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◻︎ナオとの出会い
浮気を問い詰めることができないのは、真澄を失いたくないからだと気づいた。何があっても、真澄を手放したくない。
___じゃあ、どうする?浮気を見逃すのか?
風呂上がりの、パジャマ姿の真澄を見つめる。僕が今目の前でこんなことを考えているなんて、夢にも思わないだろう。
「ねぇ、お湯はりしてあったのに、入らなかったの?ちょっとぬるくなってるわよ」
冷蔵庫から真澄もビールを出している。プシュッと音がして、グラスに注ぐ。
「あぁ、うん、喉が渇いて先に飲んじゃったから、お風呂はまだなんだよ。ていうか、飲んできたんじゃないの?」
“あの男と”とは言わないけど。
「それがね、少し飲んだけど久しぶりで喋りまくってたから、酔いも覚めたし疲れちゃった」
「ふーん……」
できるだけ、つっけんどんに返事をする。喋り疲れではなくて、ベッドで激しかったからじゃないのか?なんて、心では言ってみるけど顔には出さない。そんな僕のことなんてお構いなしに、スマホをいじりだす真澄。
「今日はたのし、かった、またね、と。送信」
夫の僕の前で、平然と浮気相手にLINEを送っている真澄を見ていると、狂い出しそうなほどの嫉妬心が湧き上がる。目の前にいる真澄と、手の中のスマホ画面のさっきの真澄を見比べる。
___僕の前では、こんな顔はしない
写真の真澄には、匂い立つほどの色気のような妖艶な雰囲気が漂っている。でも、目の前の真澄には、そんな雰囲気は微塵もない。
「ね、どうかな?今夜あたり……」
無性に真澄を抱きたくなった。僕の妻だということを体を使って確かめたくなった。それに、あの男の痕跡を真澄の体から消し去りたい衝動に駆られた。
「…え?今夜?」
「そう、いいよね?」
「ちょっ!」
真澄の返事も待たずに、その手を取り寝室へ引っ張り込む。
「え?どうしたの?ね?」
少し驚いたような真澄の声。それも無視して僕は真澄をベッドに押し倒して、手荒くパジャマと下着を剥ぎ取る。
___この体に、アイツが……!
写真の男が頭に浮かび、真澄と激しく絡み合う場面が妄想で頭に浮かぶ。その妄想よりも激しく強く荒く、真澄に覆いかぶさり貪るように愛撫を続ける。
「あっ、ねぇってば……」
何か言いたそうな真澄の唇を唇で塞ぎ、呼吸もできないほどのキスを繰り返す。
「あ……」
真澄の中心からは、滴るほどの蜜が溢れ出してきた。それさえもさっきの男のせいだと思うと、もう自分でもわけがわからないくらいに、真澄を攻めたてていた。
___僕らしくないセックスだ
そう思うどこか理性的な自分が、少し高い位置からベッドを見下ろしている、そんな気がした。
そのまま何度か交わり、気がついた時には朝だった。
真澄が誰かと食事をして夜遅くなると言う日は、間違いなく男と会っている。直接現場を見ることはなかったが、なんとなくわかってしまう。化粧や服装まで違うし、そんな日は必ず帰ってきてすぐにお風呂に入っている。
そして僕は、その日に限って真澄を手荒に抱く。
真澄が離れていくことが怖くて、口に出せない本心を真澄の中に放つ。そうやって、真澄の気持ちを繋ぎ止めようと必死だった。
それでもやはり、心が壊れそうになってきた。本心を隠したまま、何もないフリを続けることは、とても心の負担になるらしい。
___どうすればいいのだろうか
ハッキリさせた方がいいと言われることはわかっていても、何かしらの方法でこの気持ちを紛らわせることはできないかと、スマホをいじって呟きを流した。お節介な誰かが、ガツンと言ってくれれば何かが動きそうな気もする。
呟きに対するコメントは、おおかた、似たようなものだった。男らしくハッキリさせるべきだとか、相手の男も探し出して慰謝料を取るべきだとか、そんな妻などさっさと捨ててしまえとか。
わかっていることばかりが続いて、諦めかけた時に、あの女性を見つけた。ハンドルネームは、ナオという。
《わかります。言いたくても言えない、言ってしまうと終わってしまうから。愛してるから失いたくない、どうにもできない気持ちが》
わかってくれる人がいたことに、ホッとした。
〈わかると言ってくれて、ありがとう〉
返信した。
《あの、ご迷惑でなければ私の話も聞いてもらえませんか?》
___まさか新手の詐欺とか?
一瞬だけ疑ったけど、それならそれでもいいかと投げやりな気持ちもあった。ただこんなことを話し合える人が欲しかった。そのままの気持ちを直接DMで送る。
〈あなたも、そんな境遇なんですか?ご主人が?〉
初めましても挨拶も書かずに、要点だけを送る。
《はい。女とのLINEのやり取りを、偶然見てしまったんです。見なければよかったと後悔していますが……》
___偶然か
〈僕はホントに偶然、その場にいあわせてしまったんです。それからというもの、妻の言動を全て疑っています〉
《その場に?浮気の現場にですか?》
〈そうです。それがなければ、気づかなかったかもしれません。妻の隠し方がうまいというより、僕が鈍感過ぎるのだと思います。でも、知らなければこんなに苦しまずに済んだのにと……〉
《そのことに、奥様は気づいてるんですか?見られてしまったということに》
わかりません。でも、そんな行為をしてきたと思われる日に限って、僕は妻を強く蹂躙するみたいに求めてしまいます。だから、僕の様子がおかしいということには気づいているかも?でも問われたことはないです〉
《私の夫は、私と離婚してその女と暮らしたいと思っているようです。でも、私はこの家庭を壊したくない、子どもたちとの生活を壊したくない。だから知らないフリを続けています。そのうち、夫の熱病にかかったような感情が冷めていくんじゃないかと。だから今は知らないフリをしています。知ってしまったと気づかれないように。息を潜めて平穏なふりを続けています》
〈苦しくはないですか?〉
《苦しいです。心がパリン!と割れてしまいそうな毎日です。“帰りが遅くなる”という知らせがくると……あー、またか、と思ってしまいます》
___同じだ
このナオという女性と僕は、同じような境遇にいる。もっとも僕には子どもはいないけど、愛する人を失いたくないと願いながら毎日を平気なフリで暮らしている……。
〈同じですね。愛する人を失いたくなくて、何も言えずにいて、ひたすらこの悪い状況が終わることを祈っているという〉
《こんなことを言っていいのかわかりませんが。私は今、とてもホッとしています。ここで呟いていても、“さっさと別れろ”“慰謝料だけ取ればいい”とか、そんな回答ばかりでした。だから、アキラさんのように“わかります”と言ってくれる人がいるだけで、ホッとしています》
それからしばらく、やり取りをした。お互いの愛する人が、別の愛する人と過ごしていると思われる時間は特に、砕け散りそうな心を守るために色々話し合った。お互いの気持ちに寄り添えあえる同士のように。
そして気づいたことがある。
___もしかしてこれも、浮気になるのか?
ナオとやり取りをするうちに、なんとも言えない気持ちになっていた。好きとは少し違うけど、意識し始めていた。
___そうだ!偽装デートしてみては?
浮気の復讐のためにこっちも浮気をする、なんて書いてる人がいたことを思い出した。この苦しい気持ちを少しでも紛らわせるために、決して会わずに浮気の気分だけを味わって、ストレスを発散できないだろうか?会ってしまったら、それは浮気になってしまう。ナオにそのことを持ちかけた。はじめは躊躇していたナオも、僕の提案に面白いかも?と同意してくれた。
そして僕は、ナオと架空のデートをすることにした。