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四月二十一日……朝十一時……。
巨大な亀型モンスターの甲羅の中心と合体しているアパートの二階にあるナオトの部屋の寝室では『個別面談』が行われている……。
「な、なあ、シズク。頼むから少し離れてくれよ。お願いだから」
ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)はあぐらをかいて座るとできる逆三角形の空間に座っている『シズク』(左目を眼帯で隠している黒髪ロングのドッペルゲンガー)にそう言った。
「ナオトは私のこと嫌《きら》いなの?」
「え? いや別に嫌いじゃないけど……」
「じゃあ、好き?」
アンテナのようなアホ毛をフヨン、フヨンと左右に動かすシズク。
時折《ときおり》、こちらを見てくる紫色の瞳はアメシストのようだった。
「ま、まあ、どちらかと言えば、好き……かな?」
「じゃあ、離れてあげない」
「えー、なんでだよー。頼むから少し離れてくれよー」
「じゃあ、私を笑わせてみて」
「え? ああ、いいぞ」
彼はそう言うと『|くすぐる攻撃《ティコティコ》』をやり始めた。
「それー、脇の下をこちょこちょこちょー」
彼がそれをすると、彼女は腹を抱えて笑い始めた。
「あ……あははははは! くすぐったーい! 降参! こうさーん!」
「よし、じゃあ、やめよう……と言うとでも思っていたのか? それー、こちょこちょこちょー」
「あははははは! も、もうやめてー! あははははは!!」
それからしばらくの間、シズクは脇の下をくすぐられ続けた。
「……はぁ……はぁ……はぁ……あー、面白かった」
シズクが大の字で横になり息を整えていると、彼はこう言った。
「それは良かった。じゃあ、そろそろ自己紹介してくれ」
「う、うん、分かった。よいしょ……っと」
彼女はムクリと起き上がると、アホ毛を整えた。
「えっと、私は『ドッペルゲンガー型モンスターチルドレン|製造番号《ナンバー》 一の『シズク』です。私の記憶が間違っていなければ、今も『嫉妬《しっと》の姫君』の力をこの身に宿しています。チャームポイントは左目に付けている、この黒い眼帯です。あと、色んな人に変身できます。終わります」
彼女が自己紹介を終えると、彼はパチパチと拍手をした。
「いやあ、シズクの緊張した顔、可愛いかったよー」
「そ、それはその……あ、あんまりジロジロ見られると緊張しちゃうからだよ」
彼女はそう言いながら、彼から目を逸《そ》らす。
「いやあ、シズクは可愛いなー。ほら、おいでー」
彼がニコニコ笑いながら両手を広げると、シズクは目をキラキラと輝かせた。
その後、とても嬉しそうに彼の腕の中に飛び込んだ。
「わーい! ナオトにハグされてるー。ほっぺスリスリー」
シズクは彼の胸にほっぺスリスリをした。
彼は麻痺《まひ》状態にな……らず、心身がとても癒《いや》された。
「まったく、シズクは甘えん坊さんだなー」
彼は彼女の頭を撫でながら、ニッコリ笑った。
「……さてと、それじゃあ、そろそろ本題に入るとしよう。なあ、シズク」
「んー? なあにー?」
「最近困ってることとかな……」
「ないよー」
「即答かよ……」
「だって、本当にないんだもん」
「そうか……。じゃあ、俺にしてほしいことはないか?」
「えっと、じゃあ、私以外の女の子と仲良くしないで」
「……え?」
その直後、シズクの目のハイライトがオフになった。
「だって、そうでしょ? ナオトは私のものなんだから、私以外の女の子と仲良くする必要なんてこれっぽっちもな……」
彼はそれを遮《さえぎ》るようにこう言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前なんかいつもと違うぞ!」
「えー、そうかな? 私はいつも通りだよ?」
「いや、絶対なんかおかしいって! 態度というか雰囲気《ふんいき》というか……」
「ちっ……いつも鈍感《どんかん》だから、いけると思ったのに」
「おい、今、舌打ちしただろ」
「し……してないよー」
彼女が彼から目を逸《そ》らした直後、彼は何かに気づいた。
「おい、お前は本当にシズクなのか?」
「ど、どういう意味? 私はシズクだよ?」
「いや、なんというか……。シズクっぽくないんだよ」
「わ、私っぽくないって……。そんなの何の証拠にもならないよ?」
「いや、まあ、それはそうなんだけどよ。なーんか違うんだよなー」
彼女は彼の観察眼に敬意を表《ひょう》した。
その後、他人のふりをするのをやめた。(目のハイライト・オン)
「はぁ……もしかして、あなたは超能力者なの?」
「え? いや、違うけど……って、お前はいったい誰なんだ?」
「おっと、自己紹介がまだだったわね。コホン。えー、私の名前は『レヴィアタン』。嫉妬《しっと》を司《つかさど》る魔王よ」
「……は? 『レヴィアタン』? レヴィアタンって、あのレヴィアタンか?」
「ええ、そうよ。リヴァイアサンと同一視されているケースもある、あのレヴィアタンよ」
「そうか……。あのレヴィアタンか……じゃなくて、なんでシズクの中にいるんだよ!」
「それは……ほら、この子が『嫉妬《しっと》の姫君』の力をこの小さな体に宿しているからよ」
「えっと、つまり、『大罪の力』っていうのは……」
「魔王が直接、その力を貸している……ということだけど、それがどうかした?」
「いや、それだと俺が魔王と戦っていたことになるんじゃ」
「まあ、そうなるわね。けど、あなたは大罪の力を封印できる鎖をその身に宿しているから、普通に勝てるでしょ?」
「結構、ギリギリな時もあった気がするのだが」
「それはその子が『大罪の力』を自分の手足を動かすのと同じくらいになるまでコントロールできるように頑張ったからだと思うわ」
「……そうだったのか……。全然知らなかった」
「努力しないで得た力なんて、暴走して自滅するのがオチよ」
「そう……だな。あははははは」
「……ねえ、ナオト」
「ん? なんだ?」
「この子に宿る私の力を封印してほしいのだけれど、いいかしら?」
「ああ、いいぞ」
「は、早いわね……。もっとよく考えてもいいのよ?」
「いや、お前が出てきたってことはシズクがお前の力を制御できなくなってる証拠だろ? だったら、俺はそれを封印する。ただ、それだけだ」
「まったく、あなたって人は……」
「ん? 今なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないの。気にしないで。それじゃあ、頼むわよ」
「おう、任せとけ」
彼はそう言うと、大罪の力を封印できる力を持つ鎖を背中から出した。
「『|大罪の力を封印する鎖《トリニティバインドチェイン》』……」
彼の黒い髪は白くなり、黒い瞳は赤く染まった。背中から飛び出したのは十本の銀の鎖。
それはウネウネと触手のように動いている。
「それじゃあ、短い間だったけど、さよならね」
「けど、これからは俺の鎖の中で生き続ける。だから、さよならじゃない」
「……そうね。じゃあ、また会いましょう」
「ああ、また会おう。嫉妬《しっと》の魔王……『レヴィアタン』」
彼は鎖でシズクをミノムシ状態にすると、詠唱を唱える。
「『悪《あ》しき大罪よ。これより汝《なんじ》は我の心身に宿ることを義務づける。我が良いと言うまで決して外には出てはならない。我の中で暴れようと無駄な足掻《あが》きだということを理解せよ。さぁ、嫉妬《しっと》の魔王の力よ、我の力となれ』」
彼がそう言うと、白い光が鎖から放たれた。
数秒後、それが消えるとシズクはキョトンとした表情で彼の目を見た。(その直前に、彼は元の姿に戻った)
彼は何も言わずにシズクをお姫様抱っこすると、額《ひたい》同士を重ね合わせた。
「ナオト、どうしたの? 私、もしかして何かしちゃった?」
彼は目を閉じたまま、彼女にこう言った。
「いや、シズクは何もしてないよ。けど、今はこうさせてくれ」
「わ、分かった。しばらくはこのまま、おとなしくしてあげる」
「ありがとう、シズク。シズクは優しいな」
「わ、私は別に優しくなんかないよ。ただ、ナオトが喜んでくれると嬉しいから」
「そうか……」
「……うん」
実はシズクがナオトにされたいことはお姫様抱っこでした……。
「シズク」
「ん? なあに?」
「すまないが、ルルを呼んできてくれないか?」
「うん、分かったー」
シズクがとなりの部屋に行った瞬間、ルルは目にも留《と》まらぬ速さでナオトがいる寝室に向かった。その様子を見ていたシズクは目をパチクリさせていたという。