カチャンッ 明け方まで飲んで目を覚まして起き上がろうと手に力を入れると、頭上から金属音が虚しく響くだけでいくら足掻いても動かすことが出来なかった。
一瞬、自分の置かれている状況に頭が着いていかず頭の中が真っ白になった。パニックに陥りそうになりながら、俺は瞼を閉じて大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。そしてようやく少しだけ落ち着きを取り戻すと、1つずつ確認することにした。
両腕は、なにか金属……恐らく手錠か何かで固定され、ほとんど動かすことが出来ない。首にもチョーカーのようなものが巻かれており、そこからは鎖が伸びていて、腕と同じように頭上の何かと繋がっていた。頭を動かして今いる場所を確認しようとして、ふと見覚えがあることに気づいた。
遮光カーテンで窓を閉ざされていてその隙間からほんのり差し込む白い光だけが頼りではあるが、見覚えのあるゲーミングPCにゲーミングチェア、よく見ると自分が寝かされているベッドも……何度が来たことのある場所だった。
「え?……ここって……」
ガチャッ
「あ、せんせー起きたの?」
呟くように声を出すと、部屋の扉が開いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。視線だけでそちらを向くと、ニコニコと幼さの残る笑顔を浮かべながら、白髪の少年が俺の方へと歩いてきていた。
彼は、俺のところまで来るとそっとベッド横にしゃがみこむとジッと俺の顔を覗き込んできていた。
「……りぃちょ?」
「なぁに?せんせっ!」
恐る恐るその少年に声をかけると、今の状態が当たり前かのようににこやかな笑顔で、こころなしか上機嫌な声の返答が返ってきた。俺は、そんな彼に少しだけ呆れたようにため息をついて、じっと顔を見すえた。
「お前……やけに楽しそうやな」
「そりゃね!せんせーとふたりっきりだし!」
「ふたりっきりって……この状態……」
俺が眉間に皺を寄せながら自身の腕や鎖に目をやると、少年はきょとんと首を傾げながら不思議そうな顔をした。それが本当にわけが分かっていないような表情だったので、俺は背筋にゾクリと寒気を感じた。
「なんのこと?」
「なんのことって……なんで俺、こんな状態なん?」
「こんなって……手錠のこと?それとも……この鎖?」
チャラチャラと音を立てながら鎖を手で弄びながら首を傾げる彼に、言いようのない恐怖を感じた。口元は笑っているのに、目は笑っていない……。感情が全くないような、暗く深い影のようになっている瞳には、全く光がなかった。
俺は、極力彼を刺激しないように、ゆっくりと落ち着いた声で話し始めた。
「全部やな……なんで俺、拘束されとるん?」
「だって……こうでもしないと逃げちゃうじゃん?」
「逃げるって……俺とお前は友達やろ?」
当たり前のように笑ったような声で話す間も、彼の瞳はずっと深く暗いままだった。そして、俺が「友達」という言葉を使った瞬間、スっと目を細めて口元の笑みも跡形もなく消えてしまった。
「友達……ね。せんせーにとってはそうなのかもね」
「どういう意味や?わかるように説明せぇよ」
少し大きく鋭い声で問い詰めると、彼は無表情のまま俺の上に覆いかぶさった。そして、まるで壊れ物でも扱うかのように優しく顎に手を添えると、ソッとソレを持ち上げるようにした。
「わかんないかなぁ……俺の気持ち……」
「……っ」
「ずるいなぁ……すぐそうやって黙り込む……」
痛いほど伝わってくる彼の気持ちを認めたくなくて、目を逸らした。俺を見つめるその瞳が、ジリジリと肌を焼くような熱を帯びているのは、視線を逸らしても感じていた。そんな俺に、小さくため息をついた彼は徐にチョーカーに指をかけ、グッと力任せに引き上げてきた。
「……っ……くっ」
「苦しいねぇ……これ引っ張ると……首、締まるもんね」
「カヒュッ……ゲホッ……お前……何したいんや……」
大きく見開いた目で至近距離から見つめられ、一瞬怯みそうになったが、苦しい息の中なんとか彼のことを睨みながら声を振り絞った。すると、質問されることを予想してなかった彼は、一瞬驚いたような表情になったが、すぐに気を取り直したのか、喉の奥で「ククっ」と小さく笑って、パッとチョーカーから手を離した。
「ゲホッゴホッ……はぁ……はぁ」
「せんせー独り占め……かなぁ……」
「独り占めって……なんでこんな……」
締められていた首が解放され、むせてしまいながら睨み付ける俺に、彼はコテンと可愛らしく小首を傾げて、にっこりと卑屈に笑った。その瞳には…やはり光はなかった。
「せんせーが悪いんだよ?」
「……なんのことや」
「ニキニキといる時、いつも可愛い顔して……」
「そんなことっ……」
反論しようとして口を開いたが、スっと唇に人差し指を当てられて止められてしまった。
「嘘はいいからさぁ……あんな可愛い笑顔、俺にはくれないじゃん」
今度は首に手を当てられて、喉仏の辺りをグッとおさえられた。その刺激に思わずむせていると、ニコニコと無邪気な笑顔を向けて、喉元にあった手を引っ込めた。
「ケホッ……ケホッ……俺は……」
「ねぇ……どうしたら俺にも可愛く笑ってくれるの?」
目を見開いて口元だけで笑う彼は、いつもの子供っぽいまでの無邪気さなど微塵も感じられず、ただただ狂気だけを身にまとっていた。
「少なくとも……こんな事するやつは嫌やな」
「なんで?なんでだよ!こんなに大事にしてるのに……」
「はっ……大事なんやったらやり方他にもあるやろ」
「他の……やり方?」
本当に俺が何を言ってるのか分からないと言うような顔でこちらを見る彼に、俺はもう恐怖しか感じなかった。とりあえず、落ち着かせるのか最優先。彼を刺激しすぎると、他にまで危害を加えかねない……。特にアイツには……アイツにだけは危害を加えて欲しくなかった……。
「はぁ……とりあえず、これ外せ」
「とっても……逃げない?」
「逃げへん……逃げへんから、ちゃんと話ししようや」
「わかった……」
カチャカチャ……ガチャンっ
鈍い金属音と共に腕から手錠が外され、首の鎖からも開放された。拘束されていた手首を見ると、ほんのり赤くなっていて、所々血が滲んでしまっていた。これくらいで済んで良かったという思いと、今からやろうとしてる事への罪悪感で、俺の心の中はグチャグチャだったが、グッと唇を噛み締めてから視線を彼に向けた。
「ちょぉ……こっちこい」
「な…に?……ちょっ……え?」
俺の方へ近づいてきた彼の腕を引き、思い切り抱きしめた。そして、落ち着かせるようにゆっくりと背中を撫でてやると、強ばっていた彼のからだからゆっくりと力が抜けていくのを感じた。そして、状況を把握し始めたのか、今度は耳まで真っ赤になりながらじたばたと暴れ始めた。
「なんで……なんで抱きしめて…え?……ちょ……は?」
「まったく……お前は空回りすぎなんよ……落ち着け」
「なんで?……嫌われても仕方ないことしてるのに……」
次第に涙声になって、小さく身体を震わせはじめた彼を、再び強く抱き締めた。そして、耳元に口を寄せると、低く優しい声で囁いた。
「泣くなや……俺の事……好きなんやろ?」
「うん……好き……大好きなんだ……ごめんね」
「謝んなや……俺も……」
ここまで言いかけて、一瞬言葉を飲み込んだ。彼の好きと俺がこれから言う気持ちは少し種類が違うから……。でも、彼を落ち着かせるためにはこれしかないように思っていた。
「俺も……好き……やから」
「っ…………せんせー、好き……大好き」
俺の言葉に、一際大きく目を見開いた彼は、その瞳を涙で揺らしポロポロと大粒の涙を流していた。先程までの感情のない、空虚な瞳ではなく綺麗な瞳に戻っていた。俺は、そんな彼の涙を舌で舐め取った。
『これで……これでよかったんや……俺だけが犠牲になればええ』
そう心の中で呟きながら……。その瞬間、最愛の人へ気持ちを伝えることも、その気持ちをこれ以上育てることも辞めた。この、今にも壊れてしまいそうな少年が壊れてしまわないように……。自分の心を犠牲にしてでも、守り通そうと誓った。それが……今の俺に出来る最善だと信じて……。
コメント
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神じゃん、、♡ ありがとう、、
初コメ失礼します、 もううわあああああ!って感じです超好きです。 みんな助からないの悲しいけどこれもいいですよね…😻
ああ…おお…んん…(語彙力)( ◜ཫ◝)d