これは僕らが晴れて恋人同士になったあとのお話。
「最近の大森くんは涼ちゃんにべったりだね〜」
ヘアセットが終わった途端に、僕に勢いよく抱きついてきた元貴をみて、スタッフさんがたまらずというように吹き出した。
そう。付き合ってからというもの、元貴は人目を憚らず、いつでもどこでも僕に抱きついてくるようになった。もともと人に抱きついたりすることが多かったので、最初のうちは「またか」というような反応だったスタッフたちもだんだんと「さすがにべったりすぎじゃない……?大森くんどこか調子悪いのかな大丈夫……?」というような心配を含んだ視線へと変わってきた。僕らが付き合い始めたことを知っている唯一の存在である若井も、これには難色を示した。
「元貴、さすがに周りに変に思われるって」
周囲に聞こえないよう気をつかって声を潜めて苦言を呈してくる若井。しかし、彼はそれに反省した様子もなく、素知らぬ顔で僕に抱きついたままでいるため、いよいよ矛先は僕へと向かってきた。
「涼ちゃん」
若井が珍しく渋い顔で僕を見た。
「元貴、涼ちゃんの言葉しか聞かないと思う。涼ちゃんから言ってよ、さすがにTPOってものがあるって」
「うん……」
抱きつかれるのは嫌ではない。むしろ嬉しいし大歓迎なのだが、さすがに人の目があるところでは恥ずかしさがある。僕は意を決して、スタッフさんたちが出ていき3人だけになった部屋でも当然のごとく抱きついたままでいる元貴に
「元貴、少し抱きつく頻度を減らしてほしいんだけど」
と、きっぱりと伝えると、彼はちょっと考える素振りをしてから
「無理。だって一分一秒でも長く涼ちゃんにくっついてたいもん」
あまりのかわいさに、それじゃあ仕方ないね、と許してしまいそうになるが、射抜くような若井の視線に気を取り直す。
「でもスタッフの間じゃ、元貴が寂しがり屋を拗らせすぎて僕にずっとくっついてるって言われてるらしいよ?制作で追い詰められて、精神的にやばいのかもって心配もかけてるみたいだし」
それは本意じゃないでしょ?と諭すと、元貴は眉間に軽く皺を寄せて、うーんと唸る。
「やっぱ僕らが付き合ってること、周りに言ったらいいと思うんだよね。これ、牽制も含んでるし」
涼ちゃんは僕のだぞーっていう牽制、と言いながら抱きしめる力を強めてくる。かわいいなぁ。
「誰に対しての牽制なの……そんなことしなくても僕は元貴のものだし、誰にもついてったりしないよ」
「かわい……あぁ、メイク落ちちゃうからキスできないの悔しすぎる」
ぐ、と悔しそうに拳を握りしめる元貴に
「まず俺がいることを忘れないでほしいんだよね?」
と若井が冷めた目で言い放った。
3人での撮影が終わり、個人パートの撮影が始まる。大体いつも、若井、僕、元貴の順番。自分の番以外は楽屋に戻っていてもいいのだが、僕はほかのメンバーの撮影風景が気になるので見学しがちだ。後で若井に送ってあげようと撮影の様子をスマホで何枚か撮り、あとはスタッフさんの邪魔にならないよう、いちばん後ろの空いているところにパイプ椅子を持ってきて座る。いったん楽屋に戻っていた元貴が、撮影の邪魔にならないよう静かにスタジオに入ってきた。
「涼ちゃん」
声を潜めながら、元貴が右手を差し出す。その手にはかわいらしい包み紙のキャンディがのっていた。おそらく楽屋に用意されていたお菓子や軽食の中にあったものだろう。
「まだ出番先でしょ、いる?」
たしかにちょっと疲れてるし甘いものは欲しいかもしれない。頷きながら、ありがとう、と受け取ると、くしゃりと音を立てて飴の入っているはずの部分がいとも簡単にその形状が崩れてしまう。やられた。これ空だ。
文句を言ってやろうと目の前に立つ彼を見上げた瞬間。そのまま軽く顎下に手を添えられ、抵抗する間もなく口付けられる。声を出すために開きかけていた唇の隙間からころん、と何かが差し入れられ、ほんの一瞬舌を絡ませられたかと思えばパッと離れた。慌てて、元貴の背後に目線をやる。よかった、誰も見てない。
「元貴」
たしなめるように目を細めて彼を見ると、いたずらっぽく笑ってみせる。
「大丈夫だよ、撮影に忙しくて誰も見てない。それに、陰になってるからちょっと顔を近づけたようにみえるだけで、キスしたなんて誰も思わないよ」
横に並べておいたパイプ椅子に腰かけながら、そっと耳打ちしてくる。
「ていうか飴くれるなら普通に渡してよ」
口の中にじわじわと甘さが広がっていく。先程キスの際に口の中に入れられたものはあの包み紙の中身らしい。
「だってしばらく忙しくていちゃいちゃできないから」
不貞腐れたように小さな声で呟く元貴。たしかにここ最近は撮影やら打ち合わせやら収録やらで二人の時間はろくにとれていない。そしてこの先のスケジュールをみても1週間はまず、お互いスケジュールをこなすので精一杯だろう。忙しいのはありがたい話でもあるのだけれど。
「でもさ、距離が近くてもスキンシップ多くても、最近の僕らなら周りも気にしないんじゃない?」
まさか、と目を瞠る。
「それが狙いで、最近ずっと抱きついてきてたわけ……?」
「まぁそれだけじゃないけど」
と、楽しそうに元貴が声を潜めて笑う。
「普通にくっつきたくてくっついてたところも大きいけど。しょっちゅう抱きついてたら、最初は不審がっても段々皆、慣れてくるでしょ。あ、大森は藤澤にくっついてるもんなんだなーって。そしたらもうずっと気兼ねなく抱きつける。僕らはこれから先だって忙しいんだから……ずっと我慢させるつもりじゃないでしょ?」
これもニュー・マイ・ノーマル、新しい僕らの普通。そう言って得意げな笑みを浮かべる元貴。
「さすがにキスはだめだよ」
と、抱きついてくることは拒否できなくなってしまった自分も大概彼に甘い。
藤澤さんスタンバイお願いしまーす、と声がかかって、僕は、はい、と大きく返事をして立ち上がった。
※※※
本編が切なめだったので、ひたすらに甘い2人が書きたい!と思っていたら、こちらの想定よりもデレデレな元貴さんが出来上がってしまいました()
コメント
8件
作品の幅が広くて天才すぎです!甘々なふたりも最高、、
デレ貴かわよすぎ💕 一生そのままでいて欲しいくらいですね🥺
めちゃくちゃ甘々で好きです💕甘えん坊なのにやっぱりちょっと上手なもっくん、サイコー😆