テラーノベル
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監視鐘が鳴ると、村の灯りが一斉に減った。
外から内部の様子を見えにくくするためだ。
ハルは初めて、その決まりがあることを知った。
「家から出るな」
トウマは工具袋を掴んだ。
「父さんも行くの?」
「境界担当だ」
「俺も見た」
「だからこそだ」
父は玄関を出た。
ユイが鍵をかける。
ナナは状況が分からず、不安そうに母の服を掴んでいる。
「誰か来たの?」
「分からない」
ハルが答える。
またその言葉。
窓からは何も見えない。
十分。
二十分。
鐘はもう鳴らない。
やがてトウマが戻った。
「どうだった?」
「北東側の監視器が反応した」
「人?」
「姿は確認できなかった」
「足跡?」
「明るくなってから見る」
「門の近く?」
「境界から百メートルくらい」
ハルの胸が高鳴る。
中継所から村まで、自分たちを追ってきたのか。
「俺たちの足跡を追った?」
「可能性はある」
「だったら人だ」
「可能性だ」
父は強く言った。
「今夜は寝ろ」
眠れるはずがなかった。
翌朝。
境界の外には、新しい足跡が残っていた。
一人分。
旧道から来て、壁沿いを歩き、また北へ戻っている。
門には近づいていない。
「見に来たんだ」
ハルが言う。
「そう見える」
ミオも足跡を見る。
シンたちは境界の内側から話している。
「追うべきじゃない」
シン。
「どこへ戻ったか確認だけでも」
トウマ。
「罠なら?」
「一人の足跡だ」
「一人に見せてるだけかもしれん」
ハルは大人たちの会話を聞きながら思った。
外の人間がいる。
その事実が分かった途端、大人たちは外そのものより人を怖がり始めた。
「人ってそんなに危ないの?」
ハルが聞く。
シンが振り返る。
「人だから危ないこともある」
「昔の争い?」
「そうだ」
「でも今の人は関係ないかもしれない」
「関係あるかもしれない」
どちらも可能性。
ミオが小声で言った。
「私たちも同じだよ」
「何が?」
「向こうから見たら、知らない人」
ハルは足跡を見る。
そうか。
自分たちが相手を警戒しているなら、相手も自分たちを警戒している。
「じゃあ逃げたのかな」
「何から?」
「俺たちから」
その日の午後、外へ出ることは禁止された。
翌日も。
三日目。
監視器に反応なし。
足跡も増えない。
大人たちは少しずつ通常の仕事へ戻った。
ハルとミオは学校の裏で地図を広げる。
「31から来たと思う?」
「距離的にはあり得る」
「ソウさんも向かった」
「でも証拠はない」
「確認したい」
「どうやって?」
「中継所から先」
ミオは黙る。
「今度は31?」
「行けるところまで」
「許可出ないよ」
「分かってる」
「勝手に行ったら、今度こそ門閉じられる」
「それも分かってる」
ハルは頭を抱えた。
知りたい。
でも、知るために信頼を壊せば、次に進めない。
放課後。
二人はシンのところへ行った。
「31まで調べたい」
予想通り、即答だった。
「だめだ」
「理由は?」
ミオ。
「遠すぎる。人がいる可能性がある。危険が増えた」
「だから調べたいんです」
「だから子供を行かせられん」
「大人は?」
シンが黙る。
村には余裕がない。
トウマを何日も設備から外せない。
農作業も同じ。
「じゃあ、ずっと分からないまま?」
「今はそうする」
「いつまで?」
ハルが聞く。
シンの顔が険しくなる。
「お前はその言葉が好きだな」
「だって、いつもそうだから」
「待つことも判断だ」
「何を待つんですか?」
答えはなかった。
中央通信。
ソウ。
境界。
全部、待つことで今まで続いてきた。
その夜。
ハルは窓を叩く小さな音で目を覚ました。
ミオだった。
「何?」
「外」
「今から?」
「違う」
ミオは紙を見せる。
今日、学校から帰る途中で拾ったという。
古い紙ではない。
乾いている。
折り目も新しい。
そこには、炭のようなもので記号が描かれていた。
『31』
その下に矢印。
北東。
「どこにあった?」
「古い搬入路の入口」
「村の中?」
「門のすぐ内側に見えた」
ハルの背中が冷たくなる。
「誰か入った?」
「門は開いてない」
「じゃあどうやって」
「分からない」
紙を裏返す。
文字がもう一つ。
『17?』
疑問符。
「向こうも俺たちを探してる」
ハルが言う。
「たぶん」
「31の人?」
「たぶん」
「会える」
「危険かもしれない」
「でも、話したいから紙置いたんじゃない?」
ミオは考える。
「罠の可能性もある」
「何でも罠にできるな」
「何でも安全にもできる」
ハルは笑えなかった。
翌朝、紙を大人たちへ見せた。
村は再びざわついた。
シンは警戒を強める。
トウマは紙を何度も見る。
「17を知ってる」
「中継所で見たんじゃない?」
ハルが言う。
「俺たちの足跡を追って」
「なら31も知ってる」
「本人が31から来た」
ミオが言う。
「そう考えるのが自然です」
シンは机を指で叩く。
「返事はしない」
「なんで?」
「こちらの情報を渡すことになる」
「もう場所は知られてる」
「人数も、物資も、門の構造も知られてない」
人が現れた途端、情報そのものが資源になる。
ハルは初めてそれを理解した。
「向こうも同じこと考えてるかな」
ミオが言う。
トウマが頷く。
「たぶんな」
「だったら」
ハルは紙を見る。
「お互い怖がって、何も話せない」
シンは答えない。
その日の夕方。
境界の北東。
壁の外側に、一人の影が現れた。
遠い。
顔は見えない。
手に武器のような長いものを持っている。
監視台から声が飛ぶ。
「止まれ!」
影は止まった。
逃げない。
近づかない。
しばらくして。
その人物は地面へ何かを置いた。
そして後ろへ下がる。
トウマが双眼鏡を覗く。
「紙だ」
ハルの心臓が鳴る。
影はさらに下がる。
やがて木々の中へ消えた。
誰もすぐには外へ出なかった。
一時間待った。
罠がないことを確認し、トウマたちが紙を回収する。
そこに書かれていたのは、短い言葉だった。
『17から来た二人へ』
その下。
『31で待つ』
最後に。
『敵でないなら、武器を持つな』
ハルは何度も読んだ。
向こうは自分たちを警戒している。
自分たちと同じように。
「敵でないなら」
ミオが呟く。
「向こうでは、まず敵かどうかを考えるんだね」
その言葉の意味を。
二人はまだ知らなかった。
翌朝、大人たちは紙が見つかった場所を改めて確認した。
ミオも同行し、昨日の位置を示した。
古い搬入路は境界の内側から門へ続き、外側にも崩れた舗装が伸びている。
紙があったのは、正確には門の外側――金属板の下にできた浅い隙間のすぐそばだった。
風で数十センチ動けば、内側から見える位置まで滑り込む。
「昨日、暗くて内側だと思った」
ミオが言った。
トウマが板の下を確認する。
「人が通れる幅じゃない。紙なら入る」
ハルは少しだけ息を吐いた。
「じゃあ誰かが村に入ったわけじゃない」
「少なくとも、この紙だけではそう言えない」
シンが答えた。
謎が一つ減った。
その代わり、誰かが門のすぐ外まで来た可能性は強くなった。
紙を置いた人物は、門を壊そうとはしていない。
隙間へ紙を差し込むか、風で入る位置へ置いた。
「話したいのかな」
ハルが言う。
「こちらを調べたいだけかもしれない」
シン。
「同じじゃない?」
「違う」
「でも俺たちも31を調べたい」
シンは返事をしなかった。
午後、セイジが学校で突然、机を二つ向かい合わせにした。
「ハル。こっちへ座れ」
「何?」
「お前が17。俺が31だ」
「先生が?」
「仮定だ」
セイジはハルへ紙を一枚渡した。
『そちらへ行きたい』
「どうする?」
「来ればいい」
「俺が武器を持っていたら?」
「置いてきて」
「人数を聞かれたら?」
ハルは止まる。
「……先にそっちが教えて」
教室に笑いが起きた。
セイジも笑った。
「つまり、相手にも同じ警戒がある」
ミオが言った。
「だから、どっちかだけが全部教える形だとうまくいかない」
「そういうことだ」
セイジは二つの机の間に一本線を引いた。
「境界があると、中と外ができる。だが相手側にも境界があれば、向こうにとっての中と外は逆になる」
ハルは第31居住区を想像した。
向こうにも家があるのだろうか。
子供がいて、畑があって、大人に「外へ行くな」と言われているのだろうか。
もしそうなら、自分たちは相手にとって何に見えるのか。
その答えは、夕方に届いた二枚目の紙に書かれていた。
『敵でないなら、武器を持つな』
ハルはその一文を見た時、怖さより先に妙な納得を覚えた。
向こうも怖いのだ。
それは安心材料ではない。
怖い人間が何をするかは分からない。
けれど少なくとも、相手は言葉を使った。
警告を伝えた。
いきなり攻撃しなかった。
「返事したい」
ハルが言う。
シンはすぐには否定しなかった。
それだけでも、数日前なら考えられない変化だった。
コメント
1件
「外の人間」が現れたことで大人たちが急にビビりだすの、すごくリアルだったわ。ミオの「向こうから見たら知らない人」って視点の切り替え、めちゃくちゃ刺さった。紙でのコンタクト、お互い怖がりながらも言葉を選んでる感じが生々しくて、「敵でないなら武器を持つな」って一文にはこっちも息を呑んだ。ハルが「待つこと」に疑問を持ち続ける姿勢、好きだな。次どうなるか気になる🔥