俺はどうやら小説の中の世界へ飛び込んできてしまったらしい。もとはただの社畜であった俺。その俺の心のよりどころであった小説の中へまさか自分が飛び込んでしまうとは思わず、かなり動揺している。でもとりあえず入ってしまったものは仕方がない。小説の内容を思い出すとしよう。
確か小説の名前は「彼はヒーロー」なんてものだったか。この小説は題名こそあれだが俺の気に入っている作者さんの物だったので一応買ってみることにして買ったものだった。のだが思ったより大人向けで、英雄と称される人々の辛い一面や社会にもまれる幼い子供。汚い手を使ってでも功績を自分のものにしたい大人たちが得をする、そんな現実的で今の社会を表しているかのような内容が俺の心を揺さぶった。あの人だからこそ書けるものだと思った。だからこそ何度も何度も読み返したし、内容はすっかり頭に入っている。
主人公の名前はトントン。しっかりもので二人の弟を持っている。次男は鬱といい、三男はショッピという。トントン含む三人は生まれてすぐに捨てられ、売却目的で闇オークションの人間に拾われた。商品だからと傷がつかないように多少気は使われていたものの、扱いは酷いものだった。働かなければご飯はもらえなかったが、働いてももらえないことがあった。それに少しでも管理人の気に障る事があれば見えない場所に暴力さえ受けていたという。そのうち三人は希望を持つことを諦め、従順に従うようになった。そしてオークションで大侯爵家に売り飛ばされる。ここでも扱いは酷く、奴隷のようにこき使われしまいにはご飯を床に落とされ、それを食べろとまで言われていた。そして途中で何故か三男が失踪。逃げたと判断され兄弟が酷い目にあった。そんなある日の事、その家の後継ぎとされている主要となる悪役1が登場。そいつは自分が良い家の跡継ぎだからと大柄な態度をとり続けた。その二人に対してももちろんで、自分の専属執事として雇ってすぐ、自分のおもちゃとしてひどい扱いをした。そんな日々を送っていた二人はある夜に抜け出して二人で心中しようと考える。そしてちょうど冬に寒い川に身を投げ出した。しかしそんな二人を兄さんという王国騎士が拾い、しんぺい神という王国治癒師に治療され、兄さんに剣術を習いながら大人になって、国の悪党や魔物たちをやっつけ英雄に上り詰める。そして最後に悪役としてショッピが立ちはだかった。結局二人は弟を殺すしかなく、国の英雄となった後も苦しみ続ける。まぁその途中に他にもキャラクターはいるがざっとこんな感じだろう。因みに三人ともスラム街育ちで戦闘はこれまた強く、後に国の中でその三人に勝てる人間はいなくなるほどだ。ショッピは生きていれば、の話だったが。
ショッピに関しては作者から詳細が書かれている本が出ていたのでそっちを読んだが、こっちもこっちで大変なようだった。大侯爵の跡継ぎと勘違いされ捕まえられた挙句違うと分かった瞬間捨てられ路頭に迷う。そこで魔族がやって来て、彼の復讐心を仰いだのだ。
何ともつらい過去をしている物だと思う。さらに三人は幸せになる事はなく、ただただ苦悩だけがそこに記されてあった。でも多分俺には関係ない。そう思っていたんだが…。
「まさか俺が悪役その1になるとは思わないやん。」
揺れる馬車の中そんな弱音を吐きながら、実に2年ぶりの実家に帰ろうとしていた。どうやら俺、ロボロは悪役となっていたらしい。最悪だ。本当に。どうするべきなのだろうか。原作どおりに2人を罵るか?いや、ダメだ。俺が倒される。なら、いや、考えるのも面倒くさい!あとは家に着いた後の俺に任せて今は寝よう!!
と、家に帰るまで寝ていた俺を罵りたい。何故かって、そりゃ目の前に俺を殺す元凶が居るからや!まずなんていえばええんやろか?どうすべきや?ええい、ままよ!
「俺の部屋で話をしないか?」
「、、分かりました。」
何とも無気力な声。そして小さな体に無数の痣。あぁ、辛かったろうに。自分でも驚いている。まさかこれほどまでに辛くなってしまうとは。同情、なのだろうか。俺には分からないが、やはり文面と実物では形容しがたい大きな差があった。この体の元の持ち主は情がわかなかったのかと思ってしまうが、どうやらこいつにもこいつらしい理由があった。小さい頃から周りの視線が怖かった。暗殺者は俺を殺そうとし、他の人間は俺を見定める冷たい目で見て来た。一時期仲良くなったと思っていた俺の友達は俺ではなく、俺の地位と仲良くしたかったのだ。まぁ入れ替わる事で俺がそれを受けたわけなんだが。俺もそうだったが、態度で隠し堂々とすることでしかこの恐怖感を払拭できなかったのだろう。そう考えるとこいつもなかなかに哀れな奴だ。俺が子供であったなら、同じ道をたどっていたのかもしれない。そんなことを考えているといつの間にか自分の部屋の前まで着いていた。扉を開け、「入っていいぞ。」というと一礼し部屋に入っていった。そして扉を閉め、鍵をかけると微かに二人の肩が揺れた。怖かったのだろうか。これは申し訳ない事をした。しかし今から開けても怪しまれるだけだろう。そう思い2人に近付いた。広い部屋の中、二人は縮こまりまるでそこに存在していないかのようにただ静かに、俺が何かをしてくるのを待っていた。途端、俺は少し顔が曇った。まだ幼い二人が、こんなことまで覚えてしまったのかと、考えてしまったのだ。でもなんとかそれをぐっとこらえ、俺は二人に話しかけた。
「なぁ、俺の直属の執事になってくれないか?」
「それは、!主人様の許可が下りない限りは、、。」
「俺なら許可が取れる。」
二人は一瞬苦い顔をした。どうやら俺が横柄な奴だという噂が広まっているらしい。俺には関係のない話だが。それが嫌だったのだろう。それでも主人の命令は絶対。だから二人は「分かりました。」と一つ返事を返した。
「なぁ、お前たち痩せすぎだと思う。」
「申し訳、ありません。」
辛そうにトントンが答えた。あの後に自己紹介をし、父親に無事許可をとって二人は俺の執事となった。これでひとまず誰かが二人に手を出せば俺が容赦なく打ち首にできるから安心だ。しかし先ほどからの会話で一度も鬱が話していないのが問題だ。自己紹介もトントンがしてくれて、何か話したくない理由でもあるのだろうが、無理に追及するのも酷だろうと思ったので、とりあえずメイドにお菓子を持ってこさせた。悪いが俺は善人ではないのでメイドに優しくできないし、まず優しくすればその分俺が舐められるわけで、仕方がないといえば仕方がない。じゃなくて!今は違う!まず二人に信用するまで行かなくても、せめて話せるほどにはなってほしい。ということでお菓子を前に出した。
「毒とか入ってへんし、食べてみ。ええか?これは命令やで?食べんと寝てる時に無理やり押し込むで?」
そういうと警戒しつつも食べてくれて、一つ食べると目を輝かせ二つや三つと食べ始めた。まるで親のようになった気分で可愛くて仕方がなかった。二人が食べ終わると今度は部屋への案内だ。できれば兄弟一緒がいいだろうと思い、二人部屋にしてはかなり広い部屋を渡した。それでも俺の部屋よりかは小さいのだが。因みに言うと隣室だ。そして二人におやすみとだけ言い部屋を出た。
半年ほどたったころにはすっかり警戒が解けていた。俺のことを呼び捨てでロボロなんていうのはこの二人くらいだ。でもまだだ。まだ信用には値していない。そうして俺は考え事をしていた。俺はいつも考え事をしていると周りが見えなくなる。だから今回も気が付かなかったのだ。後継ぎを狙う刺客の存在にも、俺に放たれた銃弾にも。
「ロボロ!」
その時咄嗟に二人は俺をかばいに来た。偶々弾がはずれて、存在を気づかれたそいつは帰っていった。でもそれよりも。もっと大事なことがある。
「馬鹿!」
俺は二人に怒鳴りつけていた。反射的で、自分でもびっくりするほど大きな声だった。勿論二人も驚いていたようだった。それでも止まらないこの感情を、愛といわなくて何といえようか。
「馬鹿馬鹿馬鹿!当たっていたらどうするんや⁉痛いんやぞ!本当に、痛いんやぞ…!」
「も、申し訳、、、。」
「反射で謝るな!そんな謝罪要らん!俺はお前らのことが大切やねんで?何でそんなに命を無駄に扱うん?」
「なんでそんなに泣くん?」
鬱が焦った顔をした。トントンもつらそうな顔をした。こんな大の大人が泣きじゃくるなんて恥ずかしい話だと思った。それでも、二人が大切だから。
「愛してるから、辛くなるから。」
「愛してるって何なん、ごめん、ようわからへん。」
鬱のような、小さな子供から出るような言葉じゃなかった。だから、もう二人を不幸にしたくなくて、強く、強く、抱きしめた。
「愛してるってのはな、可愛くて、愛しくて、ずっとそばにいてほしくて、絶対に不幸になってほしくなくて。」
言葉にならないものがあふれ出してくる。そこで初めて、二人が泣き顔を見せた。何度も何度もごめんなさいを繰り返しながら。
あれから数日がたった。なんというか。前よりも二人が過保護になった。具体的に言うと俺から離れようとせず、至れり尽くせり状態だった。
「な、なぁ。なんか雰囲気変わった?」
「まぁ、髪も整えてピアスも買ったし、ロボロを守るためにナイフももっとる。鬱は得意な方の銃やけどな?」
「うんうん。それにロボロに仕えるのにふさわしくなるために執事専用服も買ってん。似合っとる?」
「似合ってるけど、なんか落ち着かん。」
当たり前やろ。このまま一生とか絶対嫌やからいつか何とかしたんねん。
「あ、でもそうや。このあと俺出かけるけどついてこんとってな?命令やで?」
すると二人は「え”」という反応をして俺に付いてこようと何とか反論してきたが全て却下で終わらせた。今日は一日雑務を任せることにした。が、あの二人の事だ。尾行してくるかもしれないのでその場合は部屋での謹慎処分が待っていると伝えている。さすがに賢い2人の事だから。もうついてくることはないだろう。それにしてもかなり遅れてしまった。時期的にいうと、かなりギリギリかそれともアウトか。微妙なラインである。しかしなかなか準備が進まなかったのだ。許してほしい。
目的地に着くとそこは”荒”その一言だった。しかしそんな考え事をしていられる場合じゃない。早く探さねばならない。俺のためにも。そうしてしばらく歩くと、魔物が集まっている場所があった。遅かったかとため息を吐き、スイッチを切り替える。
「そこをどけ。俺の獲物だ。分からないか?」
低い声で話すと、案の定なんか騒ぎ始めて俺を襲ってきた。でもなめられては困る。何せこちらは、凄腕の大侯爵家後継ぎ、異名”呪鬼”なんやからな。俺の戦い方は呪いのように見えるもので、俺自身が刀を振っている動きも見えないし、本当に静かに、横を通り過ぎるだけで対象は首が切られたり、体を真っ二つにされたり、はたまた細かく刻まれたり。どこから来るか分からない”呪い”のように。ただ過ごしたその一秒で、殺され死に行くのだ。全ての魔物を狩りつくしたとき、俺は自然と立っていた。彼の前に。
「やぁ、ショッピ君。」
「…誰だ。」
ギロリと鋭い目つきが俺を睨みつけた。口からは血が出ていてここでもやはり俺は悲しくなってしまった。警戒こそしているが生きる気力もなさそうな仕草は、彼が攫われてからのあまりにも長すぎる時間を示していた。
「君の兄さんたちが、心配してるよ?」
そう言うとさらに鋭い目つきをして、俺の胸ぐらをつかんできた。
「兄さんたちに手を出すなら容赦はしない。」
声がガラガラで話すのもつらそうなのに二人のために動いている。大丈夫。この子は愛を知っている。この子なら、きっとあの二人とまた笑いあえる。俺は見たくない。目の前にいるあまりにも弱い命と、家で俺を慕う子供のように愛しい命が、殺し合い、死にゆくのも。傷つくのも、もう黙ってみていられない。一度手を出したのなら、何があろうと最後まで俺が面倒を見る。だからとりあえずあいつらの事を伝えて何とか連れて行きたい。家まで。
「家にいるんや。俺の。大丈夫、手は出してない。会ってみることぐらい、出来へんか?」
「信用ならへん。」
うーん、難しい話やな。人間早々信用なんて得られるもんちゃうしな。じゃあ、と。続けて俺は言った。
”俺を拘束してなおかつ刺してもええわ。その状態で案内したあかんか?”
ショッピは殺意をだした。そのうえで俺を刺しに来た。そうすれば殺意に気付いて避けると思っていたのだろう。刺さった音がして、目を見開いた。
「なんで避けなかった⁉」
「だって、ついてきて欲しいやん。あの二人、お前との思い出を楽しそうに話すんやもん。」
瞬間、ショッピの顔が引きつった。彼は崩れ落ち、膝を地面につきながら下を向いて泣き始めた。「ごめん。ごめん。」と、そう何度も繰り返しながら。きっとこれはあの二人への謝罪なのだろう。二人の愛情を知った末っ子。きっと大丈夫。きっと強くなる。誰かのために泣ける人も、人の苦しみを知れる人も、素直に謝る事が出来る人も。皆強い人なんだ。だから、泣いても、逃げても、謝る事しかできなくても、それはその人の一生の宝物だと思う。
「ショッピ。お前は強いよ。優しくて強い。しっかり謝れる人は、俺、カッコいいと思うよ。」
そう言って、優しく頭に手を置いた。俺の言葉が彼に届かなくとも、彼にとってただの戯言であったとしても、この瞬間だけは彼の救いとなる事を願っている。
「ただいま。」
そう言って自分の家の門をくぐった。ナイフも拘束も解いて貰ったが、刺された部分が治る事はなく正直、とても意識が朦朧としている。今は何とかショッピに支えてもらって立てている状態だ。本来ならば致死量の血なのだから生きている事さえ凄いんだぞ?それに俺を叩く雨が妙に冷たい。凍傷にもなってしまいそうだ。ショッピは大丈夫なのだろうかと横を見ると、ショッピは震えていた。寒いのではない。帰ってしまったのだ。自分を縛り付けた家に。兄弟を苦しめた家に。怒りと恐怖が気持ち悪く混ざっているのだろう。
「もう大丈夫。歩けるわ。」
「そうですか。」
これ以上ショッピに無理をさせるわけにはいかない。でもやはり助けがなくなると足取りが悪くなる。なんとか扉まで着くと急いで開いて中に入る。この時点でもう立てなくなっていた俺は、扉に寄りかかるようにズルズルと腰をかがめた。使用人たちはショッピを奇異の目で見た後、俺の方へ駆け寄り声をかけて来た。二人を呼ぶようにと頼むと、走って二人の元へ行ってくれたようだった。しばらくして二人が来た。息が上がっているので大分急いで走ってきたのだろう。二人は俺とショッピを交互に確認した。そして飛びついて来た。ショッピも俺も離さないように、大きく手を広げて、強い力で。おいおい、そんなに強く締めると腹の血が、出て、いく、。意識の途切れる直前には、三人の笑顔が見えた。今倒れてしまう事で幸せそうな雰囲気を壊すのが申し訳ないなと思いつつも、抗えることなく意識は飛んだのだった。
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