「メッセージなんていらない」
トランプの束を右手で少しずらすと、 佐伯(さえき)は一枚カードを抜く。
それはダイヤのエースだった。
「……今日は三上姉か。じゃ、俺の話は以上だから」
教壇にマイクを置いた佐伯は、トランプを掴んだまま歩き出す。
舞台の袖に抜けようとする彼は、すれ違いざまに私を一瞥した。
佐伯は薄く口元を上げただけで、なにも言わず通り過ぎていく。
(なに……。 今の、なんの冗談?)
ざわめきは混乱に近くなっていた。
その中からひとり姿を消す佐伯の後ろを、校長をはじめ数人の職員が、慌てて追いかける。
私はそれを視界の隅に映しながら、置かれた状況を把握できないまま、壇上に立ち尽くしていた。
「……ちな! なんだよ今の、なに?」
意識を引き戻したのは、 侑(ゆう)の大声だった。
生徒会席から駆け寄ってきた侑が、私の肩を掴んでぐらぐら揺らす。
「私だって……。 私だって、意味わかんないよ…! 」
侑に言っても仕方がないのに、この憤りをどうしていいかわからない。
(私の名前も覚えてないやつの恋の相手…って、 冗談でしょ…!)
思えば思うほど、言いようのない感情が沸きあがって止まらない。
違う。
違うのに。
私はこんなことのために、生徒会長になった訳じゃない。
たくさん勉強したことも、先生の手伝いを自発的にしてたことも、佐伯に関わるためなんかじゃない。
私は――――。
「っていうか……。 今日の来賓って、あいつだったんだ……」
ふいに侑が呟いた。
それに意識を引き戻され、隣を見上げる。
「……侑、知ってるの?」
苦々しく顔を歪める侑に、私は少しどきっとした。
こんな怖い顔をした侑は、今まで見たことがない。
だけど質問はそこまでで、先生に押し出された私たちは、動揺の中講堂を後にした。
「疲れた…… 」
私は自分の部屋に入るなり、ベッドに倒れこんで枕に突っ伏した。
「もう、ありえない……」
だんだん心が落ち着いてくると、どっと疲れがのしかかってくる。
今日は本当に散々だった。
あれからクラスに戻れば、みんなから質問ぜめだった。
いくら私が佐伯を「門から講堂に連れていっただけ」と訴えても、だれも信じてくれない。
担任や校長にも後で呼ばれて、佐伯との関係を問いただされるし、最悪だ。
「佐伯……。 もう二度と……二度と会いたくない」
私は苦々しく呟いて、枕を力任せにボスッと叩いた。
「…… 何なのよ『ゲーム』って! だいたい、恋をゲームだなんて思ってることが最低よ」
すれ違いざまに見た、佐伯の不敵な顔が頭をよぎる。
「『一日彼女』って、日替わりってどういうことよ。 人をなんだと思ってるの……!」
憤りがくすぶって、一度枕を殴ったくらいじゃ、気持ちは収まらない。
枕をもう一度殴ろうかと考えた時、鞄の中から振動音が聞こえた。
私は気をしずめようと、スマホを手に取る。
メッセージは侑からだった。
「大丈夫?」
その一行を見て、私ははっとした。
(そうだ、侑……)
侑と講堂で別れたきりだし、たぶん心配してくれている。
返信しなきゃと画面を見つめていると、新着メールの表示が浮かんだ。
(メール?)
珍しいと、私は無意識にそちらを開いた。
その瞬間、私は驚きのあまりに固まってしまう。
取りあえず登録しておいて。
連絡先知らないと面倒だから。
佐伯 皓
「なんで……なんで私のアドレスを知ってるの……」
本当に信じられない。
っていうか、ありえない。
スマホを持つ手が震え、私は『佐伯皓』の文字をにらみつける。
その時、頭の一番片隅でなにか思い出しそうな、妙な感覚が走った。
(あれ……。 今、なにか……)
一瞬戸惑うけれど、湧きあがる怒りに押し流されてしまう。
私は迷わずメールを削除して、もう見たくないとばかりにスマホを鞄につっこんだ。
「ほんっと、信じられない…!」
それからベッドに飛び込み、顔を枕に押し付けた。
(入ってこないで、私の日常に入ってこないでよ)
何度も何度も、同じことを心で繰り返す。
(……佐伯なんて関係ない、知らないんだから!)
もしも学園で会ったとしても、ひたすら無視して近付かないと、心に固く誓った。
なのにそれは、私が思うほど簡単なことじゃなかったと、次の日思い知ってしまう。
「千夏ー!待ってよ」
「望月、逃げるなよ!」
(だったら、少しはほっといてよ……!)
本当、朝からずっとこの調子だ。
耐えられなくなった私は、クラスメイトの制止を振りきり、チャイムが鳴ると同時に教室から飛び出した。
コメント
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え、面白い、!