「……さてと、それじゃあ、カオリ。自己紹介を」
「ちょっと待て。その前に一つ訊《き》いてもいいか?」
ピンク髪ロングと赤い瞳と首から下に巻かれた白い包帯が特徴的な美少女……美幼女『カオリ』(ゾンビ)は黒のパーカーと青色のジーンズを身に纏《まと》ったナオトにそう言った。(彼はいつもその服を着ている。ちなみに、それらは全て彼のお母さんが作ったものである)
「おう、なんだ?」
「マスターはあたしのことをただの戦闘狂だと勘違いしてないか?」
寝室の畳の上であぐらをかいて座っている彼女は、腕を組んだ状態でそう言った。
「いや、別にそんなことないけど……。どうして今そんなことを……」
「じゃあ! どうしてあたしを見てくれねえんだよ! もっとちゃんと見てくれよ! 包帯の下がどうなってるのか気にならねえのかよ! それとも、あたしには魅力がないのか? なあ! いい加減に答えてくれよ!!」
カオリ(ゾンビ)の目から透明なダイヤモンドのような雫《しずく》が溢《あふ》れ出す。
それが畳の上に落ちて、シミになりかけるが畳に水分を吸収されてしまうため、それは残りそうにない。
しかし、彼女の心の中はグシャグシャだった。
歯を食いしばりながら、強く拳《こぶし》を握《にぎ》りしめる様子から泣くのを必死で堪《こら》えているのが分かる。
彼は彼女の方に近づくと、彼女の右目付近にあるカタカナの『ノ』の字のような縫《ぬ》い跡《あと》を上からゆっくりと人差し指で触った。
「な……なんだよ。なんか文句があるなら、言ってみろよ」
「文句なんてないよ。ただ、かっこいいなーって思っただけだ」
「バ、バカ野郎! こんなのかっこよくなんかねえよ! あたしにとってはただのコンプレックスだ!」
彼女が拳《こぶし》を振り上げて、彼の顔面にそれを当てようとした時、彼はそれを片手で受け止めた。
その後、カオリの肩に手を置くと彼女の目をじっと見つめながら、こう言った。
「いいか? カオリ。短所と長所は表裏一体なんだよ。というか、お前がそれをどう思おうが俺にとってはどうでもいい。けどな、それだけでお前の価値が決まると思ってるなら、俺はここでお前を殴《なぐ》らないといけなくなる。もうこれ以上されたら死ぬくらいまで殴る。とことん殴る。全力で殴る。それが嫌《いや》なら、今すぐ自分を見つめ直せ。そして、答えが出るまで俺に話しかけるな」
「こ、これくらいでマジギレすんなよ。あたしの親でもないクセに……」
彼女が彼から目を逸《そ》らすと彼は彼女の両頬に手を置いた。
その後、彼女が自分の顔を見るように無理やり顔を動かした。
「キレてなんかねえよ。ただ、お前が本気で悩んでるみたいだったから、自分の気持ちを包み隠さず言っただけだ」
「……あー、もう……マスターは本当にバカだよな。本当の娘でもないのに、あそこまで言うなんて」
「お前は俺の娘みたいなものだからな、できるだけ力になりたいんだよ」
「……はぁ……まったく……今まで以上に好きになっちまったじゃねえか……。どうしてくれるんだよ」
「……あと……十年……」
「あぁ?」
「あと、十年|経《た》ったら、考えてやってもいいぞ」
「……冗談だよ、冗談。というか、そんなに待てねえよ」
「そうだよな。そんなに待てないよな」
「当たり前だろ。というか、それまでにマスター以外の男を好きになるかもしれねえぞ?」
「その時はそいつをボコボコにして、再起不能にしてやる」
「なんだよ、それー」
それから二人はしばらく笑い合った。
嬉しそうに……それでいて、楽しそうに笑った。
いつしか彼女の心は落ち着いていた。
どうやら彼の言葉が、態度が、行動が、彼女の心を優しく包み込んで浄化してしまったらしい。
「なあ、マスター」
「ん? なんだ?」
「あたしの首筋に……いや、全身にキスしてくれないか?」
「全身……だと?」
「ああ、全身だ。でもまあ、それはまた今度でいいや。なんか死亡フラグが立ちそうだから」
「そうか……。じゃあ、今回はこれで終わりでいいのか?」
「うーん、そうだな……。じゃあ、あたしの頬《ここ》にキスしてくれよ」
彼女は自分の頬を指差しながら、そう言った。
「えっと、本当にそれだけでいいのか?」
「マスターがもっと過激なことをしたいなら、そうするけど……どうする?」
「いや、俺が悪かった。今回はそれで勘弁してくれ」
「りょーかい。それじゃあ、マスター。よろしく頼むぞ」
「お、おう、任せとけ」
彼はそう言うと、彼女の頬に顔を近づけて、優しくキスをした……。
「こ……これでいいんだよな?」
「ああ、バッチリだ。それじゃあ、最後に自己紹介して次のやつと交代だなー」
彼女はそう言うと、スッと立ち上がって自己紹介をした。
「あたしはゾンビ型モンスターチルドレンの『カオリ』。『憤怒《ふんぬ》の姫君』の力をこの身に宿していた時期があったが、今はマスターの鎖に封印されているから使えねえ……。けど、それでもあたしの拳《こぶし》でぶっ飛ばされてえやつは前に出ろ! いつでも相手になってやるからよ! あっ、ちなみにチャームポイントはこの赤い瞳だから、くれぐれも魅了されるなよー?」
彼女がそう言うと、彼はパチパチと拍手をした。
「ありがとう、カオリ。改めて、お前の魅力に気づかされたよ」
「そ、そうかなー? なんか照れちまうなー」
「じゃあ、次はシズクの番だから、呼んできてくれないか?」
「ああ、分かった」
その直後、彼女は何かを思い出した。
「なあ、マスター」
「ん? なんだ? 何か言い忘れてことでも……」
彼が彼女のいる方に振り向くと、彼女は彼の頬に優しくキスをした。
急にそんなことをされたせいか、彼は思わず目を見開いてしまった。
彼から離れると同時に彼女の口から透明な糸が出てきて、彼から二メートルほど離れるまでそれは伸び続けた。
彼女はニコッと笑うと鼻歌を歌いながら、となりの部屋に行ってしまった。
彼女はとなりの部屋に行く直前、こんなことを言っていた。
「可愛い反応してくれてありがとよ、マスター」
彼はその時、耳まで真っ赤になってしまった。
彼はシズクが来るまでの間、ずっと口元を隠していた。
彼女にあんなことをされたのが久しぶりだったせいか、彼はしばらく顔を真っ赤にしたままだった。
「クソー……なんだよ、あれー……。あんなの反則だろ」
シズクがやってくる直前まで、彼はそんなことをブツブツ言っていたそうだが、本当かどうかは分からない。
*
「……な、なあ、シズク」
「なあに? ナオト」
「どうして俺の膝の上に座ってるんだ?」
「それはねー、ナオトのことが大好きだからだよー」
「へえー、そうなのかー。けど、このままだとお前の顔がよく見えないから、少し離れてくれないかなー?」
「ヤダ。このままがいい」
「えー、そんなー。自己紹介する間だけでもいいから離れてくれよー」
「ヤダ。ナオトは今、私のものだから、私から離れちゃダメ」
やれやれ。どうしたものかなー。
彼は心の中で深いため息を吐《つ》くと、どうやったらシズクが自分から離れてくれるのかを考え始めた。
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