テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
2件
「ゲーム、スタート」
いいご身分だと毒づきながら、役目を終えた私は席に戻ろうとする。
と、その時、ふいに彼に呼び止められた。
「―――おい、あんた」
振り向くと、彼の視線の先には私一人しかいない。
思わず立ち止まってしまった私へ、教職員の視線が集中した。
「あんた、生徒会長って言ったよな? ならここに残って。その方が手間が省けるし」
有無を言わせない彼の態度に、私は眉を寄せた。
ようやくお役御免かと思ったら、まだ残れなんて―――。
(絶対に嫌よ……!)
無視して席に戻ろうすると、担任と校長先生の慌てた視線が突き刺さる。
……嫌だ。
嫌だけど。
どうやらここは、彼の言う通りにしてほしいらしい。
私は先生たちの手前、仕方なく佐伯に一歩近付いた。
今までなんとか頑張っていたけど、拒否権もない私の顔から、愛想笑いも消える。
そんな私を 一瞥(いちべつ)すると、佐伯は「そこにいろ」と合図を送った。
(なんなの、いったい何様なの…!)
苛立ちまぎれに彼を見やれば、佐伯は先生たちに袖に引くよう言った。
壇上に残ったのは、私と佐伯のふたりだけ。
几帳が上がると、佐伯は教壇のマイクを手に、ぐるりとあたりを見渡した。
「今日からここの大学に編入する、佐伯です」
ひとこと挨拶しただけで、女子たちから割れんばかりの黄色い声があがる。
私はその反応を冷やかな目で見た。
「個人的なことだけど、この学園の生徒、職員全員に告知しておきたいことがあって、今日は集まってもらった。 俺は12月で20歳を迎える。 それまでの期間に、この学園で『恋の相手』っていうのを選ぼうと思う」
(……えっ)
彼が口にして数秒後、講堂内に大きなざわめきが起こった。
ありえない発言に、私は彼の後ろ姿を 凝視(ぎょうし)した。
(なに…… 。 なにを言い出すのよ……!)
心の中で思わず叫ぶ。
だけど佐伯は、周囲の反応を気にも留めていないようだった。
「俺を落ち着かせるための父の命令だけど、俺は先週まで海外にいて、「相手」の心当たりがない。 それで、適当にこの学園から候補を三人あげて、その中から決めることにした」
そう言った途端、生徒側からは 嬌声(きょうせい)が上がり、教職員席には動揺が広がる。
佐伯はどちらも想定内なのか、依然全く動じなかった。
「俺の20歳の誕生日。 ……そうだな。この講堂の上にある時計が、12時を指せばタイムリミットにしよう。 合意すれば、その夜にあるパーティーにパートナーとして出てもらう」
ざわめきが講堂を包む中、それを破るかのように佐伯の声が響く。
「……それで、その候補の三人は……」
その場の全員が、波打ったように静まり返った。
「まずは、 三上(みかみ)姉妹」
彼が言った途端、さっきまでと違うどよめきが起きた。
(三上姉妹……)
三上姉妹は、うちの学園なら知らない人はいない。
頭脳明晰(ずのうめいせき)で、付属の大学のミスコンで1位と2位をとった姉妹のことだ。
ある程度納得のいく候補だったため、 講堂内が落ち着き始めた時、彼はさらに言った。
「あとの一人は……。 俺の後ろにいる、この高校の生徒会長 」
(……えっ)
一瞬、言われた意味がわからなかった。
思考が停止し、時が止まったかのような錯覚に陥る。
その次の瞬間、今日一番のどよめきが講堂内を包んだ。
高校からのまさかの候補者に、生徒は沸き立った。
職員席では校長先生をはじめ、教職員はみな椅子から腰を浮かせている。
(なに? 悪い冗談はやめてよ……!)
咄嗟に彼に詰め寄ろうとした時、佐伯は続ける。
「さすがになにも知らないんじゃ、「相手」を決められない。 だから、12月までの8ヶ月間、お互いを知るために、ちょっとしたルールを設けてゲーム仕立てにしようと思う」
彼はポケットからなにかを取り出した。
(……トランプ?)
なにに使うのと 訝(いぶか)しんだ時、彼はこちらを振り返った。
「今日から毎日カードを一枚引く。 そうだな……。クラブはあんた、ダイヤは三上姉、スペードは三上妹にしようか。 そのカードが出たやつが、その日限定の彼女。 ハートが出た日の相手は、俺が選ぶことにする」
(なにそれ……)
彼は私と目を合わせたまま、不敵な笑みを浮かべた。
なにそれ。
なにそれ。
頭はぜんぜん働かないのに、心臓はせわしなく打ち付ける。
佐伯はトランプを一旦教壇に置くと、左腕にはめた腕時計に目を落とした。
「……じゃ、俺の20歳の誕生日。 ここの上の時計が12時を指すまで。 たった今から、恋愛ゲームスタートだ 」