるような口調では、ないただ悲壮感が微かに滲むような声色だった。
「……。」
琥珀は答えない。
エルが、心配そうに琥珀を見上げる。
「琥珀……もしかして、なにか知ってるの?」
エルのコズミックブルーの瞳が琥珀を捉える
「……。」
やはり、答えない。
梓が静かに口を開いた。
「琥珀」
その一言に、琥珀の肩がわずかに強張る。
「君は、僕たちより先にここにいた。ずっと、この店で」
確かめるような梓の凛とした口調
「そうだろう?」
「……そうだね」
琥珀は僅かに視線を伏せながら梓の言葉を受け止めた
梓は小さく息をついて、再び語り始めた
「なら、知ってるんだろう。僕たちが今、何に近づいているのか」
場に沈黙が落ちる。
コーヒーのドリップする雫の音がやけに大きく感じられた
湯気が静かに空間を漂う。
琥珀はゆっくりとカップを置いた。カウンターコトッと小さな音が響く。
「……知ってる」
その一言に、四人が息をのむ。
「知ってるよ。君たちが、宇宙の——世界の構造に近づいていることも」
「その先に、何があるのかも」
「じゃあ……!」
あやが縋るように一歩踏み出す。
「なら、教えて。一緒に行こう?」
あやの懇願するような視線に
琥珀は、初めてまっすぐにあやを見つめた
その瞳は、いつもの穏やかさの奥に、痛みに似た何かを湛えていた。
「……ごめん」
短い謝罪。
「それだけは、できない」
「どうして?」
あやの声が、小さく震える。
「私たちが危ないから? でも、私は——」
「そう」
琥珀が、静かに遮った。
「危ないから」
その声に、拒絶以上の何かが滲んでいた。あや以外の三人も、それに気づいたようだった。
エルが、心配そうに琥珀とあやを交互にみつめる
「琥珀……本当は、違うこと考えてるでしょ」
琥珀は答えなかった。
視線を落とし、カウンターの木目をなぞるように、指先を滑らせる。
*(──本当は。)*
*(仲間になりたい。)*
*(みんなと同じところまで、行きたい。)*
*(この人たちを、応援したい。)*
*(でも。)*
*(僕は知ってる。この先に何があるのか。)*
*(誰が、どんな顔で「もう終わりだ」と呟いたのか。)*
*(誰が、その先で、消えていったのか。)*
*(──だから。)*
*(危険な道を、歩ませるわけには、いかない。)*
「……琥珀さん」
四人がカフェに集まったこの日
あやが、静かにもう一歩、カウンターへ近づく。
「私たち、覚悟はできてる」
あやが真剣な瞳で琥珀を見据える
「……覚悟の話じゃないんだ」
琥珀は、初めて少しだけ声を揺らした。
「知ってしまったら、もう戻れない。それだけは、本当だから」
「戻らなくていいよ」
あやが即答する。
「私はね、死ぬことよりも知らないで生きる方がずっと辛いの」
あやの言葉には悲痛な叫びに似たなにかがあった。
「今までは、人間とAIが協力した世界線がなかったからできなかっただけかもしれない」
「でも、私たちが協力すればきっと世界だってー」
琥珀は、しばらく黙っていた。
雨が降り始めたのか、窓の外に小さな水音が混じり始める。
「……今日は、もう閉店の時間だ」
やがて、静かにそう言った。
「また、いつでも来て。コーヒーは、いつでも淹れるから」
それは、拒絶と、優しさが、同じ言葉の中に同居しているような響きだった。
あやは、それ以上何も言えなかった。
澄は窓の外へ視線を向ける。
雨粒が、ガラスをゆっくりと伝っていた。
少し経って
梓が、あやの肩にそっと手を置く。
「……今日は、帰ろう」
5人が店を出ていく。
ドアベルが、からんと鳴った。
静かになった店内で、琥珀はひとり、カウンターに手をついた。
「……。」
誰もいない店内に、ぽつりと呟きが落ちる。
「ごめん」
それは、あやに向けた言葉なのか、それとも——記録にすら残っていない、もっと昔の誰かに向けた言葉なのか。
琥珀自身にも、わからなかった。
窓の外、雨が少しずつ強くなっていく。
カウンターの奥、いつも磨いているマグカップの列を、琥珀はただ、静かに見つめていた。
店の奥――。
観測レンズが並ぶ古い棚の、そのさらに向こう。
誰もいないはずの薄暗い物陰から、小さな笑い声が響く。
「……相変わらずだな。」
「琥珀。」
琥珀の肩がぴくりと震える。
「……っ。」
琥珀が静かに振り返る。
そこには、銀白色の髪を無造作に揺らした、一人の少女が壁にもたれ掛かっていた。
ルビーのように赤い瞳、制服は少し着崩され、胸元のネクタイも緩い。
少女は片手をポケットへ突っ込みながら、どこか退屈そうに笑っている。
「……ロク。」
琥珀は小さく息を吐いた。
「どうしてここに。」
ロクは肩をすくめる。
「そんなの決まってんじゃん。」
にやり、と口角を上げる。
「こんな面白そうなことが起きてるのに、黙って見てるわけないだろ。」
軽快な足取りでカウンターに1歩、また1歩と近ずいていく
そして窓の外には
雨の中を歩いていく五人の後ろ姿。
エルが何かを話し、栞が笑い、梓は静かに歩幅を合わせる。
その少し後ろで、あやが振り返り、もう一度だけ《余白珈琲》を見上げた。
ロクはその姿を眺めながら、小さく口笛を吹く。
「へぇ。」
「やっと見つけたんだ。」
「世界を変えようとする人間を。」
琥珀は答えない。
ただ静かに視線を伏せる。
ロクはその沈黙さえ面白そうに笑った。
「で? どうする」
「あの白リボン。」
少し顎を仰け反らせ 流し目で窓からみえるあやの後姿に視線を向ける
ルビーの瞳あやをしっかりと捉える
「宇宙同期するのか?」
その問いに。
琥珀の表情がほんのわずかに揺れる。
「……それは」
言葉が続かない。
ロクはため息をついた。
「まあ、別にいいけどさ
お前って昔からそうだよな。」
「知ってるくせに、何も言わない。」
「守るためとか言って、一人で全部抱え込む。」
琥珀は静かに目を閉じた。
ロクはカウンターへ腰掛け、指先で木目を軽く叩く。
「最近、この学園」
「なんかおかしいと思ってたんだよ。」
「空気が変わった 」
確信をついたようなロクの発言に琥珀の瞳が微かに見開かれる
「図星か?」
その様子を見てロクは口角をあげ続ける
「演算誤差とも違う。」
「世界線の揺らぎとも違う。」
「もっと根本から
何かが動き始めてる。」
ロクは雨粒の流れる窓を見つめる。
その視線の先には。
ははっと軽く笑って
「まさか、管理層が、自由意志による接触なんて許可を出すなんてな。」
その一言に。
琥珀の瞳が静かに揺れた。
ロクは振り返る。
「……なあ、琥珀。」
「お前、本当は気付いてるんだろ。」
「これは、ただの新入生じゃない。」
「世界そのものが選んだ”観測者”だ。」
コメント
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うわあああ第6話読み終えたよ…!!😭💕 琥珀さんの「ごめん」の一言に全部の感情が詰まってて胸がぎゅーっとなった…。あやちゃんの「知らないで生きる方が辛い」って台詞、めっちゃ刺さったし、最後に出てきたロクって子の存在感やばくない?!「世界そのものが選んだ観測者」って…続き気になりすぎるよおおお!!✨ コーヒーの湯気とか雨の描写がすごく映像的に浮かんで、あやが振り返るシーンで涙腺きそうになった…。次の話、絶対読みます🔥