「ゲーム、スタート」
いいご身分だと毒づきながら、役目を終えた私は席に戻ろうとする。
と、その時、ふいに彼に呼び止められた。
「―――おい、あんた」
振り向くと、彼の視線の先には私一人しかいない。
思わず立ち止まってしまった私へ、教職員の視線が集中した。
「あんた、生徒会長って言ったよな? ならここに残って。その方が手間が省けるし」
有無を言わせない彼の態度に、私は眉を寄せた。
ようやくお役御免かと思ったら、まだ残れなんて―――。
(絶対に嫌よ……!)
無視して席に戻ろうすると、担任と校長先生の慌てた視線が突き刺さる。
……嫌だ。
嫌だけど。
どうやらここは、彼の言う通りにしてほしいらしい。
私は先生たちの手前、仕方なく佐伯に一歩近付いた。
今までなんとか頑張っていたけど、拒否権もない私の顔から、愛想笑いも消える。
そんな私を 一瞥(いちべつ)すると、佐伯は「そこにいろ」と合図を送った。
(なんなの、いったい何様なの…!)
苛立ちまぎれに彼を見やれば、佐伯は先生たちに袖に引くよう言った。
壇上に残ったのは、私と佐伯のふたりだけ。
几帳が上がると、佐伯は教壇のマイクを手に、ぐるりとあたりを見渡した。
「今日からここの大学に編入する、佐伯です」
ひとこと挨拶しただけで、女子たちから割れんばかりの黄色い声があがる。
私はその反応を冷やかな目で見た。
「個人的なことだけど、この学園の生徒、職員全員に告知しておきたいことがあって、今日は集まってもらった。 俺は12月で20歳を迎える。 それまでの期間に、この学園で『恋の相手』っていうのを選ぼうと思う」
(……えっ)
彼が口にして数秒後、講堂内に大きなざわめきが起こった。
ありえない発言に、私は彼の後ろ姿を 凝視(ぎょうし)した。
(なに…… 。 なにを言い出すのよ……!)
心の中で思わず叫ぶ。
だけど佐伯は、周囲の反応を気にも留めていないようだった。
「俺を落ち着かせるための父の命令だけど、俺は先週まで海外にいて、「相手」の心当たりがない。 それで、適当にこの学園から候補を三人あげて、その中から決めることにした」
そう言った途端、生徒側からは 嬌声(きょうせい)が上がり、教職員席には動揺が広がる。
佐伯はどちらも想定内なのか、依然全く動じなかった。
「俺の20歳の誕生日。 ……そうだな。この講堂の上にある時計が、12時を指せばタイムリミットにしよう。 合意すれば、その夜にあるパーティーにパートナーとして出てもらう」
ざわめきが講堂を包む中、それを破るかのように佐伯の声が響く。
「……それで、その候補の三人は……」
その場の全員が、波打ったように静まり返った。
「まずは、 三上(みかみ)姉妹」
彼が言った途端、さっきまでと違うどよめきが起きた。
(三上姉妹……)
三上姉妹は、うちの学園なら知らない人はいない。
頭脳明晰(ずのうめいせき)で、付属の大学のミスコンで1位と2位をとった姉妹のことだ。
ある程度納得のいく候補だったため、 講堂内が落ち着き始めた時、彼はさらに言った。
「あとの一人は……。 俺の後ろにいる、この高校の生徒会長 」
(……えっ)
一瞬、言われた意味がわからなかった。
思考が停止し、時が止まったかのような錯覚に陥る。
その次の瞬間、今日一番のどよめきが講堂内を包んだ。
高校からのまさかの候補者に、生徒は沸き立った。
職員席では校長先生をはじめ、教職員はみな椅子から腰を浮かせている。
(なに? 悪い冗談はやめてよ……!)
咄嗟に彼に詰め寄ろうとした時、佐伯は続ける。
「さすがになにも知らないんじゃ、「相手」を決められない。 だから、12月までの8ヶ月間、お互いを知るために、ちょっとしたルールを設けてゲーム仕立てにしようと思う」
彼はポケットからなにかを取り出した。
(……トランプ?)
なにに使うのと 訝(いぶか)しんだ時、彼はこちらを振り返った。
「今日から毎日カードを一枚引く。 そうだな……。クラブはあんた、ダイヤは三上姉、スペードは三上妹にしようか。 そのカードが出たやつが、その日限定の彼女。 ハートが出た日の相手は、俺が選ぶことにする」
(なにそれ……)
彼は私と目を合わせたまま、不敵な笑みを浮かべた。
なにそれ。
なにそれ。
頭はぜんぜん働かないのに、心臓はせわしなく打ち付ける。
佐伯はトランプを一旦教壇に置くと、左腕にはめた腕時計に目を落とした。
「……じゃ、俺の20歳の誕生日。 ここの上の時計が12時を指すまで。 たった今から、恋愛ゲームスタートだ 」
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