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「悪かったな、時間を貰っちまって」
「いえ……」
暫くの間、無言のままで車を走らせていた蒼央は、目的地だったのかとあるマンション裏手にある駐車場に停めるとエンジンを切った。
「寒くないか?」
「はい、大丈夫です」
「悪いな、エンジンを掛けっぱなしにすると周りの迷惑になるから」
「大丈夫です。もしかしてここは、蒼央さんの住んでいるマンションですか?」
「ああ、そうだ。ゆっくり話せる場所が思い付かなかったからな。部屋で話すのも考えたんだが、こんな時間に異性の部屋でって訳にもいかねぇだろうから、ここで我慢してくれな」
話をする場所は、蒼央なりに気を遣って車内を選んだようなのだが、それを聞いた千鶴は好奇心からなのか、蒼央の部屋へ入ってみたいという思いが生まれていた。
「……あの、ご迷惑でなかったら、お部屋にお邪魔してはいけませんか? その……実は、お手洗い……お借りしたくて……」
そして、部屋上がる為の口実として少し恥ずかしそうにトイレに行きたいことを告げると、
「それは構わないが……分かった、それじゃあ部屋で話そう」
一瞬悩んだ後、それならばと蒼央は車を降りて自身の部屋で話すことを決めて千鶴を招くことにしたのだった。
蒼央の住むマンションは十五階建てのもので、彼はそこの最上階の角部屋に住んでいる。
部屋の間取りは1LDKでリビング部分は約15畳、洋室は8畳という一人、あるいは二人住まい向けの広さで、蒼央の部屋の中はカメラ機材や関連する雑誌や小物など、カメラに関する物以外は主に必要最低限の家具家電しか無い印象だ。
部屋にあがってすぐ、申し訳無さそうにトイレを借りた千鶴は個室を出ると、洗面所で手を洗ってリビングへ戻って行った。
「あの、ありがとうございました」
「構わねぇよ。とりあえず、そこに座っててくれ。今コーヒー淹れてくから」
「あの、私も手伝います」
「いいって。コーヒーくらい淹れられる。お前は気にせず座ってろ」
「……分かりました、それじゃあ、お言葉に甘えて失礼します」
コーヒーを淹れている蒼央を手伝おうと思った千鶴は座って待つよう言われてしまった為、諦めて二人がけのソファーの左側に腰掛けた。
「砂糖とミルクは好きなだけ使ってくれ」
「ありがとうございます」
トレーの上にコーヒーカップを二つといくつかのスティックタイプの砂糖とミルクの入った小さい容器にマドラーがそれぞれ並べられ、蒼央はそれをソファー前にあるローテーブルに置いて千鶴の横に腰掛けた。
千鶴は砂糖を一つ入れてからミルクを注ぎ、それをマドラーでかき混ぜてから一口飲んだ。
「今更だけど、コーヒーで良かったか?」
「はい、大丈夫です。ただ、ブラックは飲めないんですけど」
「お前くらいの年齢ならそういう奴も多いだろう。煙草を吸ってりゃ、ブラックの方が美味いってなるかもしれねぇがな」
言いながら蒼央は煙草を取り出すと、それに火を点けて吸い始めた。
「蒼央さんは、昔から煙草を吸っているんですか?」
「ああ。初めはあまり好きになれなかったが、いつの頃からか吸うようになってた」
「煙草って、そんなに美味しいんですか?」
「まあ、そういう奴もいるだろうが、俺は別にそういった感想を持ったことはねぇな。なんつーか、心を落ち着かせる時とか、そういう時に吸いたくなる」
「吸うと落ち着くんですか?」
「俺はな」
「そうなんですね」
「悪いな、煙、苦手か?」
「いえ、大丈夫です。うちは父親が吸う人なので慣れてますから」
「そうか」
千鶴の口から『父親』というワードが出てきたことで、蒼央は聞きたかった話を切り出すことにした。
「千鶴」
「はい?」
「さっきは何故、母親からの電話に出なかったんだ?」
蒼央のその質問に、千鶴の表情はみるみる曇っていく。
「お前はモデルを始める為に都内へ出て来て一人暮らしをしているらしいが、もしかして、親と上手くいってないのか?」
そして、核心を突く質問をされたことで観念したのか千鶴は、
「……上手くいってない……といいますか、私は昔から両親にあまり好かれてないんです……」
手にしていたカップをテーブルに置いて、ぽつりぽつりと家族にまつわる話を始めた。