テラーノベル
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雑誌の撮影を終え、数日経ち涼ちゃんを交えて最後の曲のリハで、いったん休憩しようという最中だった。
バタンっ!!と、突如凄まじい落下音がスタジオに響く。物が多い為なにか落ちるのは珍しくはないが、ここまで大きな音は何事かと皆がそちらを見た気配がする。俺はライブでのアレンジをどうするか黙考していて、まあトラブルならスタッフが対処してくれるだろうとパソコンから目を離さなかった。すると、
「涼ちゃんっ…!!」
若井の悲鳴に似た焦りを滲ませた声が飛び込んでくる。はっとして顔を上げると、涼ちゃんが扉の近くでうつ伏せで倒れていた。自分の顔がさーっと青ざめていくのが分かる。急いで駆けつけようとするも譜面台やコードによってはばかられ若井にワンテンポ遅れた。
「っ涼ちゃん大丈夫…!?」
「…ゔっ…、ん」
若井が涼ちゃんを仰向けに寝かせながらそう聞く。涼ちゃんを二人で挟むように座り、介抱する。君から出てきた声は辛さから唸っただけにも聞こえるが、なんとか辛うじて意識はあるようだ。スタッフが慌てて水や病院で貰った薬を持ってくる。救急車の手配をしようとしている人もいる。覗き込んだ涼ちゃんの顔は青白く、手を握るとぞっとするほど冷たい。心拍数が上がる。
「まっ…きゅーきゅしゃ、いらないっ…」
荒い呼吸で君にぶつ切りだがそう言われ、スタッフの指が止まる。で、でもと迷っていると、若井が
「呼ぶのちょっとだけ待ってください!本人も言ってるんで…。意識が無くなったり容態が悪化したら呼んで貰えますか…っ」
こくこくと頷く先程のスタッフ。涼ちゃんがほっとしたように息をついた。薬を飲ませ、2人でどうにかソファーまで運ぶ。そして涼ちゃんの頭を若井の膝に乗せた。嫉妬がどうこう気にしている場合では無い。
「羽…大きくなってるね」
ぽつりと若井が呟く。きつく目を閉じていた涼ちゃんがゆっくりと瞼を開いて、弱々しくごめん、と言った。
「謝るの、禁止」
「あぁ…そうだったね…。でも、実際、僕が天使病に罹らなければ…」
「そんなの、俺もじゃん。余命宣告されてないだけで、突発性難聴罹っちゃったし。人間なんだからさ。…若井だっていつ何の病気に、事情になるか分からないだろ」
大きく若井が頷いた。君の手を取って、続ける。
「迷惑掛けてるんだと思うなら、俺たちが掛けるようになった時に助け合えばいいじゃん」
ね?と笑いかける。すると、こちらをゆるゆると見て、小さく微笑んでくれた。顔色は大分戻っている。
「本当に、ありがとう…」
一筋の涙が零れる。
容態が安定したあと、通院を早めて涼ちゃんは病院に向かった。
◻︎◻︎◻︎
「かなりお仕事自体は減らされている様ですが…。藤澤さん、自宅で無理して演奏の練習されてます?」
羽の触診や血液検査を終えて今日あったことを全て話すと、先生はそう言った。咎めるような口調ではない。本当に心配してくれている様だ。恐る恐る、
「無理、というか…。遅くまでは、して、ます」
と零す。練習が辛くは無い。量自体は減らしているけど、ただちょっとやり過ぎちゃう時があるだけで。そう伝えると、ですよね…お忙しいから…とうーんと先生は唸る。
「正直、このまま根詰めていると寿命は縮みます。羽が生命力を奪っているので、出来るだけ健康の方が長生き出来るんです。そして1日に羽が大きくなる具合は決まっていて、今日はお疲れだったみたいなのでお話された発作が出たと推測されます」
成程、と噛み砕いていく。つまり安静にしている状態の余命が10ヶ月ということか。それでも、僕のやりたいことは既に決まっている。それを言おうとすると、手で制された。
「正直こちらからは入院を強くおすすめします。でも天使病に今まで罹った方々は、動けるなら最後まで自分のやりたい事をやり切りたいと全員おっしゃりました。私は、人生に関わる事なので、患者さんの意見を尊重したいと思っています」
ごくり、と唾を飲む。先生が優しくこちらを見た。
「藤澤さん。決して、無理だけはしないで下さい」
「…っ!はい、頑張ります…!」
「あぁでも、最後の1ヶ月は必ず入院になります。思い出作りや挨拶回りなどはそれまでに済ませるといいかと…」
「そうなんですね、分かりました…。本当にありがとうございます」
そういうと、活動応援していますよと、微笑を浮かべた。僕は本当に沢山の人に支えられている。そのお陰で、ミセスを形を変えても続けらている事を忘れない様にしないと。
その後羽が今後大きくなるため隠し方や体調維持のコツを伝授して貰えた。まだ、倒れきる訳にはいかない。
病院を出て、マネージャーの迎えを待ちながら、夕方の蒸し暑い風を浴びると同時に、元貴からの着信があった。内容は体調の心配と、ライブ衣装の打ち合わせ。自然と心が弾む。羽が生えてきた当初はあんなに不安に駆られて外に出たくなかったのに、今では仕事を心待ちにしているなんて考えられなかったな。元貴が最初優しく接してくれて、若井は色々と尽くしてくれて。
周りの人の優しさに感極まり、泣きそうになってしまった。これもきっと、病気のせいだ。誰にも聞かれる事なく言い訳は夕暮れに溶けていった。
◻︎◻︎◻︎
読んで下さりありがとうございます!
毎度言っていますが、更新遅くなり申し訳ないです。あともう少しだけお付き合いください。
次も是非読んで頂けると嬉しいです。
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