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俺はその手の話は信じない性質だ。母親が宗教民俗学なんて風変わりな学問を職業にしている反動なのか、俺は非科学的な物には全然興味がない。だからノロとかユタとか、それはまあいいだろ。だが、訊くべき事は別にある。
「で、母さん。その話と、俺に実の妹がいる事を知らされないできた事と、どう関係があんの?」
「実はねえ、あたしはその家の後継ぎだったんだけど、その役目放りだして、本土から来たヤマトンチュー……あ、これは沖縄の言葉で日本本土の人間の事ね……そのヤマトンチューの男と駆け落ちしちゃったのよ」
「か、駆け落ち!そりゃまたずいぶんロマンチックというか……あ!そのヤマトンチューの男って……」
「そう、あんたのお父さんよ。大学の研究で沖縄に来てて、あたしの魅力に参っちゃったわけ」
「まんまと引っかかった、の間違いじゃないのか? まあ、いいや、それで?」
「あたしはその家の一人娘だったから本当は家を継いでユタにならなきゃいけないはずだったわけ。それにあたしとあんたの父さんが恋仲になったのは1995年ごろ。沖縄が米軍の統治から日本に返還されてまだ二十年ちょっとしか経ってない頃。ウチナンチュー、あ、これは沖縄県人の事ね……の間ではヤマトンチューに対する反感がまだ強かったのよ」
「ああ、なんか社会科の授業でその辺の話は聞いた事ある気がする。正直なんの事だかよく分からなかったけど」
「ノロの血筋を引く家の後継ぎ娘が家を継がないで、それもヤマトンチューと結婚するなんて当時は許されない事だったのよ。少なくともうちの一族ではね。それであたしはこっそり家を抜け出して、あんたのお父さんと東京へ愛の逃避行。で翌年、雄二あんたが生まれた。その次の年にこの美紅が生まれた」
「一つしか年が違わないのか。じゃあ、あの……美紅……ちゃん……君は今十四歳で中二?」
美紅が無表情なままこくりとうなずく。母ちゃんが続ける。
「けど、大西風の一族が東京まで追っかけてきてね。こういう条件を出したの。あたしの代わりの後継ぎとして美紅を大西風家が引き取る。その代わり、あたしと英二さんの結婚を許す」
英二ってのは俺の父親の名だ。
「あの人はよくも悪くも真面目で誠実な人だったからね。内心、あたしを大西風家から奪い取ってしまったって風に感じたんでしょうね。いろいろ悩んだあげく、結局この美紅を大西風家に引き渡す事にした。そういうわけだったのよ」
「おい!ちょっと待てよ!」
俺は美紅がびくっと飛び上がるような大声で怒鳴った。
「いくら親でもそりゃ勝手過ぎるんじゃねえか? だったらこの子は当時一歳にもなってねえだろ! ノロだかユタだか知らねえけど、この美紅って子の人生はどうでもよかったのか?」
「それは……あたしだって英二さんだって辛かったわよ。それに、あんたがこの事を知ったらどんなに悩むか……そう思ってあんたには秘密にしておこう……それがお父さんの遺言だったの……」
俺は頭を抱えてしばらく無言でいた。沖縄ってのは、俺にとっては夏のリゾート地、南国の観光地ってぐらいのイメージしかなかった。そんな独特のシャーマンがどうとかこうとか言う信仰があって、それが人の人生をここまで左右するほどの、そんな土地だったとは夢にも考えたこともなかった。