テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#K-T
#CREATIVE BASE
#人狼
K-Takasaka
153
#K-Takasaka
第三章 狩られる者たち
通信施設の中は、異様なほど静かだった。
外は激しい雨が降っている。
しかし、厚い壁に囲まれた施設の内部には、雨音が届かなかった。
聞こえるのは、K-Tたちの足音と、天井に取りつけられた古い換気扇の音だけだ。
K-Tは入口に立ったまま、施設内を見回した。
正面に長い廊下。
左右に小さな部屋。
奥に階段。
監視カメラが四台。
そのうち二台は動いている。
残り二台は、こちらを映しているように見えて、実際には同じ映像を繰り返していた。
「監視映像がループしてる」
ミステーが言った。
「誰かが、俺たちの侵入を見せるためにわざと残してる」
「誘い込んでいる?」
メバルが聞いた。
「そうだ」
K-Tは拳銃を抜いた。
「全員、離れるな」
カキが周囲を見回す。
「ずいぶん歓迎されてるみたいだな」
「歓迎ではない」
「分かってる。処刑場だろ」
K-Tは返事をしなかった。
奥の廊下に、ひとつだけ明かりがついている。
その下に、黒いケースが置かれていた。
K-Tはケースへ近づいた。
メバルが腕を伸ばす。
「待って」
K-Tが足を止める。
ミステーが端末を向けた。
「熱源はない。爆発物も、たぶんない」
「たぶん?」
「専門家じゃないから」
K-Tは周囲を確認し、ケースを拾い上げた。
重さはほとんどない。
表面には、組織の紋章が刻まれていた。
ケースを開く。
中には一枚の記録媒体と、写真が入っていた。
写真には、K-Tたち六人が写っている。
まだ訓練施設にいた頃のものだった。
メバルが写真を取り上げた。
「これ、いつ撮られたの?」
「二年前」
K-Tが答えた。
「覚えてるの?」
「訓練記録にある」
「私は覚えてない」
「監視用だ」
写真の裏には、黒い文字で短く書かれていた。
《守る対象を選べ》
カキが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
K-Tは写真を見た。
六人の中から、誰か一人を選べということか。
それとも、六人全員を守ろうとする自分への挑発か。
メバルが写真を裏返した。
「これ、私たちを分断するためのものだよ」
「そうだ」
「なら、捨てよう」
メバルは写真を破ろうとした。
そのとき、施設内のスピーカーから声が流れた。
「破る必要はない」
低い男の声。
組織のトップだった。
「その写真は、お前たちがどれほど互いを理解しているかを示すためのものだ」
K-Tがスピーカーを見上げる。
「姿を見せろ」
「急ぐな。お前は昔から、必要なことを急ぎすぎる」
「俺を知っているような言い方だ」
「記録を見れば、誰でも分かる」
トップの声は淡々としていた。
「お前は敵を倒す前に退路を確認する。攻撃よりも防御を選ぶ。仲間を安全な場所へ移動させ、自分だけが危険区域に残る」
K-Tは何も言わなかった。
「だが、それは美徳ではない」
トップは続けた。
「単なる依存だ。自分が傷つけば仲間は助かる。そう思い込むことで、お前は仲間を信用しなくて済む」
メバルがスピーカーを睨んだ。
「K-Tは、あなたみたいな人間とは違う」
「違わない」
「違う!」
「ならば、証明してみろ」
施設の奥で、金属の扉が開いた。
同時に、廊下の両側から武装した兵士が現れる。
人数は十人以上。
全員が防弾装備を着ている。
K-Tは防弾盾を構えた。
「全員、後ろへ」
「また?」
カキが銃を構える。
「今度は俺たちもやる」
「敵は多い」
「だからだ」
最初の銃声が響いた。
K-Tの盾に弾丸が集中する。
彼は盾を低く構え、仲間たちの前に立った。
「ミステー、照明」
「分かってる!」
ミステーが端末を操作する。
廊下の明かりが一斉に消えた。
暗闇の中で、敵の銃火だけが瞬く。
K-Tはガラケーのアンテナを伸ばした。
暗視モードに切り替える。
敵の位置が画面に表示された。
「左、三人。右、四人。奥に五人」
「どうする?」
マサカゲが聞く。
「中央を開ける。カキ、アオノは左。マサカゲ、ミステーは右。メバルは負傷者を後方へ」
「K-Tは?」
「俺は正面」
メバルが叫んだ。
「一人で行かないで!」
「正面を止める」
「それを一人で行くって言うの!」
K-Tは答えなかった。
敵が前進する。
K-Tは盾を構えたまま、弾丸の間を縫って進んだ。
銃弾が盾に当たり、衝撃が腕へ伝わる。
一発。
二発。
三発。
盾の表面に亀裂が入る。
K-Tは敵の前列へ到達した。
盾を突き出し、兵士を壁へ押しつける。
左手でトンファーを抜き、隣の兵士の手首を打つ。
銃が落ちる。
もう一人が背後から銃を向けた。
K-Tは振り返らず、伸ばしたガラケーのアンテナを後ろへ突き出した。
アンテナが相手の手に当たる。
拳銃が逸れた。
その瞬間、カキの銃声が響く。
兵士の肩を撃ち抜いた。
「貸し一つだ!」
「必要ない」
「そこはありがとうだろ!」
K-Tは返事をしなかった。
右側では、マサカゲとアオノが敵を押し返している。
ミステーは監視システムへ侵入し、敵の通信を妨害していた。
メバルは負傷者を移動させながら、時々K-Tの位置を確認している。
K-Tはそれに気づいていた。
「メバル、見るな」
「何を?」
「俺を」
「無理」
「前を見ろ」
「K-Tが無茶をしてないか確認してる」
「必要ない」
「必要ある!」
彼女の声が響いた。
K-Tの動きが、わずかに止まる。
その隙を敵は見逃さなかった。
兵士が刀を抜き、K-Tの背後から斬りかかる。
メバルが叫んだ。
「後ろ!」
K-Tは振り返り、盾で刃を受けた。
鋭い衝撃が腕を伝わる。
敵の刀が盾の縁に食い込んだ。
K-Tは相手の腹を蹴り、刀を抜かせる。
だが、廊下の奥から次の兵士が迫っていた。
「まだ来るのか」
カキが呟く。
そのとき、施設全体の扉が閉じた。
防火扉が降り、廊下が分断される。
メバルとK-Tたちの間に、厚い鉄扉が落ちた。
「K-T!」
メバルの声が向こう側から聞こえる。
「動くな」
K-Tは扉へ走った。
「こっちには負傷者がいる!」
「ミステー、開けられるか」
「やってる。でも手動ロックがかかってる!」
「時間は?」
「分からない!」
扉の向こうから、複数の足音が聞こえた。
別の敵がメバルたちへ向かっている。
K-Tは鉄扉を撃った。
弾丸は跳ね返る。
「K-T、来ないで!」
メバルが叫ぶ。
「そっちへ行く」
「罠だよ!」
「分かっている」
「なら、来ないで!」
K-Tは扉の制御盤を見た。
通常のシステムからは切断されている。
ガラケーをかざしても、反応がない。
ミステーが叫ぶ。
「機械的に閉じられてる! 開けるなら、向こう側のレバーを操作するしかない!」
K-Tは周囲を見た。
別の通路がある。
遠回りすれば、メバルたちのいる区画へ回り込める。
だが、その通路には敵の反応が複数あった。
正面から進めば時間がかかる。
戻れば、メバルたちが先に襲われる。
K-Tは判断した。
「俺が行く」
カキが腕をつかんだ。
「待て。お前が行ったら、こっちの防御が崩れる」
「マサカゲがいる」
「それでも――」
「必要だからだ」
K-Tはカキの手を振りほどいた。
「全員、ここを守れ」
K-Tは一人で横の通路へ入った。
敵の位置は、ガラケーの画面に表示されている。
正面に二人。
角を曲がった先に三人。
さらに奥に、別の反応。
K-Tは照明を落とし、暗闇の中を走った。
一人目が銃を撃つ。
K-Tは壁際へ身を寄せ、弾丸を避ける。
敵が近づいたところで、拳銃のグリップを顔面へ叩き込む。
二人目が刃物を振る。
K-Tは腕をつかみ、壁へ押しつけた。
「動くな」
「お前は、仲間のために死ぬ」
敵が笑う。
「それで何人守れる?」
K-Tは答えず、相手を気絶させた。
角を曲がる。
三人の敵が待ち構えていた。
銃口が一斉に向く。
K-Tは床へ伏せた。
弾丸が頭上を通り過ぎる。
そのまま前へ滑り込み、先頭の足を払う。
倒れた敵の銃を蹴り飛ばし、二人目の膝を撃ち抜く。
三人目が逃げようとした。
K-Tはガラケーのアンテナを伸ばし、相手の背中へ投げた。
警棒が当たり、敵が倒れる。
K-Tはアンテナを回収した。
そのとき、背後から刃物が迫った。
K-Tはとっさに振り返り、トンファーで受け止める。
敵の力が強い。
押し込まれる。
K-Tは左足を引き、相手の重心を崩した。
敵がよろめく。
しかし、その瞬間、別の銃声が響いた。
K-Tの脇腹を弾丸がかすめた。
制服が裂け、血がにじむ。
敵は一人ではなかった。
天井近くの配管の上に、狙撃手がいる。
K-Tは壁の影へ移動した。
狙撃手が再び撃つ。
K-Tは落ちた金属片を拾い、反対方向へ投げた。
狙撃手の視線が逸れる。
その隙に、K-Tは壁を蹴って跳び上がり、配管へ手をかけた。
狙撃手と至近距離で向かい合う。
相手はナイフを抜いた。
K-Tは腕をつかみ、銃口を天井へ向けさせた。
「誰の命令だ」
「お前を消せば、全部終わる」
「答えろ」
「トップは、お前を殺したがっているわけじゃない」
男は笑った。
「お前を選ばせたいんだ」
「何を」
「仲間か、自分か」
K-Tは男を配管から引きずり下ろした。
床へ叩きつける。
「くだらない」
「そう思うなら、なぜ戻る?」
K-Tは答えなかった。
鉄扉の向こうから、銃声が聞こえた。
メバルたちが襲われている。
K-Tは通路を走った。
防火扉の前へ戻ると、向こう側からメバルの声が聞こえた。
「K-T!」
「そこから離れろ」
「早く!」
K-Tは扉の横の壁を見た。
制御盤は壊れている。
だが、扉を動かす油圧装置が上部にある。
K-Tは拳銃を構え、油圧装置を撃った。
一発。
二発。
三発。
装置が火花を散らす。
鉄扉が数センチ上がった。
「今だ!」
メバルたちが扉の下をくぐり抜ける。
最後にメバルが出てきた。
その直後、扉が再び落ちた。
メバルはK-Tの前へ駆け寄った。
「血が出てる」
「浅い」
「見せて」
「問題ない」
「またそれ!」
メバルはK-Tの制服をつかんだ。
「本当に問題ないなら、どうして顔色が悪いの?」
「照明のせいだ」
「嘘」
K-Tは黙り込んだ。
メバルは負傷した脇腹を押さえた。
「今、止血する」
「後でいい」
「後じゃない!」
彼女の声が震えた。
「K-Tが死んだら、後なんてないんだよ」
K-Tは彼女を見た。
メバルの手が、血で赤く染まっている。
彼女の顔には恐怖があった。
K-Tは、その表情を見たくなかった。
だから、視線を逸らした。
メバルはそれを見逃さなかった。
「……怖いの?」
「違う」
「じゃあ、何を考えてるの?」
「敵の位置」
「それだけ?」
「それだけだ」
メバルは唇を噛んだ。
「K-Tは、いつもそうやって自分のことを隠す」
「必要ない」
「私たちには必要だよ」
K-Tは返事をしなかった。
そのとき、廊下の奥から拍手が聞こえた。
ゆっくりとした、乾いた拍手。
全員が振り向く。
暗い廊下の先に、一人の男が立っていた。
黒いコート。
短い髪。
右手に日本刀。
先ほどの殺し屋とは、明らかに違う。
男は、K-Tの脇腹の傷を見た。
「まだ動けるか」
K-Tは拳銃を向けた。
「退け」
「その言葉も記録にある」
男は刀を抜いた。
「お前は、いつも最初に退路を確認する。次に仲間を移動させる。その後で敵を倒す」
「だから何だ」
「だから、戦い方が読める」
男が踏み込んだ。
速かった。
K-Tは盾を構えた。
刀が盾に当たり、強い衝撃が響く。
男は一度下がり、すぐに二撃目を放つ。
K-Tは横へ動いて避けた。
刃が壁を切り裂く。
カキが銃を構えるが、K-Tが手で制した。
「撃つな」
「何でだ!」
「距離が近い」
K-Tは男の攻撃を受けながら、少しずつ後退した。
敵は、K-Tの右側へ攻撃を集中させている。
右手に盾を持たせ、動きを制限するためだ。
K-Tは盾を下げ、敵の刀を誘った。
男の刃が右肩を狙う。
K-Tは紙一重で避け、左手のトンファーを相手の手首へ叩き込んだ。
刀がわずかに逸れる。
K-Tは男の胸へ蹴りを入れた。
男は数歩下がった。
「今の動きも記録されている」
「なら、次も読め」
K-Tが踏み込む。
男は刀を返し、下から斬り上げた。
K-Tは盾を差し込んだ。
刃が盾の縁に食い込む。
男は刀を引き抜こうとする。
K-Tはその隙に距離を詰め、トンファーで男の肘を打った。
しかし、男は倒れなかった。
反対の手で短銃を抜く。
K-Tは銃口を見た。
距離が近い。
避けられない。
K-Tは盾を捨て、男の腕をつかんだ。
銃声。
弾丸が天井へ飛ぶ。
二人は互いの腕を押さえたまま、廊下の中央で組み合った。
男の刀が床に落ちる。
K-Tは相手の手首をねじり、拳銃を落とさせた。
敵の頭がK-Tの顔へ迫る。
頭突き。
K-Tの視界が揺れた。
男はK-Tを壁へ押しつける。
「お前は、仲間を守っているつもりで、仲間から選ぶ権利を奪っている」
K-Tの右腕が、敵に押さえ込まれている。
「お前が決める。お前が犠牲になる。お前が死ぬ」
男の声が低くなった。
「それは、仲間を信じていないのと同じだ」
K-Tは男の胸へ膝を入れた。
一瞬、拘束が緩む。
K-Tは左手で相手の顔を殴った。
男がよろめく。
K-Tは距離を取った。
敵は床の刀を拾い上げる。
そのとき、メバルがK-Tの背後へ走ってきた。
「K-T、右!」
敵の視線がメバルへ移る。
わずかな一瞬。
K-Tは敵との間へ入った。
男は、メバルへ向けて刀を振り下ろした。
K-Tは盾を構えた。
だが、さきほどの戦闘で盾には大きな亀裂が入っている。
刀が盾を切り裂いた。
そのまま刃がK-Tの右肩へ食い込む。
音は、思ったより小さかった。
衝撃だけが、体の奥へ走る。
K-Tは一瞬、自分の右腕を見た。
肘から先が、もう動かない。
それでも、彼は叫ばなかった。
男が刀を引き抜く。
K-Tの右腕が、肩から切断されて床へ落ちた。
メバルの悲鳴が響く。
「K-T!」
K-Tは、床に落ちた右腕を見なかった。
右肩から血が噴き出している。
視界が白くなる。
それでも、敵はまだ立っている。
男は刀を構え直した。
「これで終わりだ」
K-Tは左手で拳銃を拾った。
足元が揺れる。
メバルが彼の体を支えようとする。
「触るな」
「無理だよ!」
「下がれ」
「腕がないのに、まだ戦うの?」
K-Tは敵を見た。
「必要だからだ」
男が笑った。
「そうだ。それがお前の呪いだ」
敵が再び踏み込む。
K-Tは拳銃を撃った。
一発目は、敵の肩をかすめた。
男が刀を振る。
K-Tは左へ転がり、床に落ちた盾を蹴り上げた。
盾が男の膝に当たる。
男の体勢が崩れた。
K-Tはガラケーを左手で拾い、アンテナを伸ばす。
警棒を握る。
男が立ち上がる前に、K-Tは警棒を相手の手首へ叩き込んだ。
刀が落ちる。
さらに、男の喉元へ警棒を突きつける。
「動くな」
男は血を吐きながら笑った。
「右腕を失っても、まだ守るか」
「必要なら」
「お前は、いつか後悔する」
K-Tは警棒を振り下ろした。
男は気を失い、床へ倒れた。
戦闘が終わった。
しかし、K-Tは立ったまま動かなかった。
右肩から流れる血が、床を濡らしている。
メバルが彼の左腕をつかんだ。
「止血する。早く!」
「他の負傷者を先に」
「K-T!」
「全員の状態を確認しろ」
「あなたが一番重傷!」
「問題ない」
「問題ある!」
メバルはK-Tの前に立った。
「右腕がないんだよ!」
K-Tは返事をしなかった。
その沈黙を見て、メバルの目から涙が落ちた。
K-Tは初めて、視線を逸らした。
「見るな」
「見てるよ」
「必要ない」
「必要だよ!」
メバルは彼の左腕を強くつかんだ。
「K-Tが私たちを守るなら、私たちもK-Tを守る」
「俺は――」
「一人で処理しようとしないで」
K-Tは言葉を失った。
自分の右腕が、床に落ちている。
それを拾うこともできない。
痛みは、もう感じなかった。
代わりに、体の一部が消えたことだけが分かる。
ミステーが駆け寄ってきた。
「止血帯がある。アオノ、医療キットを!」
「分かった!」
カキとマサカゲが、倒れた殺し屋を警戒する。
K-Tはそれを見て、言った。
「敵を拘束しろ」
カキが振り返る。
「お前は?」
「俺は後でいい」
「それは禁止だ」
カキはK-Tの肩を押さえた。
「今度は俺たちが決める」
K-Tは反論しなかった。
メバルが止血帯を巻く。
激痛が遅れて押し寄せてきた。
K-Tの呼吸が一度だけ乱れる。
メバルはそれを見逃さなかった。
「痛い?」
「問題ない」
「答えて」
「……問題ない」
「それ、答えになってない」
ミステーが倒れた殺し屋の端末を拾った。
画面には、組織のトップへ送信された報告が残っている。
《K-T、右腕を喪失》
《戦闘継続を確認》
《救出対象との心理的結びつき、想定以上》
ミステーが画面を見せた。
「これ、トップがずっと見てた」
K-Tは端末を受け取った。
さらに下に、別の記録がある。
《次段階へ移行》
その文字の下に、組織のトップからの返信が表示されていた。
《彼は必ず、仲間を連れて来る》
K-Tの指が止まる。
「どこへ?」
メバルが尋ねる。
ミステーは画面を操作した。
「位置情報がある。組織の本部だ」
「トップは、私たちを本部へ誘導してる」
カキが言った。
K-Tは立ち上がろうとした。
だが、膝が崩れた。
メバルとカキが支える。
「歩ける」
「歩かなくていい」
メバルが言った。
「今は、私たちが運ぶ」
K-Tは黙った。
かつて、彼は仲間を安全な場所へ運んできた。
負傷者を背負い、危険区域を抜け、最後まで自分の足で歩かせた。
だが今は、仲間に支えられている。
右腕を失ったことで、戦闘能力の一部を失った。
同時に、彼がずっと拒んできたものを受け入れざるを得なくなった。
自分だけでは、もうすべてを処理できない。
「……退路を任せる」
K-Tは低い声で言った。
メバルが彼を見る。
「うん」
「敵の位置は、俺が確認する」
「うん」
「負傷者を先に移動させろ」
「分かってる」
K-Tは、メバルの肩に体重を預けた。
ほんのわずかに。
それでも、彼にとっては大きな変化だった。
施設の最上階。
組織のトップは、監視画面を見ていた。
そこには、右腕を失いながら仲間に支えられて歩くK-Tが映っている。
部下が尋ねた。
「拘束部隊を向かわせますか?」
「必要ない」
「しかし、彼はまだ戦闘可能です」
「分かっている」
トップは画面を見つめた。
K-Tは、血を流しながらも立っている。
そして、メバルたちの指示を受け入れている。
それは想定外だった。
K-Tは最後まで、一人で動くはずだった。
仲間に支えられることを拒み、自分だけで本部へ来るはずだった。
だが、彼は変わり始めている。
トップは、机の上に置かれた別の資料を見た。
そこには、K-Tの未来予測が記録されている。
《右腕喪失後、戦闘能力低下》
《仲間への依存度上昇》
《判断基準の変化》
《最終的に、組織への復讐を選択する可能性》
トップは静かに言った。
「次は、仲間を狙え」
部下が振り返る。
「K-Tではなく?」
「K-Tを狙えば、彼は守る」
「それが目的では?」
「違う」
トップは、監視画面の中のメバルを見た。
「守れない状況を作る」
その命令が出された直後、K-Tのガラケーが鳴った。
着信表示はない。
K-Tは左手で通話を取った。
「誰だ」
しばらく、無音が続いた。
それから、加工された声が流れた。
『右腕を失ったか』
K-Tの目が冷たくなる。
「お前か」
『ようやく、少しだけ理解したようだな』
「何を」
『一人では、すべてを守れない』
K-Tは黙った。
『だが、理解するのが遅すぎた』
通話の向こうで、何かが落ちる音がした。
次いで、メバルたちの端末が一斉に鳴った。
ミステーが画面を見て、顔色を変える。
「K-T……」
画面には、見覚えのある建物が映っていた。
K-Tたちが身を隠していた家。
破壊されたはずの家の内部。
そこに、組織の部隊が入っている。
そして、画面の隅に一人の人物が映っていた。
メバルの家族だった。
メバルが息を呑む。
「どうして……」
加工された声が続く。
『次は、誰を守る?』
K-Tは通話を切った。
表情は変わらなかった。
だが、左手が強く握られている。
メバルが彼を見る。
「K-T、行こう」
「危険だ」
「分かってる」
「お前の家族が狙われている」
「だから行く」
「罠だ」
「それでも行く」
K-Tは、メバルの顔を見た。
その目に迷いはなかった。
「俺が行く」
「私も行く」
「お前は残れ」
「嫌」
「必要ない」
「必要あるよ」
メバルはK-Tの左腕を握った。
「今度は、私が守る」
K-Tは答えなかった。
失った右腕の断面が、遅れて痛み始める。
それでも、彼は歩いた。
一人ではなく。
仲間たちに支えられながら。
組織の本部へ向かうために。
その途中、K-Tは一度だけ振り返った。
倒れた殺し屋のそばに、黒い記録端末が落ちている。
画面には、誰にも知られていない名前が表示されていた。
《X:観測継続》
K-Tはその文字を見つめた。
意味は分からなかった。
ただ、その名前だけが、組織の記録の中で異様に古い。
事件が始まる前から。
K-Tが護衛として教育される前から。
まるで、誰かがずっと彼の人生を見ていたかのように。
K-Tは端末を拾った。
「どうしたの?」
メバルが尋ねる。
「何でもない」
K-Tは端末を閉じた。
そして、残った左腕で拳銃を握り直した。
「行く」
施設の外では、雨がまだ降り続いていた。
その雨の向こうで、組織のトップが待っている。
K-Tの仲間を狙い、彼を選択の場へ追い込み、すべてを奪おうとしている。
だが、組織のトップはまだ知らなかった。
K-Tが右腕を失ったことで、戦い方を変え始めたことを。
そして、彼が初めて仲間に支えられたことで。
これまでとは違う判断をするようになったことを。
K-Tたちは、組織の本部へ向かった。
決着のために。
奪われた証拠を取り戻すために。
そして、呪われた運命の始まりを断ち切るために。
コメント
1件
みぅです、読了しました🖤 第三章、めっちゃ重かったです……。K-Tの右腕が落ちるシーン、一瞬現実が止まったみたいな感覚になりました。でも、その後のメバルの「今度は私が守る」って言葉がすごく響いて。今まで一人で全部背負ってたK-Tが、初めて誰かに体重を預ける場面、泣きそうになりました。 トップの「守れない状況を作る」って台詞、ゾッとしました。でも、それでK-Tが変わり始めたのも事実で……。この先、どうなるんですか? 続きが気になりすぎます。